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Chapter 18 それぞれの思い

1


「でね、そしたら彼、なんて言ったと思う? 本当に失礼しちゃうんだから」

「椿、そのしゃべり方はやめろと何度も言っているはずだ」

「パパは、昔からうるさいの! そんなんだから彰人とうまく行かないんだよ?」


 その言葉に父が飲んでいた紅茶を吹き出し咽る。母は、そんな父が面白くてたまらないと言うように笑った。


 勝ち誇ったようにウィンクして見せる姉。


「こぉら、椿、パパに謝りなさい」

「ですよねー、御免なさい」


 母にも怒られ、流石に誤る姉。だが、顔を上げると舌をベーと出した。


「あーもう、何処まで話したか忘れちゃったじゃん。パパのせいだよ? 彰人からも何か言ってやってよ」


 姉の言葉に思わず父と目を合わせてしまう。瞬間的に感じる気まずさ。だが、なんとなくお互いに笑ってしまった。


 愛の父親より選択を突きつけられてから二週間。その間にフロンティアに超深度ダイブを行うのは、これで4回目だ。


 無論、愛には会えていない。


 殆どの時間を家族と過ごす。けして安くはないダイブ費用を父は当然のように負担していた。


 まるで、失った時間を取り戻すかのように縮みはじめる家族の距離。父との間に出来た高い壁は、ほんの僅かだが低くなった気がする。


 もしあの時、母と姉がこのフロンティアに旅立ったあの日、自分に全てを受け入れ、前を向いて歩いていく強さがあったなら、この瞬間は日常だったはずだ。


 けど、あまりに気づくのが遅すぎた。生体脳電子化技術の使用禁止が決定するまで後、二週間ほどしかない。


 期限付きの家族の団欒。失うと分かって初めてその大事さに気づく。


――俺は果てしなくバカだ。


 姉はフロンティアと現実世界の間にこれから起きようとしている事を、知っていると感じる。姉が必要以上に明るく振る舞うのはそのせいかもしれない。


 母と父はどうなのだろうか? 


 父とはまだそんな話が出来る状況ではない。


 終始笑顔を絶やさない母は、心から楽しんでいるのだろう。母は家族が集まる事をいつも、ことさら心待ちにしていた。


 自分はそんな母の思いを、長い間ないがしろにしてきたのだ。何年もの間、解像度の低い携帯端末を使ってのダイブしか、してこなかったのだから。


 それも事務的にダイブし、そこに居るだけだった。自分にとっては月に一度の義務でしかなかったのだ。この一年に至ってはそれすらしていない。


 そんな自分が、この瞬間を楽しむ母に『フロンティアと現実世界の未来』の事など訊けるはずがない。


 父と母は自分なんかよりも遥かに以前からフロンティアと現実世界に向き合って来たはずだ。互いの世界に大切な肉親を持つ大人として。


 だから、父と母からこの話が出るまでは、自分には何も言うことが許されないような気がする。長い間、現実から目を背け続けてきた自分には。


2



 「少し散歩して来る」と言いのこし、母と共に湖の方へと歩いて行った父。


 それから小一時間が既に経過している。


 風が木々の葉を揺らす音。数多くの鳥のさえずり。遠くに広がる湖は、青い空を写してキラキラと輝く。ここが仮想世界であることを忘れてしまいそうだ。


 肉体を捨て、ここの住人になれば、そのリアリティーはさらに増すはずだ。


「ここでの、暮らしってどうなの?」


 不意に自分の口から出た言葉。


 その瞬間、顔を強張らせた姉。その表情に自分も驚いてしまう。だが、その理由に直ぐに気付いた。


 姉は以前言っていた『もし貴方が本気だと言うのなら、貴方は決断しなければならなくなる。そして、その決断は引き返すことのできないもの』と。


 きっと姉は愛の父親とほぼ同様の内容の選択を自分に迫ろうとしたのだろう。


 そんな状況で、自分がフロンティアの暮らしについて聞けば、強張るのも当然だ。


「悪くない。いいえ、むしろとても良いところって言うべきなのかもしれない。移動は一瞬だし、食べても太る心配もない。外見の年齢は自由だし。病気も無い。怪我はあるけど、大怪我は無い。その気になれば空だって飛べる。


 一言で言うなら、人に都合のいいように作られた世界。フロンティアって言うだけの事はある」


「……そう……」


 呟きながら、再び湖を眺める。


「けどね…… もちろんそれだけじゃない。貴方には言っておくべきだと思うから話すね。この手の話を現実世界の人に話す人は少ないんだけど。分かってもらいづらいから。


 この世界は確かに便利だけど、生きているのかどうか解らなくなる時もある。


 現実世界では有りえない便利さに触れるたびに、思い出させられる。この世界にある全ては実体の無いデーターにしか過ぎなくて、自分もその例外じゃないんだって。


 私達は『生命』では無い。それでも『命』ではあると学校では教わるけど。


 胸に手を当てれば、確かに鼓動を感じる。お腹も空くし、喉も乾く。でもこの鼓動は単なる疑似再現にすぎないし、飲まず食わずでも死ぬことはない。


 この世界での全ての行動は快楽に過ぎなくて、生命活動に一切の影響を及ぼさない。何をしても自分が実体の無いデーターである事を実感してしまうの。


 昨日、食べ終わったはずの料理が、材料の著作権料さえ払えば何度でも呼び出せるのと同じように、技術的には『あの日の自分』がいつでも呼び出せてしまうのよ。


 最初の頃は寝るのも怖かった。『今日の自分』と『明日の自分』が同じである保証が無い。とにかく、意識が僅かでも途絶えるのが怖かった。


 そして考えるようになった。『現実世界に居た私』と『この世界にいる私』は本当は違うんじゃないかって。本当の自分はあの日、死んでしまったんじゃいかって。


 得体のしれない恐怖に取付かれた。


 この世界の人は、自分がデーターに過ぎない事実に悩み、『自分がコピーである可能性』に怯えながら過ごしてる。


 多分、貴方がこっちの世界に来たら私以上に苦しむ。現実世界で生きた記憶が長ければ長いほど、こっちの世界では苦しむの。


 逆に乳児期にフロンティアに来た人にとっては、この世界が全てだから何も疑問に思う事は無いみたいだけど」


「やっぱり色々あるよな。そりゃそうか……」


 視線を湖に向けたまま、そう答え、溜息をつく。


「貴方…… どうするつもりなの?」


 姉の言葉に一瞬身体がこわばる。


「解からない……」

「こっちに来ちゃいなよ。現実世界側で報道されてるニュースを見た…… 貴方も辛いでしょう…… ごめんね。私たちのせいで」


 そう呟いた姉の声は僅かに震えていた。

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