第58話 交友
雪華が小首を傾げると、紅葉が苦笑した。
「学校が、課題の提出と芸術活動だけで出席扱いにしてくれてるの。去年の秋に作品を壊されたときに、クリニックで診断書を出してもらって、それを盾にしてるから」
へぇ、と雪華が頷くと、紅葉が言葉を続けた。
「ああいう、人を傷つけて悦に入るような下等な連中と関わる時間なんて、青春の無駄遣いでしょ。だから、関りを持たなくて済むように自分で環境を整えたの」
穏やかな目のまま話す紅葉を見て、彼女の陰のある雰囲気の正体が分かったような気がした。
やはり芸術肌の人間というのは、どこか変わっているものだ。
彼女は、打ちひしがれて欠席していたわけではなかった。
頷きながら、雪華の視線は紅葉ではなく、あちこちに置かれている彫刻に移った。
人の頭ほどの白い石や、それを彫って作ったであろう像がたくさんある。
「そういえば、雪華って絵も上手なんでしょ? 美術部の先輩が言ってたよ」
「ああ、それはちょっと、なんというか……」
「牡丹に聞いた話も合わせると、雪華って完璧超人じゃない? ひとつくらい弱点とか欠点ないの? 足が超絶ニオうとかさ……」
「ちょ、ちょっと!」
雪華は、足を持ち上げようとする牡丹に抵抗しながら、三人で過ごす時間の不思議な心地よさを感じていた。
こうして雪華がはじめて紅葉の家を訪れて、次の登校日には、紅葉は教室に座っていた。
担任は驚いていたが、二言三言交わした程度で、あとは気にしていないようだった。
「確かに、教室の雰囲気が全然変わったと思う」
昼休みに、サンドイッチを食べながら紅葉が言った。
雪華、牡丹と机をつけて、被害者友の会は三角形になっている。
「全体的に、軽くなった。去年は、一部を除いて緊張感が漂ってたけど、今は笑顔が多い」
言いながら、紅葉がにやりと笑みを浮かべて視線を遠くに投げる。
その先には、纏たちの座席がある。
彼女らは昼になると決まって教室を出て行くので、今はいない。
「さすが雪華、さすが完璧超人ね」
紅葉の言葉を受けて、雪華は牡丹をにらんだ。
牡丹は慌てて目をそらす。
「だから、牡丹がうそぶいてたほどの完璧さはないってば。足に加速装置なんて内蔵されてないし、教科書の内容全部が頭に入ってるわけでもないし。一緒に勉強して、私が歴史苦手なのはわかったでしょ?」
「苦手というほど出来ないわけじゃないのが、また憎らしいよね~」
牡丹が目をそらしたまま口を挟む。
「他の教科に比べれば、確かに不安そうな部分は多いけど……それでも、苦手というほどではないんじゃない?」
紅葉は言いながら、雪華の弁当箱からウインナーをつまんで口にほうった。
完全に油断していた雪華は、目で動きを終えはしたものの、止めることが出来なかった。
「あっ、私の……!」
「うん、さすが噂に名高い喫茶『シャングリラ』の自家製ソーセージ。おいしい、おいしい」
満足そうに味わいながら紅葉が言う。
「それで、今日も、家に来る?」
雪華と牡丹は目を合わせた。
どうしたものかと雪華が考えていると、牡丹が口を開いた。
「今日は、3人で買い物しよう!」
「勉強は?」
「部活は?」
雪華と紅葉の意見に、牡丹がちっちっと人差し指を揺らす。
「テストまでまだ時間はあるし、部活はテスト期間は自由参加だもん。せっかく友の会が一堂に会してるんだから、記念にどこかに行こうよ~」
子供のように駄々をこねる姿の牡丹を見て、紅葉が笑う。
「私はいいけど、雪華は?」
「特に予定はないよ」
「じゃ、決まりね! どっこっに行っこおっかな~」
弁当箱に残っていたおひたしを口に入れて、牡丹は嬉しそうに笑った。
のどかな昼休みが終わり、午後の授業もあっという間に終わった。
放課後になると、蔵人と藤助はちらちらと雪華たちの方を気にしていたが、先日の、紅葉が男子を苦手としていると聞いたのを気にしているのか、声をかけてくることはなかった。
纏たちは、相変わらず暗い笑みを浮かべて何事かささやいているが、雪華たちの誰も、それを気にかけることはなくなっていた。
「どら焼き食べに行こう!」
「どら焼き」
雪華が知識をたぐる。
パンのような薄い生地に、あんこという甘味を挟んだものがオーソドックスな、伝統的なお菓子だ。
『雪華』は食べたことがあるだろうが、雪華は知っているだけだ。
前世にも様々なスイーツがあったが、似たようなものはなかった。
「いいね。私も、外で何か食べるの久しぶりだし」
紅葉が同意して、雪華も頷いた。