プレニアヌダンジョン三階層
暗い階段を降りると、青空が眩しい草原に出た。くるぶしぐらいの高さの青々とした草が、サワサワと風になびいている。シュッとした細い葉の草は伸びすぎた芝生のようだった。
「っていうか、田んぼっぽい」
思わず呟くと、ラダが「たんぼ?」と首を傾げた。それに「なんでもない」と返す。
プレニアヌダンジョン三階層は、どこまでも広がる草原の中に、ポツポツと大木と岩が点在しているような風景だった。前世で見た緑一面の田んぼを思い出したが、実際になびいているのは本当に青い下草だ。空は快晴の水色、地面はサファイアブルー。ちなみに木は普通に茶色の幹に緑色の葉っぱだし、岩は灰色だ。
「地図があったほうがいいとは聞いていたが、これは確かに迷いそうだな」
コクシンが手元に目を落とす。冒険者ギルドで買ってきたペラッペラのB5サイズの紙だ。
「慣れるまで大変そうだけどね」
俺が覗き込むと、コクシンは俺が見やすいように屈んでくれた。いや、いいのよ、屈まなくても。見えますし。ギリだけど。
紙には地図と言っていいのかちょっと迷うような図形が描かれてあった。点と点が線でジグザクとつながれている。
「まず向かうのが、左手に見える大木。そこにたどり着いたら、二つくっついている感じの岩を目指す……というわけだね」
「僕一人だと絶対迷子になる」
なぜか自信満々にラダが宣言する。
「まぁ、これは方向感覚が狂いそうだな」
コクシンがぐるりと周りを見回した。振り返ると大岩をくり抜いたように登り階段がある。そこ以外は大海原ならぬ、大草原だ。地図を見ると、下り階段はここからまっすぐ左前方に進んだ位置にある。けれど人間って本当にまっすぐに進み続けるのは難しいし、何より魔物と戦闘になれば向いている方向はズレてくるだろう。そんなわけで、目標物から目標物へと進む地図となっているわけだ。まぁ、慣れてくれば魔物を吹っ飛ばしつつ一直線に爆走して抜けられるらしいんだけどね。
ちなみに空間はどこまでもあるわけじゃなくて、どこかで見えない壁にぶつかる。その壁伝いに階段間を移動することも可能なのらしい。すごい時間かかるらしいけど。
「じゃ、用心しつつ進もうか」
「「「おー!」」」「へー!」
そんなわけで、プレニアヌダンジョン三階層である。
例の宝箱はどうなったかというと、相変わらずラダの鞄に入っている。魔法鞄には入らないのだからしょうがない。
特に急かされるわけでもなく報告の義務もないということで、飽きるまでは持ってようかなっとなった。とりあえず謎かけ候補の七階層は目指す。その先はその時考える。まあ、いつも通り、行き当たりばったり。
「ごめん、そっち行った!」
「ほいきた!」
「えーい!」
隊形的にはコクシンが先頭でラダとシュヴァルツを載せたミルコがその後に続く。俺は殿。というか、お荷物感が半端ない。みんなは一撃で魔物を倒したのに、俺だけ撃ち漏らした。ラダですら魔物に一撃入れてるのに!
「ぬぐぐ」
思わず歯ぎしりすると、コクシンが苦笑したのが分かった。ミルコが走り回ってドロップアイテムを集めている。
「気にするな。得手不得手はある」
「そうだけどさー」
「短剣を持ってみるか?」
「……もうちょっとやってみる」
「わかった。無理はするな」
無理はしてない。ちょっと悔しいだけである。なので、頭ぽんぽんはいらない。ラダも来ようとしなくていい。ミルコは今巨大化してるから、ホントやめてね。下手すると首もげる。
「えーと、俺は動いてないから方向は変わらず。目標はあの木。よし、行こう」
ちょっとばらけた隊形を戻し、歩き出した。青い草は柔らかくて歩くのには何の支障もない。踏みつぶしてしまった青臭さがほんのり漂うという細かい配慮(?)がある。
ちなみに下草を鑑定をすると、『雑草』とだけ出た。鑑定さんそっけない。雑草という名の植物はないんだぞ。
「また来た」
ザザザザッと近づいてくる小さい音が複数。コクシンが飛びかかってきた小さな影を一閃、ミルコも同じように飛びかかってきた影を軽くはたき落とした。『ぢゅっ!』と魔物から声が漏れる。
「一瞬で近くまで来るな」
呟くコクシンにシュヴァルツがこくこく頷きながら「へ〜」と返した。
「感知した途端来るね〜って」
ミルコがシュヴァルツの言葉を訳す。
飛びかかってくる小さな魔物の名は、オオミミネズミ。その名の通り、顔に比べて大きな耳を持つネズミタイプの魔物だ。ドブネズミサイズで、大きな耳で音を拾って一目散に駆け寄ってくる。正直攻撃力はあまりないが、数とスピードで手を煩わせる面倒なヤツらだ。
そして今までの魔物に比べると小さい。小さくてスピードがあるので、俺が照準を合わせる前に近づかれてしまう。石弾のタイムラグはないと思っていたが、俺の反射能力が足を引っ張っている。
「うーん。一回受けてからのがいいのかな。弾を大きくするか。いっそ、土魔法で剣とか作ってみるか?」
いや、それなら素直に短剣持ったほうがいいな。何も土魔法にこだわることはないのだが、まあ、鍛錬と割り切って頑張ってみるか。
「来たぞ」
コクシンの声で方向を見定め、手鉄砲の準備。草をかき分け飛びかかってきたオオミミネズミに照準を合わせ……三体同時!? どれを狙うか一瞬の迷いが指先を鈍らせる。撃ち出した石弾は真ん中のオオミミネズミの胴をかすって抜けていってしまった。
結局コクシンが二体難なく切り裂き、ラダが一体を棒で殴り落とした。
「コクシンはともかく、ラダの攻撃も当たるのに」
なぜだとばかりに自分の手のひらを見つめる俺に、ラダが「ひどい」と口を尖らせた。棒をヒュンヒュン回し、肩に担ぐ。なんだそれ、カッコイイ……。
「ラダは普段はともかく、攻撃のスピードは上がってるな」
コクシンの言葉にラダが心なし胸をそらせた。スキルの補正か? ちょっと悔しい。
「へ〜」
「次来るよ〜って」
ちびっこ二人におしゃべりしてるんじゃないよと注意された。やります、やります。あ、ミルコはクールタイム中ですね。小さく戻ってもクマパンチで一撃ですか。そうですか。
ゴン!
鈍い音とともにオオミミネズミが弾かれる。そこにこん棒を振り落とすと、『ぢゅっ』と声を上げてオオミミネズミが地面に叩きつけられた。
オオミミネズミの姿が消え、ぱさりと小さな足を落とす。四つ指の棒切みたいな後ろ足だ。前世でウサギの後ろ足が幸運のなにかでキーホルダーになっているのを見たことがあるが、ネズミの後ろ足は正直気持ち悪いしかない。
「仕舞わないのか?」
しゃがんでそれを眺めていた俺に、コクシンが不思議そうに聞いてきた。
「仕舞う仕舞う」
つまみ上げて魔法鞄に放り込む。ちなみに薬の素材なのだそう。聞いたとたん青ざめた俺に、ラダは「別の素材でまかなえるから、僕は使ってないよ!」とあわあわして付け加えてくれた。
普通に怪しげな部位を納品してるんだから、今更っちゃ今更だけどさ、聞かなければよかった……。
「盾は使えそうか?」
「うん。石弾よりは全然いいね」
「それはよかった」
今、俺の腕にはコクシンの盾が装着されている。
結局視認してからの石弾は諦め、土魔法で盾を作ろうと思ったのだが、コクシンがこれ使えと渡してくれた。あのちょっと光るやつ。これがなかなかいい。
盾で弾いて攻撃の勢いを殺してこん棒で一撃入れるという流れ。こん棒は拾って収納していた、なんかいい感じのただの棒。
オオミミネズミは防御力は高くないのか、強めに弾いただけで事切れる場合もあった。
これでなんとか俺も戦線に復帰した。鍛錬? やったやった。でも倒せないとフラストレーション溜まるじゃん。
「それにしても、ネズミばっかりで嫌になるねぇ」
「ミルコ、もう飽きたー」
ラダの言葉にミルコが天を仰ぐ。
まあ、確かに。
「でも、四階層もオオミミネズミだけだよ」
いずれ訪れる事実に全員がうなだれた。
そう。三階層と四階層はオオミミネズミしか出ないのだ。四階層はもっとわらわらと出てくるらしい。しかも、ドロップアイテムが魔石と後ろ足。みんなが走り抜けるのも頷ける。
「まあまあ。四階層はアレが採れるんだろう? 頑張る目的があるじゃないか」
コクシンがそう言うと、今度は全員が目をキラキラさせた。
「そう! 四階層はクリムだ! おやつのために頑張るぞ!」
「「おー!」」
拳を突き合わせる。やっぱりご褒美って必要だよね。
クリムの実は四階層だけで採れる見た目オムレツの木の実だ。中身が甘いクリーム状になっていて、食堂でライモンさんに食べさせてもらって以来、ゲットしたいものの一つだ。市場にも出回っているが、せっかくの魔法鞄なのでぜひとも詰め込みたい。
そんなわけで、食欲に突き動かされつつ三階層をくねくねと進む。
「あっ! 見て見て! あれ花が咲いてるんじゃない?」
しばらく進んだところで、ラダがそれに気づいた。経路からはズレている、ポツンと立った木。その木だけ葉がなく真っ白なものに覆われている。
「ああ、ザルツさんとトリッシュさんが言ってた……」
コクシンが目を細めて木の方を見やった。
酒飲みコンビ、そういえば花見をしていたと言ってたな。
「見に行ってみる?」
「レイトが見たいなら」
コクシン、花には興味がないらしい。ラダは、「見たい!」って顔をしている。ミルコとシュヴァルツは……ちょっと、ネズミ足を突っついて遊んでないで、仕舞うよ。
「まぁ、せっかく見つけたんだし、行こうか」
花の咲いた木は、階層で一本だけなんだそうだ。それも定期的に場所が変わるらしい。ただ、花が咲いているだけで何も効果はないので、たいていの冒険者は素通りするのだとか。
花見かぁ。お酒は飲めないから、団子……もないな。時間早いけど、オヤツにするか。
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