第33話 結果
「結果発表~~~!」
整列、実行委員長の挨拶までは粛々とした雰囲気で進んでいた閉会式が、急に崩れた。
閉会式の司会が担当者を促し、担当者がいかにも弾んだ声で言った。
「この後に校長先生のお話も控えておりますので、てきぱきと進行してまいりましょう。各学年の順位を1、2、3年生の順に発表し、その後、最優秀選手賞を発表します。それでは……」
グラウンドに集合している全員が、しんとする。
「1年生の部。優勝は……A組!」
ワァッ、と歓声が広がり、拍手や奇声がこだまする。
戦の勝鬨とは違うな、と雪華は思った。
命がけの戦いを終えて叫ぶのは、死から遠ざかったことを実感するためなのかもしれない。
和気あいあいとしたスポーツイベントで得られる喜びは、また質の違うものなんだろう。
「2年生の部。優勝は……」
我知らず、ごくりと唾を飲む。
「A組!」
先ほどよりも一段高く、そして大きく、歔欷の声が響く。
雪華は隣の牡丹に抱きしめられながら、ほっと安心したような気持ちに満たされていた。
前世の頃からそうだった。
強くあろう、強くあろうと願って、その念願が達成されたときに得られるのは、喜びよりも安心感だった。
有言実行できてよかった。
藤助と蔵人が、男子達に囲まれてもみくちゃになっている。
思わず、雪華も笑みをこぼした。
帝は――と視線を動かすと、列の最後尾にいた。
そばに纏、舞、栞もいる。
三人の表情は、いかにも忌々しげだ。
「3年生の部。優勝は……D組!」
「ウォォォ~~~!!」
獣が乱入したかと思うほどの声。
そういえば、各学年のD組は一癖ある連中が集まっているという話だったが、それを納得させるような地響きだ。
3年D組の男子のほとんどが、シャツを脱いでたくましい上半身をあらわにしている。
周りの女子も恥ずかしがるそぶりを見せながらも、どこか嬉しそうだ。
「それでは、最優秀選手の発表です! 最優秀選手は……」
雪華の視界の端で、牡丹がちらちら見ている。
「3年D組、白川 豪くんです! おめでとうございます!」
先ほどの地響きが戻ってきた。
全校生徒から拍手が送られる中、牡丹が雪華に顔を近づける。
「……おかしいよ。白川先輩、陸上部なんだけど、短距離が専門で、長距離では勝ってなかった。成績だけ見たら、絶対雪華の方が活躍してるのに」
「3年生に花を持たせたんでしょ」
苦笑しながら、雪華は背後から視線が注がれているような気がした。
分かり切ったことだ。
なぜ、纏が競技後半で姿を見せなかったか。
自分に栄光がいかないように、どこかに口を利いていたのだろう。
「あなたごときが最優秀選手賞にふさわしいはずないでしょう」
そんな言葉を、後方でほくそ笑んで言っているに違いない。
彼女の隣にいる帝は、何を考えているのだろう。
纏よりも自分の味方を、とまでは言わないが、敵対関係ではなくなったと思っていたのだが。
「そういえば、最後の100mは、誰が優勝したんだろう」
雪華がぽつりと言うと、牡丹も首を傾げた。
「結果発表はこれで終わりだから、後で確かめるしかないのかな」
発表後の校長の話は極めて短かった。
「ご苦労様でした! 夏も頑張ろう! 終わり!」
笑いと盛大な拍手が送られて、校長は両手を突き上げた。
それを見て、生徒からさらに大きな拍手が送られた。
彼が国王なら、中々面白い国になるかもしれない。
解散の号令がかかり、生徒は三々五々、クラスの待機場所に戻っていく。
「真木さん」
纏の声だった。
雪華は、ゆっくり振り返る。
「まずはおめでとう、というべきかしらね。確かに前言のとおり、クラスは優勝した。でも、残念だったわねぇ、あんなに活躍なさったのに、さいゆ――」
「あ、ごめん、最後の100mの結果が気になるから、私行くね」
ハッと思い出し、雪華は本部へと駆ける。
焦って牡丹も続いた。
「……」
二の句を失った纏が、ギリッと歯を鳴らす。
「纏」
声をかけたのは、帝だった。
「100mの結果は、俺も聞いておきたい。付き合え」
「え、ええ……」
雪華に続き、帝、纏、そして舞と栞も本部に向かう。
本部で得点と記録を担当していた生徒は2年生だったため、その顔ぶれに一瞬ぎょっとした表情を浮かべたあとで、担当の教師に記録を確認した。
「え~っと……最後の100m、優勝したのは3年生の、白川選手です。最優秀賞の」
「1位以降の選手の順位は、教えてもらえるのか?」
帝が言う。
「はい、ちょっと待ってくださいね……上から言っていきますね。2位2A真木選手、3位2A美和乃選手、4位1A……」
「わかった、そこまででいい」
帝が腕を組み、鼻から長い息を出す。
雪華がそれを横に見て、にやりと笑う。
その様子を見て、纏が舌を鳴らす。
「帝様、行きましょう」
纏が帝の手をぐっと引く。
帝は反射的に、それから逃れるように肘を曲げた。
「えっ……」
目を丸くして、纏が中空に残された自分の手を見た。
「人前だ。男女で触れ合わんほうがいいだろう」
帝が静かに言う。
「……そういうことでしたら、仕方ありませんわ。人前ですものね」
射抜くような視線で、纏が雪華を睨む。
雪華はそれをまっすぐ受け止め、見つめ返す。
「では、帝様、行くとしましょう。今夜は両家の会合がありますし」
「帝くん」
雪華が視線を帝に移す。
「分かっている。取引は取引だ」
「なんですの、その取引というのは? あ、ちょっと、帝様、待ってください!」
帝、纏、そして舞と栞が本部から遠ざかっていく。
「……で、取引って何?」
牡丹が首を傾げる。
「あー……最後の100mで勝負して、向こうが勝ったら知りたいことを教える、私が勝ったらなんか買ってもらう、っていう」
へぇ、と頷きながら、牡丹が雪華をじっと見つめた。
「やっぱり、帝くんって、雪華に気があるような気がするんだよね。あの人、雪華以外の女子に話しかけることがそもそもないから」
「私っていう人間に気があるんじゃなくて、私が知ってることが気になってるだけだから。さ、私たちも行こ?」
担当の生徒と先生に感謝を告げて、雪華は牡丹と帰路についた。
「今日は、これからまっすぐ病院に行くの?」
「ううん。雪華のお店に行くことにした。シャングリラで食べれば、怪我が治る気がするから」
「何それ」
肩を揺らして笑いながら、二人は昼下がりのグラウンドを歩いて駐輪場へ向かう。
日差しは夏の色を帯び始めていた。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。
それでは、また次のエピソードで。