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完璧美少女の放課後助手 ~偽ラブレター事件~  作者: 富益 啓
本編

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6/11

006

桐島あかりの名前が記録に出たとき、真白は初めて露骨に動揺した。


旧新聞部室の入室ログ。深夜ではなく、昼休みの短い時間。貸出名義は桐島あかり。


俺がその記録のコピーを机の上に置いたのは月曜の放課後だった。朝倉文具の奥の椅子に真白が座って、俺はカウンターに寄りかかって立っていた。ここ最近、放課後の店内がうちの捜査本部みたいになっている。母さんはその空気を察して、こういう時間は奥へ引っ込んでいてくれる。


ログのコピーは、週末に学校の顧問教師に話をつけて取り寄せた。旧新聞部室は生徒会の管理下にある部屋で、入退室には簡易な記録が残る。「防犯の確認がしたい」と言ったら、渋々ながら見せてもらえた。


最新の偽ラブレターの一枚には、あかりの丸っこい字に似せた筆跡が混じっていた。加えて、手紙を仕込むために使われた封筒に、あかりがよく使う丸いシールの粘着痕に見えるものが残っていた。


俺が記録のコピーを差し出したとき、真白は一瞬だけ手を止めた。


「ありえない」


真白はそう言ったが、その声は少しだけ揺れていた。


「疑いたくないのは分かる」


「違う。あかりはこんなやり方を嫌う」


言い切るのに、少し力が要ったはずだ。真白が感情を制御するときの、かすかな力みを、俺は最近見分けられるようになってきていた。


だが証拠は、あかりを指していた。


入室ログの時間帯。あかりが鍵を借りたとされる昼休み。偽ラブレターに使われた紙は、旧新聞部室の在庫と型番が一致する。筆跡は模倣だとしても、あかりを知る人間でないと、あそこまで丸い字の特徴を真似るのは難しい。


もう一枚、俺は写真を並べた。偽物の字とあかりの普段の字。二学期初めに配布されたプリントの宛名欄に、あかりは自分で名前を書いていた。


「ここ。書き出しだけ強い。でも、その先が不自然なくらい揃ってる。字間も行頭もきれいすぎる。あかりの字は勢いで少し跳ねるけど、偽物は一字ごとに個性を殺してある。慎重に真似たというより、慎重すぎて自分の癖まで隠そうとしてる」


「確実に別人?」


「ほぼ別人だ。断言まではしない、が限りなく黒に近い。別の人間が時間をかけて模写した痕がある。隠し方が几帳面すぎる」


真白はしばらくそれを見ていた。俺は何も言わなかった。言い切れることと言い切れないことがある。断言しないのが俺たちのルールで、それは今も守る。


「シールの痕は?」


「あかりがよく使う飾りシールじゃなくて、学校備品のラベル用。粘着の強さが違う。剥がし跡の形も微妙に違う。あかりのシールは丸型が多いけど、これは正方形のラベル用の痕だ」


真白がゆっくりと息を吐いた。


「あかりを、ハメようとしてる」


「フレームアップだ。あかりの字を真似て、あかりの名前で鍵を借りて、あかりのシールに似せた跡を残す。それだけ手の込んだことをするのは、あかりを疑わせたいからじゃなくて」


「私を揺さぶりたいから」


俺がうなずくと、真白の目が少し険しくなった。あかりが犯人だという話よりも、自分の弱いところを正確に狙われているという事実のほうが、彼女には堪えるんだろう。


あかりのことを知っている人間。真白にとってあかりがどういう存在かを理解している人間。そういう人間が、計算してあかりを使った。


「御堂先輩は、あかりのことをよく把握している」


「委員会で一緒に仕事をしていたから」


「それだけじゃなくて、真白があかりを大切にしていることも知ってる」


真白は一瞬だけ目を落とした。そうかもしれない、という顔をした。


「完璧な顔の下に何があるか、見ている人間がいたってことだ」


放課後、あかりは教室で俺たちを見つけるなり、むしろ困った顔をした。


「私の名前、何かに使われてる?」


そこまで察している時点で十分鋭い。明るくて面倒見がいい人間は、周囲の異変に敏感だ。真白が迷っている間に、俺はログのコピーを見せた。あかりは数秒黙り、ふっと息を吐く。


「それ、たぶんこの前だ。文化祭委員の資料取ってきてって御堂先輩に頼まれて、鍵だけ借りた」


「一人で?」


「ううん。途中で先生に呼ばれて、鍵は返した。部屋には入ってない」


真白が顔を上げる。


「どうして先に言わなかったの?」


「真白が今、何を追ってるか、はっきり知らないから。変に踏み込んだら嫌かなって」


あかりは笑いながら言ったが、その笑顔の下に、ちゃんと遠慮があった。明るい人間ほど、遠慮を隠すのがうまい。あかりは笑っているとき、ちゃんと心配している。それを真白は分かっていながら、自分から壁を作っていた。


完璧でいることは、近しい人間さえ遠ざけることがある。


「御堂先輩に頼まれたとき、他に何か言われなかったか?」


「『急いで取ってきてほしい』って。だから先生に呼ばれたとき、鍵を返すかどうか迷った。結局、先輩のところに戻せなくて廊下の端に置いてきた」


「廊下の端?」


「そうしたら後で「鍵届けてくれてありがとう」って先輩から声かけてもらえたから、もう一人で取りに行ってくれたのかと思ってた」


つまり御堂は、鍵をあかりが返すよりも前に回収している。鍵の受け渡しの経緯自体をコントロールしていた。


あかりの話を聞いてから、俺は職員室へ向かった。真白が先に「文化祭備品の鍵の受け渡しに食い違いがある」と顧問へ話を通し、俺は入室ログの原本確認を申し出た。最初は教師に「どうして生徒がそこまで食い下がるんだ」と止められたが、顧問が間に入った。俺は引かなかった。「記録の食い違いだけ確認したいんです。教師立ち会いでいいから、防犯カメラも見せてください」と粘った。


結局、顧問立ち会いで職員室奥の古いモニターを確認することになった。古い防犯カメラの記録には、確かにあかりが鍵を借りる姿と、すぐ別件で呼び止められる様子が映っていた。


だが、その後の時間帯は記録が途切れていた。注記には、毎週水曜の昼は定期メンテで自動停止するとある。文化祭備品の動線が一番混む時間だ。生徒会で備品管理に触れる人間なら、その穴を知っていてもおかしくない。あかりが廊下の端に鍵を置いたところまでは追えたが、その先に部屋へ入った人間は映っていない。


「じゃあ、あかりが入ってない証明にはならない」


真白の顔が強張る。


「映像だけじゃな」


だからこそ、机に並べた筆跡とシール痕が効いてくる。偽物の字は均一で、整えすぎていた。ラベルの粘着は学校備品のものだった。映像が途切れても、そこだけはごまかせない。


教室へ戻ると、真白が俺を見る目が変わっていた。


「どうしてそこまで?」


あとでそう聞かれたとき、俺は少し考えてから答えた。


「分からない。気づいたら動いてた」


「答えになってない」


「なってないな」


言ってから、自分で少しだけ照れた。真白じゃなくて窓の外を見る。ただ、真白があの顔をしているのを見ていられなかった。それだけは分かっていた。


後悔の埋め合わせだけで、ここまで勝手に体が動くわけがない。あの顔をもうさせたくない。その気持ちのほうが、今はよほど近かった。


真白が言った。


「今度は当てないで」


「さっき言ったのに」


「さっきは聞いてなかった」


真白は窓の外を見たまま言った。俺も窓の外を見たまま何も言わなかった。それでいい気がした。


その日の帰り、あかりはにやっと笑って言った。


「ねえ、二人ってさ、付き合ってなくてもだいぶ面倒な距離感になってるよね」


「余計なお世話」


「否定が雑」


真白は珍しく、すぐには切り返さなかった。


代わりに、階段を下りるとき、俺の袖をまた少しだけつかんだ。一瞬だけ。あかりには見えない角度で。


それだけで十分だった。放課後が終わるたびに、次も隣にいたいと思っている自分をごまかしきれなくなる。


犯人は、あかりの人の良さも、真白の弱いところも、両方知っている。あかりを使って真白を揺さぶることを、最初から計算していた。


そこまで考えて、俺の中で御堂への疑いが、証拠の積み上げとは別の質に変わった。人を標的として動いている、という確信だ。


親切な言葉遣い。慎重な手仕事。人の感情を「整える」という思想。鍵を貸せる立場。封筒の在庫を知っている。あかりに鍵を借りさせて、自分で回収できる位置にいた。


全部が、ひとつの輪郭に向かって収まりかけている。


あかりの名前で鍵を借り、あかりの字を模倣し、あかりのシールに似せた痕を残した。こんな手のかかることを、なぜする必要があった。ただ怪しませたいなら、もっと簡単な方法がある。それをしなかったのは、対象が真白だからだ。


真白が最も揺れるポイントを、正確に狙ってきた。


次はこちらから動く番だった。


翌日、俺は朝倉文具の棚で二つの作業をした。父さんへの赤インク確認と、シールの粘着の種類の照合だ。


父さんに件の品番のペンを訊ねたら、数秒考えてから「この数年、同じ品番だけを切らさず買い続ける客が何人かいた」と言った。名前は聞いていない。制服で来る学校の生徒に、わざわざ名乗らせるような売り方はしないからだ。でも、うちの学校の制服で、会議用の細い赤ペンに妙にこだわる、上の学年の男子。そのくらいの輪郭は覚えていた。該当しそうなのは二、三人いるが、少なくとも一人は「文具にはこだわるけど赤は使わない」と父さんが覚えていたから外れる。残る候補は、あと一、二人。これだけじゃ御堂特定には届かない。でも、輪郭を詰めていく手がかりにはなる。


シールの粘着の種類を確認するのも同時にやった。うちには装飾用から事務用まで、十種類以上のシールとラベルがある。問題の封筒についていた粘着痕を写真で撮っておいて、それと照合する。


飾りシールは粘着が弱い。剥がしやすく、跡も残りにくい。学校備品のラベルは正反対だ。強粘着で、剥がすと下地に白い痕が残る。それが、あかりのシールとは形が合っていても、残り方が全然違う理由だ。


問題の封筒の粘着痕は、強粘着。正方形。事務用ラベルの剥がした跡だ。


あかりが使うのは丸い飾りシールで、粘着は弱め。二つを並べると、似ているようで全然違う。似せて貼って、剥がしたつもりで跡を残した。それが故意だと分かる。


このくらいの細工をする人間が、シールの種類まで気にしないはずがない。意図的に間違えた。あかりに似せることが目的だから、完璧に一致させる必要がなかった。見た目だけ似ていれば、真白を揺さぶるには十分だと計算した。


それが、一番腹が立つところだった。


真白をよく知っているからこそできる細工だ。あかりへの信頼と、完璧な自分への拘りと、感情を見せないようにしている弱さを、全部理解した上で狙ってきた。


正確に弱いところを突ける人間は、長い時間その人を見てきた人間だ。




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