第二十五話① 何かが引っ掛かる(前編)
宿舎前。死体を燃やした炎が、少し小さくなってきた頃。
ノースの兵士全員が、村人を捕えて戻ってきた。
村人の数は、目算で七○○人ほど。村としては大きな規模だと言える。
村人は、全員、家族単位でロープで繋がれていた。さらに、逃亡を防ぐため、両手を後ろ手で縛られている。
「イチヤ様」
イチヤやレト、ハイディアがいる場所へ、カボが駆け寄ってきた。村を襲撃した千人の部隊の長。
「村人は全員捕えました。家の中を隅々まで探させましたが、隠れている者はいないと報告を受けています」
「わかりました。お疲れ様です」
集められた村人達を見てから、イチヤは、視線を常駐兵の宿舎に移した。この宿舎の大きさなら、村人全員を幽閉しても、極端に窮屈ではないだろう。
「捕えた村人を、宿舎に入れてください。逃亡する可能性は低いと思いますが、常に見張りを怠らないようにしたいですね。逃げられて、近隣の村やフロンテーラに情報を流されたら、面倒なんで」
「存じております」
「あと、兵を半分ほど連れ出していいですか?」
「構いませんが。理由を聞いてもよろしいですか?」
「もしかしたら、騒ぎに乗じて逃亡した村人がいるかも知れません。できれば、一人も逃がさないようにしたいんで。だから、村の周囲の森を捜索します。少し探して誰も見当たらないようなら、そのまま戻ります」
「承知しました」
イチヤの依頼に従って、カボは、数名の百人長を呼び出した。ほんの一分ほど会話を交わし、村の外へ捜索に出る部隊を決めた。村人を捕えた部隊が、大きく二つに隊列を整えた。一方の部隊は村人を縛り上げたロープを握り、もう一方の部隊は手ぶらになった。
「イチヤ様。そちらの部隊を捜索に向わせます」
手ぶらになった部隊を、カボは指差した。
「わかりました。ありがとうございます」
「イチヤ様はどのように?」
「俺も、周囲の森の捜索に向います。あと、一応、待機所に残った部隊や、追加でノースから渡ってくる部隊の様子見もお願いします」
「承知しました」
村人を拘束したロープを握り、部隊の兵達が宿舎の中に入ってゆく。捕えられた村人達は、皆、暗がりでも分かるほど顔を真っ青にしていた。無理もない、と思う。この村の人々は、捕虜になったのだ。敵兵に何をされるか分からない立場。
とはいえイチヤは、彼等に危害を加えるつもりなどなかった。ノースの村で蛮行を繰り返していたサウスウェスト兵とは違う。
先ほど、ハイディアのお陰で思い出すことができた。自分を戒めることができた。自分は絶対、弱者を嬲るような人間にはならない。
「レト」
傍らにいるレトに、イチヤは声を掛けた。
「聞いた通り、俺は、村の周囲の捜索に行く。レトはどうする?」
「私も行く。ちょっと、イチヤに聞きたいこともあるし」
「聞きたいこと? 何だ?」
「それは後で話す」
イチヤに言うと、レトは、隣りにいるハイディアに指示を出した。
「ハイディアはここで待っててくれる? 何かあったとき、ハイディアの魔術が必要になるかも知れないから」
「わかりました」
コクリと、ハイディアが頷いた。
カボは、村人を連れた部隊とともに宿舎の中に入っていった。どうやら彼は、捜索ではなく村人の見張りに付くようだ。
部隊を指揮する五人の百人長が、それぞれ、どの辺を捜索するか話し合っている。
「?」
気のせいだろうか。イチヤの目には、五人の百人長の顔が、どこか悔しそうに見えた。
「イチヤ様」
話し合いを終えた百人長が、イチヤに、それぞれどの辺りを捜索するか伝えに来た。周囲の森を五手に分かれての捜索。もし逃亡した村人がいたとしても、見つけることができるだろう。
「イチヤ様はどの辺を?」
「皆さんの邪魔にならない程度に、周辺を一周しようと思っています。たぶん、朝日が昇り始めるより早く戻ってくると思います」
「では、我々とは別行動を?」
「はい」
「かしこまりました。では、我々はもう出発します。我々も兵士達も、できるだけ早く終えて戻ってきたいので」
「……? はい」
どうして早く戻ってきたいのか。それほど疲れているのだろうか。疑問が頭に浮かんだが、イチヤは口にしなかった。
捜索の部隊が、早々に出発した。全員、駆け足だった。大勢が固まった状態で走るのは、将棋倒しになる可能性もあるため危険な気がする。どうして彼等は、そこまで精力的に動こうとするのか。疑問に思いながらも、イチヤはそれほど気にしなかった。たぶん、皆、仕事に対する責任感が強いのだろう。その程度に考えていた。
「じゃあ、俺達も行くか」
「ええ」
レトを連れて、イチヤも出発した。もっとも、先に出発した部隊とは違い、走りはしなかったが。
宿舎から歩いて十分ほどで、村の出口に辿り着いた。五十センチほどの柵が数カ所に渡って地面に突き刺さっている。木製の柵。そこから百メートル少々先には、森が広がっていた。
森の中には盗賊がいるかもしれないが、表立って活動はしないだろう。周辺を、五〇〇ものノース兵が捜索しているのだから。下手なことをして返り討ちに遭うのは、盗賊の方だ。
イチヤとレトは森の中に入った。暗い森の中。昨日よりは晴れているが、森の木々に遮られて、月明かりがひどく弱く感じる。
レトは、指先に火の魔術を灯した。松明の役割を果たし、周囲が明るくなった。逃亡した村人が木の上に逃げていたとしても、見つけられる程度の明るさ。
「レト」
「何?」
「その魔術、どれくらい保つんだ?」
レトの指先の、松明代わりの魔術。
レトは懐に手を入れ、時計を取り出した。今の時間を確かめたのだろう。
「たぶん、夜明けくらいまでは問題ないと思う。それほど魔力を使う魔術じゃないし」
「そうか」
この世界で、体力と魔力はほぼ同意義だという。戦士型が体力と呼ぶものを、魔術師型は魔力と呼ぶ。その程度の違い。
レトは小柄ではないが、決して大柄でもない。そんな外見に似合わず、魔力は相当なものだと思う。少なくともイチヤは、レトが魔力切れを起こすところを見たことがない。
森の中を、無作為に歩く。もし道に迷っても、木の上に登って高いところから見渡せば、村の位置は分かる。遭難する心配はない。
少し遠い場所から、人の足音が聞える。集団の足音。森の捜索に出た部隊だろう。話し声も聞える。どのような会話をしているかまでは聞こえないが。
もし、逃亡した村人がいるとして。ノース兵の話し声が聞こえたら、息を潜めて隠れるか、発見されないようにして逃亡するだろう。逃亡者の捜索にしては、ずいぶんと杜撰な気がする。
イチヤは少し、捜索部隊に不信感を抱いた。質がいいとは言えない部隊を捜索に出したようだ。それとも、待機所を制圧し、村も陥落させたことで、気が抜けているのだろうか。
ちょっと注意してやろうか。ふと浮かんだ考えを、イチヤは自重した。自分は召喚者だが、部隊を率いる権限がある者ではない。無駄に出しゃばったら、彼等を率いる百人長や、その上に立つカボの面子を潰すことになる。ここは黙って、自分達なりに丁寧に捜索すればいい。




