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完璧美少女の放課後助手 ~偽ラブレター事件~  作者: 富益 啓
本編

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4/11

004

翌日の放課後、文化祭実行委員の教室で、別れの手紙が一枚見つかった。


昨日まで普通に話していた相手から、急に距離を置く文面。しかも本人は、そんな手紙は書いていないと言う。


一見すれば、ただの気まずい別れ話だ。だから厄介だった。普通なら、わざわざ偽物を疑うような出来ではない。


文化祭が近づくと、学校は普段より少しだけ雑になる。


廊下には段ボールが増え、教室の後ろには模造紙が立てかけられ、誰かの「まだ終わってない」が常に飛んでいる。昼休みの購買には文化祭グッズの試作品が並び始めて、実行委員の子が材料リストを抱えて走り回っている。こういう時期は、普段おとなしい生徒が突然活発になったり、仲よさそうだったグループが意外なところでぶつかったりする。人間関係の摩擦係数が、全体的に上がる。


うちのクラスでも、文化祭で使う看板の紙をどうするかで軽く揉めた。薄い色画用紙だと波打つ。模造紙だと遠目はいいが近くで安っぽい。ケント紙は表面が強いが、糊負けすると端から浮く。看板に使うなら厚口で、しかもマーカーの裏抜けが少ない紙がいい。結局、俺が紙の厚さと糊の相性を説明する羽目になった。


「朝倉って、そういうのになると急に饒舌だよね」


あかりが笑いながら言う。


「文具店の息子だから」


「もっとモテる特技ならよかったのに」


「今からでも紙フェチで売っていく?」


「嫌すぎる」


軽口を挟んでくるあかりの向こうで、真白は文化祭実行委員の進行表をまとめていた。教室の中心にいても、必要以上に目立たない。あいつは人の視線を集めるのが上手いんじゃなくて、集まりすぎた視線の捌き方を知っている。


朝の教室は文化祭モードで慌ただしく、ちょっとした内輪もめが各班で起きている。それをさばきながら、真白は進行表の余白に何かを書き込んでいた。遠くから見ると普通のメモだが、ページの角の折り方が俺への合図だと、いつの間にか分かるようになっていた。後で見せたいものがある、という印だ。


その日の放課後、文化祭実行委員会の教室で騒ぎが起きた。


装飾担当の二人が、大勢の前で言い争っている。原因は、片方に届いた「もう一緒には頑張れない」という別れの手紙だった。昨日まで普通に話していた相手から、急に距離を置くような文面。しかも、本人はそんな手紙を書いていないと言っている。


「人間関係を壊す方向にシフトしてきたな」


「最初からそのつもりだったのかも」


真白が低く返す。


空気が尖りかけたところで、穏やかな声が場を整えた。


「一度、作業を止めましょう。感情の強いときに決めても、ろくな結論にならない」


生徒会副会長、御堂稜介(みどうりょうすけ)。噂どおり、よく通るけれど押しつけがましくない声だった。教師がいなくても場を鎮められる人間は、こういう学校では希少だ。誰に命令しているふうでもないのに、自然に全員が御堂を見る。


「桐島さん、装飾班の作業を一度止めて、進行表だけ回してもらえる? 一ノ瀬さんは該当者二人の聞き取りを。朝倉くん、もしポスター用の紙がまだ決まってないなら、湿気に強いものを実行委員へ伝えてくれると助かる」


手際がよすぎて、一瞬だけ感心した。こういう場で頼られるのも分かる。


「一ノ瀬さん、朝倉くん。二人とも詳しそうだね」


にこやかに言われて、俺は少しだけ警戒した。詳しそうって何にだ。


御堂は赤字の入った進行表ごと、問題の手紙を保管していたクリアファイルを俺たちに渡す。指先には赤インクの薄い汚れがついていた。胸ポケットには同じ色の細身のペンが差してある。会議資料でも添削していたのかもしれない。


その赤ペンの細い線は、まるで校舎じゅうの言葉を順番に検閲しているみたいで、妙に目についた。


騒ぎが収まると、御堂は泣きそうだった装飾担当の女子に声をかけた。


「無理に今日決めなくていいから。君たちが気持ちよく準備できることが一番大事だ」


その笑顔は本当に優しそうに見えた。だからこそ、あとで妙に残った。


「恋文ポストまわりの揉め事は、できれば大きくしないで収めたい。去年もちょっとトラブルがあってね」


「去年?」


「……まあ、昔の話だ。言葉って、熱いまま届くと簡単に事故になるから。一度冷まして、整えてから渡したほうがいいこともある」


言い方は穏やかなのに、感情そのものを危険物みたいに扱っている。そこだけが、妙に引っかかった。


「冷ませば安全になるみたいな言い方ですね」


俺が返すと、御堂は少しだけ目を細めた。


「少なくとも、勢いのまま投げるよりはね。受け取る側も、そのほうが安全だ」


演技には見えなかった。それが余計に厄介だった。


聞き取りをすると、手紙は文化祭委員の資料ケースに紛れていたらしい。恋文ポストの封筒じゃなく、実行委員の連絡用封筒に入っていたから、受け取った側は最初まったく疑わなかった。中身だけが、妙に個人的だった。


筆跡は崩してある。だが崩し方が妙に均一だった。字間はきれいに揃い、行頭もぶれない。怒りでも未練でもなく、感情語だけ柔らかい言い回しに言い換えてある。「角が立たないよう整えられた拒絶」だ。


「別れ話って、普通こんなに校正済みみたいにならないだろ」


「言いたいことより、どう見えるかを優先してる」


「誰かの感情じゃなくて、誰かの作文って感じだな」


真白は小さくうなずいた。


「それに、資料ケースへ紛れ込ませるには委員会の動線を知ってる必要がある」


俺はその封筒をもう一度手に取った。開封した跡が、きれいに処理されている。蒸気か水分で封を剥がして、貼り直した跡だ。第二話で俺が見た偽ラブレターの処理と同じ技術だ。同じ人間が同じやり方を使っている。


「封の開け方、前と同じだ」


「同一人物?」


「同じ技術を持ってる人間が、同じ目的で使ってる。偶然の一致とは思えない」


真白が手紙の隅を指した。


「日付の書き方を見て。数字の形が少し特徴的」


「四と七が独特な書き方だな」


「委員会の議事録に、同じ形の数字がある。記録係が毎回書いていたはずなのに、今年度から字体が変わった。最初の記録係が引退して、補充した人間が書き継いだとき、字が変わった。でも変わったあとの字のほうが、今手元にある手紙の数字と一致してる」


手紙の数字と議事録の数字が、同じ癖を持っている。一人が両方書いた証拠にはなりにくい。でも、積み上げることはできる。


聞き取りのあと、御堂はまた自然な顔で近づいてきた。


「二人とも、助かったよ。恋文ポストの件、最近ちょっと空気が悪いから」


「最近?」


「返事の行き違いとか、噂の尾ひれとか。匿名の企画って便利なぶん、少し手を入れたくなる人もいる」


さらりと言ったその「手を入れる」が、引っかかる。


真白が何かを言う前に、あかりが横から顔を出した。


「御堂先輩、二人とも便利に使いすぎじゃないですか」


「有能な人ほど頼りたくなるんだよ」


「そういう台詞、モテる先輩しか許されないやつ」


あかりの軽口に、御堂は柔らかく笑った。


「桐島さんも十分、場を回してくれているよ」


褒め方まで隙がない。だからこそ、余計に掴みどころがない。


真白が旧新聞部室へ向かうと言うので、俺もついていく。途中、購買で買ったアイスを渡すと、彼女は一瞬だけ不思議そうな顔をした。


「甘いもの、嫌いじゃないだろ」


「どうして?」


「昨日、図書室でミルクティーの飴なめてた」


「見すぎ」


「見るのが仕事なんで」


真白はため息混じりにアイスを受け取った。真白が廊下で棒アイスをかじる姿は、それだけでちょっと秘密っぽい。


本人が無防備なぶん、こっちは余計に落ち着かない。たぶんその自覚は、あいつにはない。


「御堂先輩、どう思う?」


不意に真白が聞く。


「今のところ、出来すぎ」


「同感」


「でも、だからって即犯人扱いはしない」


「分かってる。あなたがその役なら、たぶん私たちの相棒はもう解雇だもの」


その物言いに少し笑ってしまう。


図書室裏の非常階段を下りて渡り廊下を抜けると、旧新聞部室のある保管区画だ。文化祭前は保管庫が足りなくなると、余った備品をここへ仮置きすることがあるらしい。旧新聞部室には、古い紙と乾いた糊と埃のにおいがこもっていた。棚の奥に未使用の封筒束があり、管理ラベルには生徒会保管品と書かれている。問題の手紙と同じ型番だった。


「ここから持ち出せるのは」


「鍵を借りられる立場の人間、か」


机の上には過去の貸出簿があり、数か月前から名前の記載がやけに整いすぎている。全部同じ人間が、違う字のつもりで書いたみたいだ。封筒束のそばには、仮置きされた備品の在庫表まで混じっていた。


「これ、筆圧が同じ」


俺が言うと、真白は身を寄せて覗きこんだ。肩が触れた。古い紙と糊の匂いの中で、柔らかい石けんの香りだけが妙に近い。


こういうときだけ、心臓まで証拠品みたいに正直なのは勘弁してほしい。


「離れないの?」


「証拠を見るのに効率が悪いから」


「そういうこと平気で言うわよね、あなた」


「今のは俺が悪いのか?」


貸出簿の端には、赤ペンで訂正された日付が二つ並んでいた。数字のはね方が妙にきれいで、さっきの御堂のクリアファイルにあった赤い汚れを思い出す。


さっき封筒で確認した数字の癖と、この赤ペンの訂正の癖が合っている。同一人物かどうかは断言できない。でも、可能性の輪郭がまた一歩絞れた。


封筒の封だけ見ればかなり器用なのに、記録のほうは触りすぎている。隠すことより、自分が把握しやすい形に整えるほうを優先しているなら、この脇の甘さにも説明がつく気がした。


「赤インクのメーカーが分かれば、絞り込みに使える」


「調べ方は?」


「御堂先輩が使ってるのと同じメーカーかどうか確認する。接触したときにボールペンの型番を確認できれば、うちの在庫と照合できる」


「それ、どうやって?」


「機会があれば」


そのとき、廊下で誰かの足音がした。扉の窓からのぞいたのは御堂だった。


「見つかった?」


「封筒の保管場所は」


真白が答えると、御堂はやわらかく笑った。


「よかった。恋文ポストなんて曖昧なもの、誰かが整理しないとすぐ混乱するから」


「整理、ですか」


「気持ちはそのままだと大きすぎることがある。少し整えてあげたほうが、全員にとって安全なときもあるよ」


そう言ってから、御堂はすぐに普段の顔へ戻った。


「もちろん、手紙の話に限れば、だけど」


冗談めかした一言だった。けれど、笑えなかった。


御堂が去ったあと、真白はしばらく扉を見ていた。


「今の、聞いた?」


「ああ」


「たぶん、私たちが追ってるのは、単に手紙を差し替える誰かじゃない」


「人の感情そのものに手を入れていいと思ってる誰か、だな」


整理、という言葉が妙に耳に残った。


人の感情まで、整頓できると思っているみたいな響きだったから。


旧新聞部室を出て、廊下を歩きながら真白が言った。


「あの人、今日、私たちがここへ来ることを知っていた」


「手紙の件を整理しに来ると、さっきの時点で見当をつけてた。だから追いかけてきた」


「先を読んで動いてる」


「先生に頼まれて動いてるのか、自分で動いてるのか、まだ分からない」


「どちらにしても、次のステップはうちの記録にある気がする」


真白は封筒の型番を書いたメモを確かめてから、ポケットに戻した。歩きながらも手が止まらない。こういう動きをするときの真白は、何かを整理しながら並走できる人間だ。


「赤インクのことを調べるなら、父さんに頼める。うちに来た客が何を買ったか、父さんは大体覚えてる」


「そのレベルで覚えてるの?」


「文具好きに文具を売ってきた人間は、客の好みを覚える。それが仕事だと思ってるから。名前より先に、買い方と制服を覚える人だけど」


真白はそれを聞いて、少しだけ黙った。


「朝倉の家、そういうとこ、ちゃんと好きよ」


言われた瞬間、返しに困った。照れているのか、素直に嬉しいのか、自分でもよく分からなかった。


「……今夜、父さんに聞いてみる」


それだけ返して、俺は廊下の先を向いた。隣で、真白が少しだけ笑った気配がした。


でも、次に掘るべき場所はもう決まっている。一年前の温室だ。




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