レアナ・グラナディフォン侯爵令嬢 その2
レアナの父ブルニュストは、侯爵家お抱えの医師を連れて彼女の部屋に入る。
ガルシア・バロンは美しい女医。以前は王宮勤めだったらしいが、今は何故かこの家の医師になっていた。
「まあお嬢様、ずいぶん顔色が良いですわね。この分なら、もう少しで歩けるようになりますわよ」
黒縁眼鏡をかけ、黒髪をシヨニンにした白衣の20代くらいに見える彼女は、いつもこの言葉を繰り返して来た。
白衣を着ているから目立たないが、インナーは胸元の開いた赤い襟レースのブラウスと膝丈の黒タイトスカートに目がいく。
座らなければ長い白衣に隠れて、それらは見えない。
息が苦しいくらい体調が悪くなっても、煎じた薬を飲めば状態は次第に良くなる。
その都度ガルシアは目を見張り「あらっ、素敵ですね。素晴らしい」と、薬を変えて行くのだ。
「もっと良くなるようにですわ。体調が一時的に悪くなるのは、良くなる前の好転反応なのです」
妖しく微笑むガルシアに従うものの、一向に良くなることはなかった。悪い状態とすごく悪い状態の繰り返しで。
「貴女は……お母様のアヴィラ様と違うようですね。ふふっ」
不意にアヴィラの名が出て、レアナは引っ掛かりを覚える。母が生きている時の主治医は、ガルシアではなかったからだ。
可笑しいと気付いた時は既に遅かった。
彼女が著しく体調を崩したのは、リンディが5歳になった時からだ。
この時代、幼い子供は風邪一つで亡くなることも多い。それでも体力がつく5歳を過ぎれば、まずは一安心とされた。
レアナは幼い時から虚弱だったが、8歳くらいからフラツクことが増えた。そして徐々に起き上がれない日が増えたのだ。
既に家は父ブルニュストと継母マーガレットに掌握され、レアナの味方はメイドのジャスミンだけだった。
ジャスミンは平民のメイドだった。
侯爵令嬢のお付きが平民なんて、普通はあり得ない。
不都合があれば処分できるように、平民を雇っていたのだろう。
レアナが体調を崩しながらも、継承権が本来の血筋に戻る18歳間近になった。
ブルニュストはグラナディフォン侯爵家の親戚筋ではあるが、本流はあくまでもレアナだ。
彼女が生きている以上死んでいなければ、成人となる18歳で第一継承権はレアナに渡る。その前にブルニュストは、レアナに死んで欲しいと考えていた。
既にジャスミン以外は敵だと考えているレアナは、彼女に手紙を託した。祖父であるアヴィラの父、先々代侯爵宛に。
「お願い、ジャスミン。私の最後のお願いを聞いてくれる?」
「勿論です、お嬢様。お任せ下さい」
レアナが寝付くようになり、貴族の侍女が外されてからは、ジャスミンだけがずっと一緒だった。
平民としての給金は良いが休みがない。何せ常に一人なのだから。
恐らくは彼女が不在時に体調が悪化した場合、「職務放棄で死んだ」と、責任でも取らせるつもりだったのだろう。
けれど真面目な彼女は、いつもレアナの傍らにいた。滋養強壮になったり解毒作用のある草を煎じ、内緒で飲ませてくれていた。
彼女は流行り病で両親を亡くし、幼い弟を育てる為に13歳からレアナのメイドになった。彼は今、親戚の家で世話になっていると言う。
彼女は弟の為に頑張っていたのだ。
けれど…………。
ジャスミンは手紙を出しに外出した際、侯爵家の使用人に跡を付けられていた。
そして手紙を出す前に行方不明になったと、マーガレットから聞いたのだ。
「どうして手紙のことを……まさか!」
「何よ、睨まないでよ。せっかくなら、絶望に染まる顔を見せてよ。もうあんたは終わりなんだから」
久々に部屋に来たかと思えば、イヤらしい顔でレアナを見下ろす彼女。
もう取り繕うのも止めたようだ。
幼い時は本当の母だと信じていた女は、死にそうな継子を見て笑っていた。
憎しみと悔しさと、強い悲しみがレアナを襲う。
(きっとジャスミンは生きていない……。ごめんなさい。私が素直に死んでいれば、まだ生きていられたのに)
何もかも奪われた彼女は死を覚悟していた。
恐らく食事か飲み物に、強い毒を仕込むのだろう。
餓死は悪目立ちするから2、3日のうちに、行動に移されるはずだ。




