第59話 論争
「どっち!?」
声を重ねて、牡丹と紅葉が雪華に迫る。
年季の入ったたたずまいの甘味処『えどや』の軒先で、牡丹と紅葉の目が血走っている。
事の発端は、ここに着くまでの会話だった。
「ところで、雪華はつぶあんとこしあん、どっち派?」
牡丹に聞かれ、雪華は答えに窮した。
こちら側に来てから何度か餡を口にしたことはあるが、種類が違うことをきちんと認識していなかったのだ。
これまでに食べたあんこが、果たしてどっちだったのかもよく分からない。
「どっち、っていうこともないかなぁ」
雪華の言葉に、牡丹と紅葉が固まってしまった。
「いやいや、それはないでしょ。緑か赤か、きのこかたけのこか、あまたある論争の中でも伝統的な、もはや永遠の議題といっても過言じゃない、この『あんこ論争』に中立なんて存在しないわよ」
「まぁ、こしあんの圧勝だけどね」
紅葉のつぶやきに、牡丹が目を細めた。
「あ~、出た出た。こしあん派はいっつもそう。なんの根拠もないのに、圧勝とか言っちゃうんだよね。つぶあんの方が、触感の楽しさもあって豆本来の味も残ってる芸術品ってことが、分からないんだよね~」
「牡丹から芸術なんて言葉が出るなんてびっくりしちゃうわ。彫刻家のはしくれとして言わせてもらえば、あのなまめかしい、ベルベットのような舌触りこそ至高よ。あれを芸術と言わずして何を芸術と呼ぶべきか」
「舌触りを求めてるなら、ゼリーでも食べてればぁ?」
「そっちこそ、歯ごたえが欲しいならスルメでも嚙んでればいいのよ」
両者の笑顔がひきつってきた。
「そこまで言うなら、いいわ。」
紅葉の視線が、雪華に向かう。
「ここは、この完璧超人にジャッジしてもらうっていうのはどう?」
「OK」
「いや、私なにも言ってな――」
「かの有名な喫茶『シャングリラ』の後継者だもの、その舌に間違いはないはずだわ」
「私、お店継ぐって言ったことな――」
「私と紅葉が一個ずつ買って、はんぶんこして雪華に食べてもらう。それで、どっちがおいしかったか判定してもらいましょ!」
そして、半分は多いからと一口だけちぎってもらい、両方をじっくり味わって、雪華は結論を迫られていた。
どっちもおいしかった。
それぞれ味わい深かった。
喫茶『シャングリラ』では出していないタイプの甘みだったので、新鮮でもあった。
「どっちかというと……」
雪華の言葉に、二人が息を呑む。
「……その前に、しろあんも食べてみていい?」
「いやいや、白あんは白あんで、また別物だからさ~」
「邪道とは言わないけど、この『こしつぶ論争』には入ってこないのよね」
「『こしつぶ』じゃなくて『つぶこし』ね」
「何よ」
「何よ」
「しろあん、ひとつください」
二人を無視して、雪華は女性店主に注文した。
すぐにあたたかいどら焼きが手渡されて、雪華はそれをちぎった。
牡丹と紅葉にそれぞれ配り、雪華も一口噛んでみる。
「……あ。私、これが一番好きかも」
「う、う~ん……お店によるとは思うけど、ここの場合は……」
「白が一番……かも」
「ちなみにウチで一番人気なのは、しろあんだよ」
女性店主が笑って言った。
「むぅ、さすが完璧超人。ここでも隙を見せなかったか」
「じゃあ、次の議題は、きのこ・たけのこ論争ね。ちなみに私は……」
これは食べたことがあるぞ、と思い出しながら、雪華は味を思い出す。
甘味処『えどや』の軒先のベンチに座りながら、三人は笑いながら色々な話をした。
時間があっという間に過ぎて行き、暗くならないうちにと三人は帰路についた。
自転車を漕ぎながら、雪華は満足感を覚えながら思考を巡らす。
楽しかった。
藤助と行った水族館も楽しかったが、三人でどら焼きを食べたのも楽しかった。
同じ時間を共有して楽しい想いが出来るのは素敵なことだな、と思う反面、友達と恋人の違いはなんなんだろうという疑問も沸いてきた。
あの二人と水族館に行けば、藤助と行った時と同じように「楽しかった」という思い出が残るだろう。
となると、自分が藤助に感じてるのはやはり友情と呼ばれるもので、恋愛のそれではないような気がする。
「好きな人っていうのは、いつの間にか好きになってる人だからな~」
耳に、桜の言葉が戻ってきたような気がした。
あんこはこだわらないけど、たけのこ一択。




