さぁ入るよ!
「着いたぁー!」
馬車からぴょいっと飛び降りる。よくケツが4つに割れるなんて表現するが、ほんとにもうお尻が大変なことになるところだった。もちろん回復薬で治るのだが、飲み続けるわけにもいかないし。
背筋を伸ばしつつ、ダンジョンの入り口を眺める。ちょっとした空き地に岩山が生えていて、ポッカリと洞窟が口を開けている。扉があるわけでも、看板が出ているわけでもない。建物もないし、人もいない。
「なんかイメージが違う」
なにもないとは聞いていたが、こんなにも存在感のないダンジョンの入り口っていいんだろうか。
「レイト。私達はどうするんだ?」
コクシンの声に振り返ると、一緒に来ていた冒険者達はもう荷物を背負って準備万端な感じだった。それぞれ背負っているリュックがパンパンだ。帰りは食料ではなく、ドロップアイテムが詰め込まれているはずだ。俺達も魔法鞄がなかったら、こんな感じになっていたんだろう。
そうそう。一応警戒はしていたけど、もちろん何もなかった。気づかれて、「人のものを盗るほど落ちぶれちゃいない」と苦笑されてしまった。最初が最初だっただけに、警戒しすぎた。でもそれぐらいでちょうどいいと、御者さんには言われた。
「もう行くの?」
昼過ぎだから、まだ時間はあるといえばあるけど。4人組に聞く。
「ああ。今から行けば、一層は抜けられるからな。お前らのお陰で食料が節約できたから、いつもより潜れそうだ。お前らはこのまま野営か?」
「そのつもりだけど」
「夜は結構冷えるからな、気をつけろよ」
斧使いがぐりぐり俺の頭を撫でる。この人加減知らないから、結構痛い。いや、手がデカいからか。
「飯美味かったよ。じゃあ、またな!」
手を振って4人組、2人組がそれぞれダンジョンに突入していく。元気だなぁ。たしかに食料に限りがあるから、数時間とはいえ攻略に使ったほうがいいんだろう。いや、夜になっても動ける分ダンジョン内のがいいのかな。ここのダンジョンは昼夜がないらしいし。
考え込んでいると、ラダがキジ撃ちから戻ってきた。何故か手に花束を抱えている。ちなみにトイレに行くことなのだが、女性はお花摘み、男性はキジ撃ちらしい。昔人から聞いた話で、「へぇ~」と思ったので覚えていた。もちろんこっちではそんな言い方しないけど。
「どうしたの、それ」
聞くと、ラダは顔をかがやかせて「中級回復薬作るのに使えるんだ」と答えた。
「あれ? 前作ったときそれ使ったっけ?」
「ううん。薬ってさ、レシピが複数あることがあるんだよね。だいたい同じものができるんだけど」
「そうなんだ」
「これ、魔法鞄入れておいて」
「すぐに作らなくていいのか?」
「うん。乾燥させてからだから。それより、他の人たちはもう行っちゃったの? 僕らはどうするの?」
キョロキョロするラダから花束を受け取り、魔法鞄に仕舞う。周囲には俺たちと、馬車と御者さんしかいない。御者さんは一晩ここにいて、翌朝、乗客がいてもいなくても街に戻るんだそうだ。
「どうしようね。野営するつもりだったけど…。2人は体調どう? 疲れてたりする?」
「私は問題ない」
聞くとコクシンがそう答え、ラダも「疲れてないよ」と答えた。一番疲労を感じてるのは俺か。まぁ、体を動かせなかったことによる疲れだから、問題ないといえばない。最終日の今日は、襲撃もなくて朝からずっと馬車だったからな。尻をすりすりしてみる。うん。大丈夫かな。
「じゃあ、入ろうか。どうせ最初の方は装備とかアイテムの実証実験だし。きつそうなら、戻ってくればいいや」
ということで、フル装備…いや待てよ。効果を実感するためにも、このまんまでいいか。マスクをするかしないかだけだし。ゴム紐がないので、頭の後ろでくくるやつにしたんだけど、正直息苦しい。ガーゼなんて上等なものは手に入らなかった。まぁ、臭いがマシになるという実感が持てたら、ちゃんとしたのを作ってもらおうと思っている。
マントのフードを被り、その上からゴーグルをする。ほとんど視界の歪みはない。と、その視界にダンジョンから出てくる人たちが入った。3人いる。それぞれリュックの他に大きな袋を抱えていた。あと、すごい臭い…。
「お、ラッキー! 馬車がいる。待たずに帰れる!」
出てきた人たちがそう言うのに、野営の準備をしていた御者さんが苦笑した。
「すまんが出発は明日の朝だ」
「そっか、今そんな時間か。って、うおっ!?」
頷いた冒険者が、俺たちに気づきビクッとした。うん。3人揃ってゴーグルしてると、怪しいだろうな。見慣れないものだし。
「こんにちは」
ちょっとゴーグルを上げてご挨拶。興味を示した彼らにも宣伝しておいた。値段を聞いたら肩をすくめてたけど。
さてさて。初ダンジョンですよ。ドキドキですね。ただの洞窟にしか見えないのが残念なところ。
まずコクシンが踏み込む。続いて俺、ラダと突入する。明るいところから暗いところに入ったせいか一瞬視界が真っ暗になる。すぐに回復した眼の前に広がるのは、やっぱりどう見ても洞窟だった。ただ、コクシンがジャンプしても問題ないくらい天井の高さはあるので、閉塞感はない。
振り返ると、入り口の形が黒く塗り潰されている。ダンジョン内から外は見えないらしい。試しに戻ってみたけど、普通に出入りできた。
「やっぱり、アンデッド出てなくてもそれなりに臭いはあるね」
「そうだな。この程度なら問題はないが」
いわゆる腐臭がする。俺のつぶやきにコクシンが頷き、ゆっくりとあたりを見渡す。灯りらしきものは見当たらないのに、ちょっと薄暗い程度なのが不思議だ。ちょっと湿度はあるかな。
「あ、見てみて。キノコ生えてる。これあの人たちが言ってた、食べられるやつじゃない?」
キョロキョロしていたラダが、目ざとくキノコを見つけた。しゃがんでいるラダの足元を覗く。紫色の毒々しい傘を持ったキノコだった。
「…よくこれを食べようと思ったな…」
背に腹は代えられないというやつだろうか。俺の手の平ぐらいあるから、たしかに腹の足しにはなるだろう。一応鑑定してみたら、毒はなく食用可とはなっていた。
「食べるのに問題はないみたいだよ。上の方にあったら、一応いくつか取っておいてみる?」
2人が顔を見合わせ、一拍おいてから頷いた。その間は何だ。俺だって食べたくないよ。でもほら、何があるか分からないじゃない。せっかく魔法鞄あるんだし。あ、キノコは腐るか。まあいい。
ゆっくり進むと、何かを引きずるような音が聞こえてきた。見えてきたのはゾンビだ。初戦はゾンビか。ちらっとコクシンが振り返る。
「まずはそれぞれの武器で倒してみよう。いざというとき倒せないと困るしね」
「わかった。じゃあ、私から行こう」
頷いたコクシンが剣を抜く。アンデッド用に買った何の変哲もない剣だ。
足を引きずりながらゾンビが近づいてきた。映画や漫画のように「あ゛ぁ〜」とか言ってる口元から、よだれが滴っている。目玉が半分落ち、体はどす黒く腐っていた。
「うへぇ…」
臭いもさることながら、見た目も酷い。あれにハグされたら、俺気絶するかもしれん。ラダは大丈夫だろうか。ちらっと隣にいるラダを見ると、顔色は悪いが意識はしっかりしている。強くなったなぁ。
「しっ!」
コクシンが剣を振り抜いた。ずしゃっ!と音がして、ゾンビは胴で真っ二つになった。内臓あたりから黒い液体が飛び散る。ブワッと臭気が強くなった。たまらず込み上げてきたものを吐いた。
「レイト! 大丈夫!?」
ラダが折り曲げた体を支えてくれる。
「大丈夫。ラダ、悪いけどコップ出して水入れてくれない?」
「わかった!」
俺の腰についている魔法鞄を探り、ラダがコップを取り出す。その横でコクシンが俺を覗き込んでオロオロしていた。心配してくれるのはいいんだけど、背中は叩くんじゃない。ラダが入れてくれた水で口の中をゆすぐ。
「あ~びっくりした。っていうか、2人は大丈夫なの?」
臭いが強くなったのは一瞬だったようで、今はもうちょっと臭い程度だ。コクシンが倒したゾンビはもう跡形もない。小さな魔石が出たらしい。
「うーん。僕は割と平気かなぁ。臭いがきつい薬草とかあるし」
「私も今のところは問題ない。子供の頃ゴミ捨て場漁ったりしてたからな」
マジかぁ。俺だって馬小屋で生活してたし、汚物処理もしていた。悪臭には強いと思ってたんだけどなぁ。
「戻ろうか?」
コクシンが聞いてくるのに、俺は首を横に振った。まだ俺にはマスクがある。これを試してみようじゃないか。




