【05】ある優しき殺人者の記録
この『ある優しき殺人者の記録』は、韓国が舞台といっても、メガホンを取るのは日本を代表するホラー監督の白石晃士氏である。
なので、韓流的な物語のノリが苦手な人でも充分に楽しめる。
白石監督といえば『貞子VS枷椰子』が有名かもしれないが、POV形式(一人称視点)のフェイクドキュメンタリーの名手である。
本作品もこのPOV形式の映画で、80分ワンカット風(あくまで風であり、実際は違う)の映画だ。
あらすじは以下の通り。
ジャーナリストのソヨンの元に、十八名を殺害し障害者施設を脱走した幼馴染みのサンジュンから、独占取材をしないかと申し入れがあった。
その際に、サンジュンは三つの条件を提示する。
ひとつは誰にも言わないで、カメラマンとふたりで来る事。
ふたつめはカメラマンは日本人である事。
みっつめは最初から終わりまで決してカメラを止めない事。
ソヨンはこの条件をのみ、知り合いの日本人カメラマンの田代正嗣と一緒に、待ち合わせ場所の廃墟、グンリーマンションへと向かった。
そこでサンジュンの口から思わぬ話を聞かされる。
それはサンジュンの妄想なのか? それとも……。
やがて事態は思わぬ方向へと転じ始める。
これは、その一部始終を記録した映像である。
この映画をひと言で表すなら「汚ない**********(ネタバレになるかもなので名前は伏せるがアニメファンなら誰でも知ってる大ヒットアニメ)」である。
実際、この頃の白石監督は****が大のお気に入りだったようだ。その影響は他の作品にも見られ、コメンタリーなどでこのアニメについて言及している。
この映画の魅力は何といっても、80分ワンカット風で尚且つ、殆ど物語が、ひと部屋のみで展開するにも関わらず、壮大なスケール感がある事だ。
フェイクドキュメンタリーなのにスケール感?
と、首を傾げる人もいるだろう。フェイクドキュメンタリーは「現実の映像」という体裁をとっているので、「現実に起こりそうな事以上は作中では起こらない」と思われがちだ。
しかし、ファンなら周知の事であろうが白石監督はこの「現実に起こりそうな事以上は作中では起こらない」という壁を易々と飛び越えてくる。
本作でも、相当とんでもない事が起こってしまう。多分、大抵の人は爆笑するか目が点になるかのどちらかだろう。
そして、目ざとい方は気づいたかもしれないが、カメラマンの田代正嗣は同じく白石監督のオリジナルビデオ作品の『コワすぎ!』シリーズに登場するキャラクターと同一人物である(監督本人が演じている)。
こうしたちょっとした遊びも心憎い(そもそも、このキャラの名前が……)
筆者は白石監督の作品と出会うまではフェイクドキュメンタリーが嫌いだった。
何故ならフェイクドキュメンタリーは製作する上で「現実的だけどつまらない方」と「現実的じゃないけど面白い方」のふたつの選択肢があったとしたら、必ず前者が選ばれるものと思い込んでいたからだ。
だいたい、つまらない普通のシーンや会話を延々と見せられて、ちゃちな着ぐるみやCGの幽霊がほんの数秒だけ画面に映って終わり。そんなイメージだった。
実際、『ブレアウイッチプロジェクト』以降、そうした作品が雨後の筍の如く世に出回っていたように思える。
まあ「現実の映像である」という体裁を取っているジャンルの特性上、仕方のない事なのかもしれない。
しかし筆者には、それが「つまらない事」への言い訳に感じられて、本当に苦手だった。
だったら、現実の映像などという体裁はいらないので、面白い映画を見せてくれと言いたくなる。
白石監督の作品は、そういった言い訳がいっさい感じられない。
現実的だろうが現実的じゃなかろうが必ず面白い事が起こるのだ。
是非、他の作品も見てほしいが、暴力描写にはこだわりのある監督なので、そういうのが苦手な人は若干注意が必要だ。作品によってはけっこう容赦ない。
最後に、この映画のラストはとても美しい。信じられないかもしれないが、本当に綺麗な終わり方である。
個人的には、舞台となったグンリーマンションの屋上から見渡せる町並みが「汚くて綺麗」などというポップスの歌詞にでもありそうなフレーズがぴたりと当てはまり、とても胸をうたれた。
正直、もっと評価されてもいい映画だと思う。