第4話 子供はいつか大人になる
ピンポーン...
高音の呼鈴が木造に響いた。
「...はい」
引き戸から顔を覗かせたのはホノカの母、カオリさんだった。
「お久しぶりです。カオリさん。」
俺は安っぽい笑顔でそう言った。
「...ソウくん。しばらく見ないうちにまた大きくなったんじゃない?ほら...身長でも測ってあげるから...」
「カオリさん。」
俺はメジャーを持ってこようとするカオリさんを強く呼び止め、続けた。
「多くは聞きませんし、何より喋らせたくないです。カオリさんにも母としての考え方があるでしょうし。でも、自分の気持ちに嘘は付いてほしくなくて。」
「なんの話...?」
カオリさんは下を向きながらそう呟いた。
「娘さんの。ホノカさんの話です。」
俺は拳に力を入れながら切り出した。
カオリさんはため息を一つ吐きながら、こちらを振り返って言い放った。
「特に話なんて無いわ。ホノカの話は聞きたくもないし話したくもないの。ソウくん、貴方は大人よね。ホノカの事情なんて一切知らないはずなのに。そこの後ろの男の人から聞いたのかしら。」
淡々とカオリさんは続ける。
「もう帰ってくれないかな。私は貴方ほど大人になれない。落ち着いてなんかいられないの。」
「そんな事は...」
「もう出てってよ!」
俺は外に押し返され、家から締め出されてしまった。
「あーあ...ありゃぁもう無理かもしれねえぞ。」
後ろで見守ってたカゼシタがそう俺に呟いた。
「...分かってます。」
悔しかった。力になれると思った。戦いや捜索に直接役立たずとも、せめて情報だけは手に入れて貢献したかった。
悲しかった。大人だと思われた事が。落ち着いていると思われたことが。自分も昨夜はあんなに取り乱していたんですよ。
「坊主、大人ってなんだろうな。」
カゼシタが煙草をふかしながら俺に聞いてきた。
「大人...その煙草が答えじゃないですかね...」
俺が下を向きながらそう呟くと、カゼシタは笑いながら言った。
「そうだな。でもそれは20歳...成人としての線引であって、大人とは言わないと俺は思う。」
俺の言葉を待つかのようにゆっくりとカゼシタは話す。
俺は面倒くさそうに聞いた。
「...じゃあ答えはなんですか。」
「答えか?答えはねぇぞ。定義が曖昧だからなあ。」
「はい?」
怒りと驚きで自然とその言葉が出てきた。カゼシタは続ける。
「だから、答えはねえんだ。あの人が言った大人とお前の考える大人、そして俺が考える大人は全部同じなようで違うんだよ。」
そこでカゼシタの真意に俺は気付いた。俺を励まそうとしてくれてるという事に。
「カゼシタさん、ありがとう御座います。気を引き締めます。」
俺の顔を見てカゼシタは少し悲しそうな表情になりながら俺に言った。
「お前はまだ大人になんなよ。」
カゼシタは1本の電話が入り、そちらの応援に入る事になるとの事だったので、その場で解散をした。
自警団総勢がホノカの捜索にあたってると言っても、事件や問題は日常的に発生するものである。
ホノカの情報を聞き出すのに難航している俺は、しばらく歩いた後、切り株に腰を落とした。
「よーソウ、何やってんの?」
なんだか懐かしい声が聞こえてきた。
「よーシバ、お前こそ何やってんだ。」
「駄菓子屋、あそこあんだろ?あそこでちょっと闇の取引を...」
また始まった...と俺は思いながら心の何処かで変わらないシバを確認して安心していた。
「そういや。お前とホノカ今日休みだったけど。」
先ほどとは空気感が変わった。砂利道からの陽炎が揺らいでいた。俺は重い口を開く。
「...なんか体調崩しちゃったみたいでよ。ホノカ。見舞い行ってたんだ。俺はサボりだよ。」
ふーんという顔をしながらシバは俺に言った。
「嘘だな。まぁー状況は分かったよ...はぁ。ホノカってソウに話したがらなかったもんな。」
俺が不思議そうにシバの顔を見上げる。シバは続けた。
「やっとこっち見たか。ホノカ、ウミノ神社の貢物になったんだってな。」
「お前!?知ってたのか...?!なんで話さなかっ」
シバは俺の口を塞ぎながら言った。
「あー...はいはい。ホノカさんはソウくんの事を想っての事ですよー。でも儀式...祭りはまだだろ?」
「...ん?あぁ...そうだな...」
俺はシバに話しても大丈夫なのかと口をすぼめた。
「朝から駆け回る自警団。不自然に休む友人。目の前に不自然な親友。んー...儀式が嫌で逃げ出した...いや、誘拐された?」
儀式の件について知っていたとしても、少ない情報でここまで特定出来てしまうシバを俺は恐ろしく思った。シバは一通り独り言を言った後、俺に問いかけた。
「で、カオリさんとは話したのか?」
「それは...その...」
俺が言い淀んでいると、なるほどねという顔をしながらシバがこちらを見ながら俺の手を引いた。
「ほらいくぞー」
さわれるがままに手を引かれて、あっという間にホノカの家の前まで来てしまった。
コンコン...
「ごめんくださーい...」
先ほどとは打って変わってのテンションで呼び掛ける。
「あら...シバ君。どうしたの?今お茶を...」
「カオリさん!」
シバからは聞いたことのない大きな声が建物中を鳴り響く。
そのままシバは土間に倒れ込み、声を漏らしながら続けた。
「どうして...俺には何も言ってくれなかったんすか...」
肩を揺らしながら泣く姿に俺は心を打たれた。それはカオリさんも同じだったようだ。
「ごめんね...私が頼りなくて...心配かけたよね...」
泣きながらうずくまるシバ、同様に泣きながら寄り添うカオリさんは、子供のようで。どこか大人であった。
カオリはホノカの母であるのはもちろん、両親の帰りが遅いシバの面倒も、幼少の頃から見ていたので、シバにとっては第二の母のような存在でした。




