Chapter 25 再会
1
須郷に一生涯の保証を約束したビックサイエンス。彼はそれによって体の自由を取り戻したのだろう。
だとすれば、機械部を制御するために脳にインプラント措置を受けたはずだ。恐らくそれが須郷がこの施設に入る事が出来た理由だ。
異常なまでの復讐への執着。人としての感情の何かが欠落した須郷の目。
――千葉……
そこまで考えて、彰人は首を大きく横に振った。
自分は先に進まなければならない。でなければ千葉の好意を無駄にしてしまう。
開く自動ドア。床一面に描かれた幾何学的な信号伝達ラインを、眩いばかりの光が流れていく。そこに整然と並ぶ何か。
――ダイブルーム?
いや、何かが違う。
整然と起立する円筒形のカプセル。液体に満たされたその中に浮かぶ人型の影。だがそれは一部が明らかに欠損している。無意識に、それが何であるかを確認するべく目を細める。
途端に背筋を駆け上がった冷たい感覚。
欠落した下半身。そこに垂れ下がる内臓が液体の対流によって揺れている。顔部から頭部にかけては数億本の電極でも打ち込まれたかの如き小さな穴が、眼球の位置すら無視して開いているのだ。
時折痙攣を見せる指先が、このような状態にあって尚それが生きている事を知らせる。
その悍ましさに思わず一歩後ずさりした。そして襲われたた強烈な吐き気に口元を覆う。
――な、何だこれ!?
「抜け殻だよ」
自分の心を読んだかの如く背後から唐突に聞こえた声。思わずその場から飛びのき、身構える。
そこにはいつの間にか白衣姿の男が立っていた。
「そんな顔をしないでくれ。と言ってもこれを一般人が見れば無理もないか……」
メガネの奥に覗く切れの長い瞳。知的な印象を放つ端正な顔立ちは、整いすぎていて逆に好印象を抱けない。
尚も警戒する自分の様子に彼は溜息をつき、続けた。
「安心していい。僕は真面だ。それに君の敵じゃない。霧崎 彰人くんだね? 話は葛城代表から聞いているよ」
相手から出た『葛城代表』と言うキーワードに僅かに安堵する。恐らく彼は信用できる。
――けど
こんな異常な物を見た後では、全てを受け入れるのは難しい。
彼は自分から目をそらし、円筒状のカプセルを見つめた。
「彼等には感謝している。今の仕事は彼等の協力無しには実現しえない」
「これは何なんです……?」
自分から漏れた驚くほど低く掠れた声。
「歩きながら話そう。君の目的はここではないだろう?」
彼の言葉に瞬間的に忘れかけていた目的を思い出す。
「――フロンティアへと渡った者の内、実験体登録、もしくは臓器移植ネットワークへの登録がある者の身体をこうして保存している。
従って、これは彼等自身の意思に基づき、正式な手続きを踏んだ上に行われた処置だ。
もっとも保険適応が取り消されてから、被験者の善意よるドナー登録や、公益のための実験体登録よりも、弊社が被験者の身体を買い取る形で、実験体登録を行う例が急激に増えたのは事実だ。
まぁ、それでも彼等の意志であることには変わりない」
彼の言葉に安堵を覚える。これは非合法で非人道的な実験等では決してない。とは言え、自分にはこの光景は余りに刺激が強すぎる。視線を落とし、なるべく筒の中を見ないように努め、歩く。
彼は自分の心情などまるで気付いていないかのように続けた。
「――先も言った通り僕の仕事には彼等の協力が必要でね。故に僕の仕事場はこの隣のフロアーにあるんだ。君の目的もね」
自動ドアを抜け奥のフロアーへ移動する。そこに在ったのは先のフロアーの物とよく似たデザインのカプセル。それが部屋の中央に一機だけ存在していた。
床の信号伝達ラインを流れる光がそのカプセルを包み込む。
「第五世代とでも呼ぶべきか。いや、コンセプトと言うか目的が現行機とそもそも違うから、別シリーズかな」
切れの長い瞳が愛おしい何かを見るように細められる。その視線を追って円筒形のカプセルを見た彰人は目を見開いた。
――愛!?
しかもそれはヒューマノイドの外観を持つ愛では無い。拡張現実の中にのみ存在していた愛本来の姿。それが今、カプセルに満たされた液体に長い黒髪を揺らめかせ、目の前に実体を得て存在しているのだ。
薄布一枚纏わぬ身体。美しく人間らしい曲線美で構成されたそれに思わず見とれてしまう。再開を夢見た懐かしい顔。
自分の中に広がる暖かい何か。思考能力が奪われる感覚。
が、一瞬遅れて自分が見ている物の重大さに気づき、慌てて視線をカプセルから外す。途端に血が沸騰したかの如く頭に駆け上がるのを感じた。その感覚に溜まらず顔を覆う。これはこれで刺激が強すぎる。なにより愛に何と言い訳すればよいのか。
彼は自分の反応がまるで滑稽だとでも言うように、喉を鳴らした。
「これは彼女自身の協力の元に作り上げたものだよ。容姿が本来の姿に近いのは、協力してくれている彼女へのささやかなお礼だ。完成したあかつきには彼女へと譲るつもりだった。
彼女の存在は君にとって特別なものだろう。けど、それは僕にとっても同じだ。そしてあの事件はある意味で君以上に僕を失意に陥れた」
彼のその言葉に思わず自分の顔が強張るのが解かる。自分の表情を見た彼は僅かに口元に笑みを浮かべた。
「安心していい。君と僕とでは『特別』の意味が違う。
けど、彼女の存在が僕の人生を変えたのは事実だ。僕は彼女の存在によって本来やりたかった仕事を思い出した。
ヒューマノイド開発を行って来た事に後悔はしていないし、第四世代の完成度は彼女の存在によって飛躍的に向上した。満足している。
けど、僕が本来作りたかったのは『器』だ。彼女を初めとするフロンティアの人々が現実世界へと帰ってくるための魂の器。
通常のヒューマノイドでは駄目だと言うことを僕はあの事件で悟ったよ。可動部のモーターの出力の問題ではない。電気駆動する装置そのもの限界だと悟った。
彼等が再び人としてこの世界に帰ってくるためには『人』以上でも以下でも駄目なんだ。でなければ、あのような事故が再び起きてしまう。そしてそれが起きた時の人々の感情が彼等に味方しない。
だから、現在の技術で許す限り、生体由来に拘った。特に駆動系はね。生きた筋肉によって動く身体。その上を覆う皮膚も人と同じだ。もっともその下の骨格は現行とほぼ一緒だが。
今の技術ではどうしても生体化できない部分もある。課題も多い。運動性能は以前の型にすら劣る。本来、彼女の年代の肉体が持つスペックには遠く及ばない。だが、いずれは……」
彼はそこで言葉を止め、決意するように瞳を閉じた。
彼は恐らく信じているのだ。フロンティアが月に移転しようとも、思いが通じる日が来ると。その日のために研究を続けている。
愛がこの身体を得て、再び現実世界で暮らせる日が来たなら、今度こそ彼女の願いを叶えたい。愛の見たかった現実世界の景色を見せてあげたい。
けど、そのためには、愛には何としてもTsukuyomiに渡ってもらう必要がある。
敵が発電衛星を兵器利用する可能性は低いのかもしれない。けど可能性がある以上、愛の安全は絶対に確保する。
「あの、愛が起動する前に意識をTsukuyomiに転送することは可能ですか?」
それが一番確実な方法だ。
彼が瞳を開く。そして自身の回りに多量にウィンドウを展開した。
「事実上、不可能だ。すでに彼女の魂はこの身体へと移りつつある。強制的に止める事は可能だろう。けど、大きなリスクを伴う」
「そうですか……」
やはり愛を説得するしかない。
ウィンドウを眺めていた彼は何かに気づいたかのように片眉を僅かにあげた。
「さて、私はそろそろ行くよ。本来なら彼女の起動を見届けたいが、どうやら無理らしい。まぁ、何度も起動試験は行っているし問題はないだろう。
僕は君が持ち込んだもう一つの厄介ごとを処理しなければならないようだ」
「俺が持ち込んだ厄介ごと?」
彼はチラリとこちらに瞳を向けると、ウィンドウを自分からも見える位置に移動した。そこに映し出される須郷と千葉。
千葉に抑えつけられていたはずの須郷が、スタンガンを振り回している。
「な!?」
声を上げるのと同時にとっさに引き返そうと身体が動く。が、彼に肩を掴まれた。
「僕が行くと言っただろう。彼にはお仕置きが必要だ。あのような者に僕が生み出した技術の一部が使われている。仕方が無いこととは言え、感情的に耐え難い。
君は彼女と話し、自分の役目を決定したまえ。彼女は間もなく目覚める。葛城代表の言葉を実行するだけが、君の役目では無い」
「どういう意味ですか?」
自分の役目は愛を説得し、いや、出来なくてもTsukuyomiへと転送することだ。それ以外に何があると言うのか。
「彼女には彼女の意思があると言うことだよ」
彼は踵を返すように部屋の出口へ向かって歩き始めた。
「あ、それと彼女の衣服はカプセルの後ろだ。排出後の彼女に身体の自由が戻るまで数分かかる。君が着替えを手伝ってあげたまえ」
2
「あいつ絶対、性格悪いよ。最後笑ってたし」
思わず出た独り言。そして深いため息。
カプセルを背に座り込んだ自分の膝に置かれた愛の衣服。これを一体どうすればいいのか。さっきから幾度となく繰り返し自問しているが答えは一向に見つからない。
あの男が言った通り、カプセルの裏にあったそれを仕方なく抱きかかえた。その後、意味も無くカプセルの回りをグルグルと回ったあげく、ここに座り込んだのだ。
彼が出ていくのと同時に自分の視界に開いた大量のウィンドウ。すさまじい速度で流れていく理解不能なコードの羅列。恐らく愛の起動シークエンスのログであろう。
この中で自分にとって重要な情報は、刻々と数値を減らす残り時間と、何かあった場合に先の男に連絡を取るためのアイコンだけだ。
幸か不幸か頭に焼き付いてしまった映像がフラッシュバックするたびに、頭から湯気が上がりそうな感覚に襲われる。そして、その光景が自分の背中側に今も広がる事実。全くもって落ち着かない。
他の事を考えようと必死で試みるも、考えるべきは、『愛へいかにして衣服を渡すか』である事を思い出し、再び頭が沸騰する。
彰人は大げさに首を横に振った。そしてまた溜息。
――いっその事、ここに服を置いて一度部屋から出るか?
けど、もし起動中の愛に何かあったらどうするのか。それに排出後の愛はしばらく身体の自由がきかないらしい。やはり自分がここを離れる訳にはいかない。
つまるところ、自分はここにこうして座っているしかできないのだ。幾度となく出た結論。
――あいつ、また責任とれとか言うんだろうな
愛が自分の家に居候していた時の記憶が蘇る。
もし、『責任とる』って答えたら許してもらえるのだろうか。
それにより始まる以前のように愛がいる生活。けど、『責任を取る』と言う事は以前よりも深い関係になると言う事だ。考えた途端にフラッシュバックする愛の白く艶やかな身体。脳が溶けるかのような感覚が包む。
――て、何考えてるんだ! 俺!
自分があり得ない事を考えている事実に思わず頭を抱える。再び顔が熱くなる。それもこれも全てはたった一度、見てはいけない物を見てしまったせいだ。
唐突に響いたアラート音。
「オワッ!」
彰人は溜まらず悲鳴を上げた。見ればいつの間にかウィンドウのカウントがゼロになっている。大量の液体が排出される音。
「うわっ! ちょっと待った!」




