第70話 動物
放課後になってすぐ、雪華は自転車に乗って『丹下村』を目指した。
颯爽とペダルをこいで、夏の風を頬に感じる。
シャーッ、とタイヤを回して、雪華は20分程度、自転車を走らせた。
途中、目指す場所の名前が書かれた立て札があり、そこで曲がった。
舗装が悪い道を通っていくと、目的地はすぐにそれだと分かった。
「丹下村……」
割と新しい感じの看板があった。
周りにはだだっ広い畑が広がっていて、学校の体育館程はあろうかという倉庫が三つも並んでいる。
その手前にある一軒家が、ここに住む人の住居なのだろう。
「ヘーイ!」
一軒家の陰から、のっそりと大きな体の男性が姿を見せた。
威勢のいい声だ。
そういえば、前世の騎士団の中で、特に体格の大きかった戦士がこんな声をしていた。
「プリティガール!」
麦わら帽子をかぶったツナギ姿の大男が、こちらに向かってぶんぶんと手を振る。
そして、小走りで近づいてくる。
距離が近づくにつれ、その体の大きさに驚かされた。
背丈は蔵人や藤助ほどもあり、横にも大きい。
昨日動画で見た、ヒグマのようなサイズだ。
「もしかして、ボランティア希望者かな?」
「えっと、はい。とりあえず、見学だけしてみようかな、って」
「おぉ~っと!」
熊男が大袈裟に驚いて見せる。
「プリティガール、その制服は、花コー?」
「はい、花コーです」
「さすがは名の知れた名門校だ、本来的には君のような可憐で上品な生徒ばっかりなんだろうな」
熊の言葉に引っ掛かりを覚えて、雪華は口を開いた。
「本来は、っていうのは、そうではない人に心当たりがあるっていうことですか?」
「ウチの息子さ。もしも君が2年生だったら、名前くらいは知ってるかもしれないね」
オーバーな身振り手振りにやや圧倒されながら、雪華は言葉を次ぐ。
「……右近くん?」
「オーゥ」
リアクションも、いちいち大きい。
「悪名は無名に勝るというが、やっぱりウチの馬鹿息子の名前は知れ渡ってしまっているのか。嘆かわしい!」
「父さん!」
倉庫の方から、幾分細い、それでも威勢のいい声が聞こえてきた。
姿を見せたのは、体育祭でちらっとだけ見た、あの丹下 右近その人だ。
日に焼けた健康そうな肌に、ツンツンと針のような短い髪。
帝や藤助、あるいは蔵人達がしきりにヘアスタイルを気にしているのと比べると、対照的だ。
「聞こえてる。そもそも、父さんがそういう外国かぶれの対応するから、来たはいいけど早々に帰られることが多いんだろ」
口を尖らせながら、右近が近づいてきた。
そして、父親の体に隠れていた雪華を見つけると、はたと止まった。
「あれ、たしか、ウチの学校の……廊下で会ったことある?」
「雪華。真木 雪華」
あ~、と声を上げながら頷き、右近は笑顔になった。
「そうそう、思い出した。体育祭で活躍してたっていう人だ。ウチのクラスでも評判になってたから、名前は知ってるよ」
夏の日差しそのもののような笑顔で、白い歯が光る。
「ここにいるってことは、まさか、ボランティア希望?」
「一応。ちょっと見学しようかな、と思って来たところ」
「動物飼ったことは?」
「ううん」
ふむ、と息をついて、右近が雪華を見る。
「それじゃ、まずは触れ合ってもらうかな。父さん、俺が案内する、でいいんだよな」
「もちろんだ、マイサン! 丁重にエスコートしてやってくれぃ!」
「声がでかいんだって……」
顔をしかめた後で、右近が雪華についてくるよう促す。
連れていかれた先の倉庫には、大きな柵が張られていた。
その中に、ゆったりとした様子の犬や猫が入っている。
10匹はいるだろうか
だが、どの動物も、雪華がイメージしていたものとは違った。
保護動物は、人に慣れていないことが多いと思っていたが、どの動物も大人しい。
それに、ペットショップで売れ残った動物というのなら、まだ子どもなのだろうと思っていたが、どう見ても大人、それを通り越して老いた雰囲気すらある。
「父さんのせいで、驚かせたろ」
右近が言葉を紡ぐ。
「豪快なお父さんだね」
雪華の言葉に、右近が笑う。
「生き方も見た目通りさ。若い時、旅に出たいからって無一文で世界一周。旅先で出会った女性に求婚。美味い野菜を食いたいから畑を拓く。そして、かわいそうな動物がいたら助けてくる」
迷惑そうな表情を浮かべながらもどこか誇らしげな右近に、雪華も思わず笑みを浮かべた。
「それじゃあ、ここにいるのは……」
「飼い主に先立たれた、元ペット達なんだ。別の倉庫では、ペットショップから委託された連中を、次の里親につなげるまで面倒見てるんだけど」
右近が動物たちに視線を移す。
「独りぼっちの高齢者が亡くなって、引き取り手がいないこの子らが不憫だってんで、ウチの父さんが預かってくるんだよ。もらってきすぎて、飯代がかさんで、俺の食う飯のグレードがどんどん下がっていくんだけどさ」
右近が口を尖らせる。
「最近なんて、ろくにおかずがないんだぜ。育ち盛りなのに、とんでもないよな」
「話は分かったけど、ボランティアって、何をすればいいの?」
「ああ、それは単純な話。こいつらと遊んでやってほしいんだ」
今一つ理解できず、雪華は首を傾げる。
「言っちゃなんだけど、こいつら、先は長くないんだよ。不思議なもんで、飼い主が逝くと、ペットも後を追うように弱っていく。だからせめて、最後にちょっとでも幸せな思いをしてほしいと、まあ、そういうことさ」




