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第二十四話① 戦争は楽しいですか(前編)


 村を偵察後、イチヤ達は、部隊が待機している場所に戻った。


 仮眠を取っていたカボに、村を襲撃する際の戦略を提案する。千人の部隊のうち、百名は常駐の敵兵を叩く。残りは、村人を捕えて常駐兵の宿舎に連れ込み、幽閉する。幽閉する村人は、家族単位でロープで繋げ、簡単に逃走できないようにする。


 カボはイチヤの策に賛同した。村人を宿舎に幽閉することで、村の家々を休息地として使える。農作物が大量にあるので、食料に不足することなくフロンテーラ攻略の拠点にできる。森で動物を狩れば、肉を食べることもできる。


 陽が沈んで、しばらく時間が経過した。村人が寝静まる時間になった。


 カボが、同行している百人長達に指示を出し、村を襲撃する準備を始めた。


 村人は、一名たりとも外に逃がさないようにする。常駐兵は、向かってくれば戦う。投降するなら捕え、宿舎に幽閉する。常駐兵と抗戦する部隊と、村人を拘束する部隊も決めた。


 イチヤやレト、ハイディアは、当然のように抗戦の部隊に入った。


 馬に跨がり、村に向かって森の中を進む。今日は晴れていて月が顔を出しているが、暗い森の中にいるため、村の常駐兵に発見される可能性は低い。


 森の出口付近――村まで百メートル強の位置まで来た。


 千人の全指揮を執るカボが、片手を挙げた。その手を振り下ろす。


「突撃!」


 次の瞬間、森に集まったノース兵達が一斉に駆け出した。森を抜け、ブランコ村に向かって走る。


 村の入口で見張りをしていた二人の常駐兵が、いち早くこちらの接近に気付いた。鳴り物を手にしている。ガンガンと音を鳴らしながら大声で叫んだ。


「敵襲! 敵襲!」


 村に近付くと、突撃したノース軍は散開した。抗戦する部隊は、このまま宿舎に向かって突進する。他の兵は、立ち並ぶ家に突撃して村人を拘束する。


 見張りをしていた常駐兵は果敢にも剣を抜き、身構えた。馬に乗ってもいないのに、馬上の者と戦うつもりらしい。


 向かってくるなら、容赦はしない。イチヤは先頭を走り、剣を抜いた。ノース国内の村のことを思い出す。攻め込んできたサウスウェスト兵は、蛮行の限りを尽くしていた。イニシオ村では、一人の少女を守ろうとした少年が、嬲り殺しにされていた。そんな奴等には、手心など加えない。


 見張りの兵士達とすれ違い様に、イチヤは素早く剣を振った。肉を切り裂く手応え。イチヤが通り過ぎた瞬間に、鮮血が飛散った。常駐兵が地面に崩れ落ちる音は、馬の蹄の音にかき消された。


 村の中は騒然となった。周囲にある家々に、ノース兵がなだれ込んでいる。そのまま捕えて、常駐兵の宿舎に幽閉するのだ。そのために、いち早く宿舎を攻め落とす必要がある。


 村の中に深く入り込むと、宿舎が見えてきた。望遠鏡でも偵察していたが、近くで見ると割りと大きい。日本の感覚で言えば、小学校の体育館くらいの大きさだ。木製の二階建て。中から慌ただしく兵が出てきている。


 宿舎に近付くと、イチヤは、鐙から足を外した。そのまま馬の背中に足を乗せ、大きく跳んだ。宿舎から出てくる常駐兵の真っ只中に飛び込む。召喚者としての身体能力があるからこそ可能な芸当。


 周囲にかがり火がある、夜の闇の中。飛び込んでくるイチヤを、常駐兵達は驚愕の表情で見つめていた。あまりに予想外なイチヤの行動に驚き、硬直している。


 常駐兵達が持っている武器は様々だ。剣、槍、戦斧。けれど、誰一人として、飛び降りてくるイチヤに対し武器を振れない。人は、予測不可能なことが目の前で起こると、的確な判断ができずに動きを止めてしまう。


 イチヤは地面に着地した。両足に、着地の衝撃。足の筋肉が、グッと張り詰める。着地の反動を利用して、思い切り体を捻った。体のうねりに乗せて、剣を横薙ぎに振る。丁度、自分を中心に円を描くように。


 剣が円を描く途中で、何度か手応えを感じた。人間の体に剣が食い込み、切り裂く手応え。周囲に血が飛散る。生温かい返り血が、イチヤの頬や体にかかった。


 着地の一瞬で、六、七人は斬り捨てた。宿舎にいる常駐兵は百人ほどだろうから、残りは九十人少々。


 宿舎を攻め落とす人員に、こちらは百人ほどを充てた。


 だが。


 ――俺一人で十分だ!


 すでにイチヤは、大勢を相手に戦う経験を積んでいる。ノース国内で、複数の村をサウスウェスト兵から解放したとき。デルパイース川で、川を渡ってくる敵軍に一騎駆けをしたとき。


 前後左右を敵に囲まれても、自分なら戦える。多少の手傷を負う可能性はあるが、問題なく勝てる。


 剣を振りながら、イチヤは大声で叫んだ。


「俺一人で十分だ! 村人を捕えろ! 一人も逃がすな!」


 逃走した村人が、ノース軍の動きを他の村に伝えるかも知れない。フロンテーラに逃げ込み、対策を練ってくるかも知れない。自分達が優位に戦うために、こちらの情報を敵に流されたくなかった。


 イチヤの指示が聞えたのだろう。こちらに向かってくる蹄の音が止まった。部隊をまとめているカボが、大声で叫んだ。


「村人捕縛に加わる! 各自散開! 必要に応じて指示を仰げ!」


 自分を囲む常駐兵の隙間から、イチヤは、ノース軍の動きを見た。四方八方に散り、村人を捕えるために走ってゆく。


 周囲の常駐兵が、イチヤを仕留めようと向ってきた。


 右斜め上から、イチヤの脳天に戦斧が振り下ろされた。


 イチヤはすかさず戦斧を弾いた。鉄同士がぶつかる金属音。手応え。戦斧を振り下ろしてきた常駐兵を斬り捨てる。


 前方と左側から、槍が突き出してきた。


 イチヤは身を低くして躱すと、その高さのまま体を回し、剣を横薙ぎに振った。イチヤの大剣が、周囲に集まった敵兵の足を切り裂いた。足を失った常駐兵達が、悲鳴を上げながら周囲に転がる。


 自分に振り下ろされ、あるいは突いてくる武器。イチヤはそれらを避け、あるいは剣で弾き、次々と斬り捨てた。


 召喚者であるイチヤは、常人離れした能力を持つ。とはいえ、剣や戦斧、槍の攻撃をまともに食らったら、ただでは済まないだろう。一瞬一瞬が緊張の連続で、まったく気を抜けない。たった一人で百人を相手に戦うなど、常識で考えれば正気の沙汰ではない。


 それなのに。


 イチヤは興奮していた。脳内で興奮物質が分泌されているのだろうか。避けた剣が目の前を通り過ぎ、鋭い空気の動きを感じる。弾いた戦斧が火花を散らし、一瞬だけ辺りが明るく見える。腹をかすめた槍が服を切り裂く。相手の攻撃を避けた直後は必ず攻撃を繰り出し、常駐兵を斬り捨てる。攻防を繰り返すたびに、気分が高揚してくる。


 そういえば――。イチヤはふと、思い出した。以前読んだ、ボクシングの元世界チャンピオンのコメント。相手に大きなダメージを与え、自らも出血しながら戦ったときの感想。楽しかった、と綴られていた。


 そうか。今の自分の気持ちに、イチヤは奇妙な納得感を覚えた。これが、戦うのが楽しいってことか。


 動物の雄は、他の雄と戦い雌を勝ち取る。他の雄に勝つことで、雌と性交する権利を得る。自らの子孫を残すことができる。


 雄にとっての戦いとは、快楽と子孫を同時に得る行為なのだ。だから、この状況を楽しめる。


 イチヤの周囲に、常駐兵の死体が重なってゆく。生きている敵は、死体を乗り越えイチヤに向かってくる。武器を振り下ろしてくる。


 イチヤの視界の端で、何かが光った。赤い光。すぐに気付いた。敵の魔術師が放った火球だと。


 イチヤの常人離れした反射神経は、すぐに火球に反応した。


 しかし、火球はイチヤに届く前に消失した。氷の魔術で打ち消された。イチヤの視界の端――少し離れた場所に、レトとハイディアがいる。彼女達のどちらかが援護してくれたのだろう。


 正直なところ、この場は自分一人でも十分だと思っていた。それでもイチヤは、何も言わずに戦い続けた。圧倒的に敵を斬り続けているとはいえ、何カ所かかすり傷は負っている。もしかしたら、もう少し大きな怪我をするかも知れない。その時は、彼女達の回復魔術に頼ることになるだろう。


 イチヤを囲む常駐兵の数が、どんどん少なくなってゆく。一度に襲いかかってくる数は、せいぜい六~七人。周囲を囲んでいるといっても、それ以上の人数で一度に斬りかかってくるのは、物理的に不可能だ。そして、イチヤの反射神経ならば、その程度の人数の攻撃など十分に対応できる。


 気が付くと、イチヤの周囲にいる常駐兵の数が、目測で数え切れるくらいまで減っていた。残り八人。


 周囲は死体だらけになっていた。辺りに血の臭いが充満している。かがり火で照らされたイチヤの剣は、血まみれになっていた。剣だけではなく、イチヤ自身も、返り血でベタベタになっている。剣を持つ両腕には、血の筋が幾重にも重なっている。腕にかかり、流れ、滴り落ちてゆく血。


 残る常駐兵は八人。彼等は、イチヤに襲いかかるのを躊躇していた。ここまで人数が減らされて、初めて気付いたのだろう。自分達では、目の前の敵に勝てない――と。斬りかかっても、魔術を放っても、防がれ、殺されるだけだと。


 たとえ敵兵であっても、イチヤは、投降すれば殺すつもりはなかった。向かってくる兵のみ、斬り捨てるつもりだった。


 村に攻め込む前までは。


『降伏すれば殺しはしない。おとなしく縄につけ』


 戦意を失った常駐兵に、言うつもりだった言葉。けれどイチヤは、その言葉を口にしなかった。頭の片隅には確かにあったが、湧き上がった興奮が戦いを求めた。


 距離を置いて躊躇う常駐兵に、イチヤは一気に踏み込んだ。


 八人のうち二人が、攻め込んだイチヤに剣を振るってくる。離れた場所にいる三人が、手の平をこちらに向けて魔術を発動させる。残る三人も、剣と槍を構えて前進してくる。


 イチヤの剣はすでに血まみれで、切れ味をほとんど失っていた。だが、通常の三倍もの大きさと重量を持つ大剣は、凶悪な鈍器にもなる。


 斬りかかってきた二人に、イチヤは剣を振った。まず、縦に一線。兵士の脳天を直撃した。グシャリと頭蓋骨を粉砕し、脳天が口のあたりまで凹んだ。眼球が飛び出し、鼻から血と脳漿を吹き出した。直後に、横に一線。敵兵の首筋に当たり、頸椎を簡単に打ち砕いた。バリンッという固い物の割れる音が、剣の振動となってイチヤに伝わってきた。


 倒れゆく常駐兵を乗り越え、イチヤは前進した。残りは、戦士型が三人。魔術師型が三人。イチヤに近い位置にいるのは、戦士型の三人。三人のうち二人は剣を持ち、もう一人は槍を構えている。


 イチヤが接近すると、槍を持った敵兵が突いてきた。剣の腹で弾き、防ぐ。そのまま一歩踏み込むと同時に、剣を縦に振る。槍を持った常駐兵を殺した。


 さらに一歩、イチヤは踏み込んだ。剣を持った二人の射程圏内に入った。当然、イチヤの射程圏内でもある。


 イチヤが剣を振ろうとした瞬間、後方から火球が飛んできた。三つの火球が同時に。


 イチヤは剣を突き、常駐兵の一人を貫いた。刺した常駐兵をそのまま持ち上げ、飛んできた火球に当てる。盾代わり。串刺しにされた常駐兵の体に、火が着いた。貫かれた激痛と焼かれる苦しさで、常駐兵が絶叫を上げた。


 炎に包まれた常駐兵を刺したままの剣。イチヤは思い切り振り、もう一人の常駐兵に向って、炎に包まれた常駐兵を投げ放った。炎に包まれた常駐兵にぶつかり、もう一人の常駐兵にも火がついた。衣類が赤く燃え上がり、体の油分で炎はさらに大きくなる。二人の断末魔が、夜の空まで響いた。


 残る敵は、魔術師の三人。イチヤから彼等までの距離は、五メートルほどか。


 イチヤは地面を蹴り、一気に踏み込んだ。常駐兵が魔術を放つ間もないほど速く。


 常駐兵三人の、驚愕と恐怖に満ちた顔。彼等は目を見開いたまま、一瞬で自身の命を失った。三人とも頭を割られ、顔中の穴から血を吹き出しながら。


 常駐兵が全滅した。

 周囲は沈黙に包まれた。


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