第3話 いじめ
真木 雪華、16歳、高校1年生。
彼女は、幼稚園時代からの思い出全てをきっちりと、棚に分類して収納しておくしっかり者だった。
また、生真面目な性格で、文字を習得してすぐに日記を書くようになり、それをずっと継続していた。
それらのおかげで、『彼女』は自分自身が何者であるかをしっかり学ぶことが出来た。
通っているのは、学校法人両関学園翠玉大学附属花邑高校、通称「花コー」。
「経済的に豊か」か「国際的な活躍」か「世界の未来に貢献する資質」のどれかが必要な有名私立高校。
雪華は、3つ目の「資質」によって入学を果たしていた。
それというのも、両親が営む喫茶『シャングリラ』――どこかで聞いた名前――が国際的なグルメ誌に掲載され、家業を手伝っていた雪華にもスポットライトが当たったためだった。
雪華は、特待生として奨学された。
身に余る光栄に両親は喜び、雪華も胸を躍らせて入学した。
初秋に行われた調理実習が、彼女の絶頂だった。
課題は『サーモンのムニエル』という簡単な献立で、コツさえ知っていれば失敗しようのない料理だった。
「せっかくだから、真木さんには自由につくってもらおうかしら」
事前学習で先生にけしかけられた雪華は、周囲のあおりもあって一週間練習を重ね、当日に腕を振るった。
正式な資格こそ持っていないものの、雪華の技術はプロのそれだった。
鶏モモ肉のカチャトーラ、鯛のアクアパッツァ、にんにく控えめのブルスケッタ――どれも同級生たちを感動させたが、自分が注目されなければ気が済まない人種の反感を買った。
「小汚い庶民が、わたくしよりも脚光を浴びていいと思っているの?」
同級の加賀纏が、その日の放課後の内に、雪華を壁に追いやった。
「経済的に豊か」で、「国際的な活躍」の足掛かりをつくり、「世界の未来に貢献する資質」を磨いていた纏には、自分以外が注目されることを断じて許さないという悪癖があった。
さらに纏には、嗜虐心が人一倍強いという、致命的な人格上の欠陥があった。
体育祭で活躍したランナーの喜久 牡丹は、入学祝のスパイクを壊された。
文化祭で絶賛された彫刻家の瀧 紅葉は、展示作品をすべて壊された。
高笑いする纏の企てであることは周知の事実だったが、彼女の家柄――加賀グループによる報復を恐れて、あるいは多額の現金で懐柔されて、誰も逆らうことが出来なかった。
彼女以外の富裕な生徒も、彼女を煙たがって関わりたがらなかった。
それでも雪華が料理をつくったのは、纏自身もそれを望んでいると思ったからだ。
纏は、よく手入れされたロングヘアを手繰りながら言った。
「わたくしも楽しみにしているわ、なんて、冗談で言ったに決まっているでしょう? それも分からないような低能なんて、この花コーに通う意味ないんじゃないのかしら」
彼女は、自分の害意と悪意の矛先を探していたのだ。
スポットライトを浴びせて、攻撃の理由をつくる。
善良だった雪華には、人を嵌めて陥れるという発想は種ほどもなかった。
自分はまんまと騙されてしまったのだ、と雪華が気付いた頃には、後の祭りだった。
いじめは苛烈だった。
纏とその取り巻き2名による直接的な攻撃は、日に日にエスカレートした。
授業に必要なものはことごとく隠され、あるいは壊された。
すれ違うたびに罵詈雑言を浴びせられ、あるいは嘲笑された。
誰も雪華を助けなかった。
教師ですら、多額の献金をしている加賀グループの娘に対して無力だった。
孤立化に耐えられるタフネスを、雪華は持ち合わせていなかった。
雪華の足は、あっという間に高校に向かなくなった。
孤独になったと思った。
それでも初めの内は、雪華を案じてメッセージを送ってくれるクラスメイトもわずかながらいた。
「待ってるよ」
「今はつらいけど、そのうち終わるから」
それも束の間、すぐに内容が変化した。
「いつまでも苦しめばいいのよ」
「早く退学しろ」
「死ね」
「――昨日のメッセージ、あれ、違うの。みんなからスマホを集めて、加賀さんが……」
本当と嘘の境界線が曖昧になり、通知音が怖くなって、雪華はスマホの通知設定をすべてオフにした。
孤独になった。
学校のことを少し考えるだけで、腹痛が激しくなった。
何度も吐いた。
雪華の体には、悪意に対する抵抗力が備わっていなかった。
雪華の家は、二階が自宅としての居住空間で、一階が両親の営む喫茶店になっている。
店の手伝いをしていれば、気が晴れる。
そう考えて一階に降りる雪華だったが、客の声がすべて自分への陰口に聞こえはじめ、客の視線がすべて自分を睨みつけているように感じられ、もう、二階に逃げ込むしかなかった。
やがて、雪華の世界は、自室と小さな画面の中だけになった。
両親は心配し、あたたかな声を毎日かけ続けたが、それも雪華を追い詰めるだけだった。
朝、昼、晩、ずっと涙を流し、枯れた目を擦り、少したまった涙がまたこぼれた。
そしてまた、吐いた。
日記に書くことがなくなり、呪詛のようなものが羅列するようになったあたりで、雪華は頭痛薬を大量にネット注文した。
そして、運命の日、日記に両親への感謝と謝罪を書き綴った雪華は、薬を一瓶、無理矢理喉に流し込んだのだった。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。
そういえば、以前書いた現実恋愛作品「食パン娘」の評価が増えていて、
もしかして「逆転生令嬢」を読んだ人がそっちも読んでくれたのかな、などと
一人悦に入っていました。
それでは、また次のエピソードで。




