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Chapter 24 狂気


1



 視界の片隅に配置したウィンドウ。そこに表示された施設マップ。赤い光点を目指し小走りで急ぐ。


 自分の中に湧き上がるどうでも良い不安。愛にどんな顔をして逢い、何を話せば良いのか。


 だが、それは直ぐに彼女に逢えることそのものへの喜びへと変わり、また直ぐに不安へと変わる。


 やらなければならない事のハードルは高い。以前のままの愛なら、自分に説得など出来ようはずがない。彼女は自身に対して頑固なまでに正直で真っすぐだ。


 説得できないなら、強制的に。けど、ボタンの位置が悪すぎる。彼女に怪しまれずに後頭部を触るなど出来るのか。


 本来ならそっちを真剣に考えるべきだ。なのに、冷静を保とうとする思考とは裏腹に感情が不安定に揺らぎ続ける。


 そして気づけばまた解決すべき問題よりも、愛との再会をいかにスムーズするか、そっちに思考が働く。


 千葉にだけは他言無用としたうえで発電衛星のリスクを話した。葛城智也からの連絡があった事も。そして『施設最下層へ向かえ』と指示した。


「お前、葛城の親父から何か重要な事を頼まれたんじゃねぇのか? 俺にも何か手伝わせてくれよ」


 と予想通りの答えが返ってきたが、自分が躊躇いながら愛の名前を出すと、彼は不服そうな顔をしながらも、理解してくれた。


 マップの誘導に従い、人々が座り込む広いメインロビーを横切る。そして細い廊下に入った。どう見ても、来客者ようの通路では無い。通路が途絶えた先に見えたエレベーターと思われる扉。


 それをエレベーターだと断言できないのは、デザインこそエレベーター扉そのものだが、そこに当然あるはずの、押しボタンが無い。


 マップの誘導が正しい事を確認し、扉の前に立つ。その瞬間、視界にセキュリティーコードを求めるウィンドウが開いた。


――コードって言ってもな……


 どうすればいいのか。


 途方に暮れる刹那、コード記入欄が勝手に埋められる。開かれる扉。ウィンドウは自分の端末を経由して開かれた物だ。それがあまりにあっさりと操作された事実に今更ながら微妙な気分になってしまう。


 扉の向こうに広がる異様に狭い部屋。やはりエレベーターのようだ。


 足を進めようとした瞬間、背後から自分に向かって猛烈な勢いで迫る足音に気づく。その足音に言いようの無い悪寒を感じて、彰人は反射的に振り返りつつ身体をそらした。


 次の瞬間、視界の隅を走り抜ける電光。それが寸でのところで自分を横切り壁に当たる。響き渡る衝撃音。


 壁に突き立てられた棒状の『何か』が激しくスパークしている。記憶から引きずり出される悍ましい放電音。


 彰人は唯でさえ大きく開いた目をさらに見開いた。


――まさか!?


 忘れたくとも忘れようがない警棒型のスタンガン。激しい電光を放つそれを握る人物と目が合う。


 血走った眼。それが不気味な笑みを湛えてえた。


――須郷!?


 その瞳に背筋が凍るような感覚を覚え、本能的に距離をとる。


「やっぱりそうだ。間違いねぇ。やっと見つけた…… お前らがこの施設に居ると思った! 女はどうした!? あ?」


 狂気に満ちた須郷の瞳が歓喜を映して見開かれる。そして場違いな笑い声を上げた。


 が、その笑い声は唐突に途絶える。一歩踏み出した須郷。溜まらず一歩後退する。


――何故!? 


 瞬間的に頭を占領する疑問。


 須郷が何故ここに居るのか。この施設は脳にインプラント措置を受け、専用デバイスを持つ者しか入れないはずだ。そして何より須郷は愛によって脊椎を砕かれ二度と歩けない身体の筈なのだ。だが、目の前の須郷は間違いなく歩いている。


 須郷がさらに一歩負出す。


 こんな奴に構っている暇は無い。


 けど、咄嗟に距離をとった方向がまずかった。エレベーターは須郷を挟んで対角側だ。しかも一度は開いた扉がまた閉じてしまっている。


 猛然と自分目がけ走り出した須郷。悍ましい電光を放つ警棒が振り上げられる。それが振り下ろされる刹那、警棒の軌道から身体をそらしつつ、がら空きになった腹部目がけて渾身の拳を放つ。須郷の腹に食い込む拳。間違いなくクリーンヒットだ。普通の人間なら暫く動けない。


 が、腹部に食い込んだ拳に強烈な違和感が返ってくる。まるで皮膚の下に鉄板でもあるかの如き衝撃。右拳から肩に掛けて走り抜ける激痛。


――なっ!?


 空を切り、床に叩きつけられたスタンガン。その隙に痺れた右肩を逆の手で覆いつつ、意識してエレベーター側へと飛びのく。これで自分とエレベーターの間に隔てる者はいない。


 だが閉じてしまったエレベーターの扉を開くためには、再度認証をする必要があるだろう。その間、須郷が傍観してくれるとは到底思えない。


 不気味に身体を揺らめかせながら上体を起こした須郷。だらりと垂らされるスタンガン。 


――何だったんださっきのは!?

「お前が悪いんだ。こんな身体にしやがって……」

 その答えを示すかのように、低く掠れた声が須郷がら漏れた。


――こんな身体?


 僅かな違和感も見逃すまいと須郷に意識を集中する。


 一歩踏み出した須郷。意識を集中したことにより聞こえた僅かな駆動音。ヒューマノイドが歩くときに聞こえる独特の音。


 それが何を意味するのか


「こんな身体じゃ、やる事もできねぇ。お陰で彩香にも見放された。全部お前等のせいだ。ふざけやがって……」


 あまりに身勝手な言い分。


 須郷が再びスタンガンを構える。それに意識を集中する。


 あれを受けてしまってはアウトだ。一度でも接触してしまえば、暫く全身がしびれ動けなくなってしまう。


 須郷は恐らく腹部を含めた下半身を機械化している。自分の攻撃が通じるのは腹部より上しかない。あまりに不利な状況。


 ジリジリと後ずさりしながら、エレベーターの扉を背にして立つ。視界に再び開く認証ウィンドウ。


 扉が開く。須郷の目つきが変った。


 須郷が再び走り出す。須郷から目を離さないようにしつつ、開いた扉に身体を滑り込ませた。


――とにかく先へ


 扉を閉めるためのボタンを連打する。閉まり始める扉。だが、到底間に合わない。


「逃がさねぇよ! ぜってぇに」


 扉の隙間にねじ込まれる須郷の腕。スタンガンが握られたそれを捩じり上げる。


――落せ!


 だが、須郷の手からスタンガンは落ちない。次の瞬間、脇腹に感じた強い衝撃。それが須郷の膝によって齎された物だと気づく。


 しかも通常の膝蹴りの衝撃では無い。高強度セラミックの内骨格を持つ膝で蹴り上げられたのだ。


「カハッ!」


 自分の口から漏れる悲鳴。須郷の腕を不覚にも放してしまう。


 再び振り上げられるスタンガン。


――しまっ!


 この体制では避けることができない。無意識が防御のために左腕をあげる。けど、それは無意味な行為でしかない。当たってしまえばそれが左腕だろうと、身体だろうと結果は同じなのだ。


 限界まで引き伸ばされた体感時間の中で、振り上げられた須郷の腕が頂点へと達する。


 が、それが振り下ろされる刹那、閉まりかけたドアから飛び出した『誰かの手』が須郷の腕を掴んだ。


「そういうの、逆恨みって言うんすよ先輩…… マジ格好悪すぎじゃないっすか?」


 再び開かれる扉。


――千葉!?


 自分へと瞳を向け、僅かにニヤリと笑って見せた千葉。


「お前の後を付けるこいつを見た。嫌な予感がしてよ。付いてきてよかった」


 言いながら須郷の腕を背中側に捻り上げた千葉。須郷の表情が苦悶に歪む。閉まる扉。エレベーターが上昇し始めるのを感じる。


 未だに激しい放電音を撒き散らすスタンガン。だが、大きな恐怖を感じない。


 このような緊迫した状況下で自分に加勢してくれる人がいると言う事実が、これほどまでに心強いものなのか。


 笑みを浮かべた千葉の瞳が真剣なものへと変わる。


「この扉が、開いたらお前は先に行け」


 千葉の言葉に目を見開く。


「けどっ!」


 須郷の常喜を逸した目を見れば分かる。下手をすれば人一人を平気で殺しかねない。


「ぜってぇに許さねぇ! お前も、お前に味方する奴も…… みんなぶっ殺してやる!」


 それを証明するかのように須郷がわめき声を上げる。


「この状況だ。こいつは動けねぇ。動けたとしても一対一だ。負けやしねぇよ。それに仮になんかあっても、それで一つの選択肢を失うだけだ。切っ掛けって考えりゃいい」


 言いながら、自分に再び余裕を誇示するかのように笑みを見せた千葉。


 千葉の言う事は分かる。彼は『例え此処で傷ついたとしても、『死神からの招待状』を起動し、身体を放棄すればいい』と言っているのだ。そうしなければならない事態に陥っても、それは『切っ掛け』に過ぎないと。


 けど、そんな簡単な事じゃない。そして何より、そんな重要な決断を自分が巻き込んだがために、させたくは無い。


「そんな事――」


 千葉は自分の言葉を遮り、続けた。


「――けど、お前は違げぇ。お前にはまだこっちでやらなきゃなんねぇ事があんだろ? それを何より優先しろ!」


 エレベーターの扉が開く。渦巻く葛藤。だが、千葉がそれを吹き飛ばすかの如く叫んだ。


「行け! 今度こそ!」


 千葉の強い意志のこもった瞳。


「すまない」


 そう呟き、扉らか飛び出す。


「ふざけやがって! どいつも、こいつも!」


 須郷の怒鳴り声が後ろから聞こえる。続いて衝撃音。その音に思わず足を止める。が、


「振り返るな! 行け!」


 と、空かさず千葉の声が聞こえた。


「離せ! この野郎!」


 須郷の怒鳴り声。彰人は瞳を閉じた。


――有難う千葉


 そして瞳を開けると、全速力で走り出した。


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