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僕たちの宿題  作者: 祓川雄次


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8/8

 二〇二八年一月一〇日。

「キヨ、久しぶりだな」

 スーツ姿の吉岡が、駅の階段を降りて歩いている松本へと声をかけてきた。同じくスーツ姿の松本は振り返った。

「ヨシ君じゃないかよ、久しぶり」

 軽く手を上げて松本は近づき、友人を迎えた。高校時代は良く地元の駅で会うこともあったが、今は中々会うことがなかった。

「キヨは今、何をしているの」

「俺は今、大学のバスケットボール部で活躍しているよ。このままプロになれるかはわからないけど、ぎりぎり行けそうな気がするよ」

「そうなんだ、何だか凄いな」

「まあ、実際にはわからないけれどな」

 友人に褒めてもらえて松本は嬉しかった。

「ヨシ君はどうしてるんだい」

 逆に気になって松本が聞く。

「僕は最近は勉強ばっかりかな。

 たまに写真を撮ったりする趣味はあるけど、もっぱら勉強だ」

 松本とは異なり、少しうんざりするような表情を見せて吉岡は答えた。

「あれ、東大だったっけ」

 松本が思い出すように言った。

「そう、法学部だよ」

「小学校の時に言っていたように、奨学金で行っているの」

「そうだよ。思って、願って、行動をすれば夢は叶う」

 吉岡の言葉には力がこもっていた。

「確かにそんな事を言っていたなぁ、懐かしいな」

 松本は再び昔を思い出した。

「はは、ある意味子供の感覚だったんだろうけど、そんな事があったな」

 同じようなスーツ姿の人たちが、同じ方向へと歩いていく。そんな中、二人はまだまだ話しながら歩いていた。

「ヨシ君が子供の感覚だったなんて思ったこともなかったよ。特にあの自由研究の時だったかな。

 もしもあの時の事がなかったら、俺なんかバスケットもやっていなかったかもしれないし、それどころか何も夢を持っていなかったかもしれない」

 松本は過去を振り返った。

「そんな事ないだろう。みんな経験をしていく中で、色々な物を見て、何かやりたいものを見つけているはずだろう」

「それができない人間は、何も見る事をしていないからってか」

「そうそう」

 そんな話をしているうちに、二十歳の集い(成人式)の会場へと近づいてきた。

まだ開演まで時間が早いこともあるのだろうが、あちこちに人だかりができていた。久しぶりに会った友人たちが、会場へ入らずに、あちこちで話に華を咲かせていた。

「清隆」

 会場のそばに止まった一台の車から、着物を着た女が降りて、松本たちに近づいてきた。髪型も化粧もしっかりとしている姿はいかにもこのような式に出るという感じであった。

「何だよ、車できたのかよ」

 松本はその女を認識して言葉を返した。

「当たり前でしょう。着付けとかで朝四時起きだったんだから、式が始まっていないのに、もうクタクタ」

 女はそう言うと松本の横にいる吉岡を見て

「あれ、ヨシ君。久しぶり」

 と親しそうに声をかけた。知らない女と思いながらも吉岡は何となく面影を辿った。そして一つの答えにたどり着いた。

「もしかして広田か」

「気付かなかったの」

 広田は笑って答えた。

「いや、何となくはわかったけれども、随分変わったな」

「そうだろう、化粧して着物を着ると随分違うだろう。孫にも衣装とは良く言ったもんだ」

 広田が言う前に、松本が悪態をつくようにして言った。その松本に、ベーと舌を出して広田は返した。

「素直にかわいいって言いなさいよ」

「はいはい」

 適当にかわそうとすると、広田は着物であまり広がらない足で、軽く松本のすねを蹴った。松本はその足を手で押さえた。それほどではないが、ちょっとは痛かったようだ。

「自分の彼女に対して適当過ぎるでしょう」

 その言葉を聞いて、吉岡は目を丸くして驚いた。

「あれヨシ君知らなかったの、私たちが付き合っているの」

 広田があっけらかんと言う。更に吉岡は驚く。

「そっか、ヨシ君は知らなかったのか」

 松本も素っ気なく言う。

「聞いていないよ」

 吉岡は本当に知らず、驚きを隠せなかった。

「まぁ、中学時代はばれないようにしていたからな」

 そんな話をして、笑いながら会場へと三人は入っていった。

 成人式は松本たちに取って、それほど大した物とは感じられずに、ただ古い友人たちと会える場となっていた。

「そういえば、今日の同窓会に倉又先生も来るって聞いた」

 広田が松本と吉岡に尋ねた。

「いや、俺は聞いていないけど」

「そうなんだ、先生って幾つになったんだろう」

 二人とも知らないという返答であった。


「それでは、乾杯の挨拶と共に、倉又先生から一言いただきたいと思います」

 居酒屋の一室を貸しきった会場で、司会の伊丹が進行を勤めた。伊丹は、私立の中学に行った後、高校、大学を経て、今は吉岡と一緒の大学に通っていた。

 男は成人式に出たスーツのままであったが、女たちは窮屈だったからか着物を着替えてきていた。そんな中、倉又が立ち上がると歓喜の声が上がった。

「みんな、成人おめでとう。

 小学校以来だから八年振りになるのかな。あの頃は子供だと思ったけれども、みんな立派な大人の顔になったね」

 そう言われて元六年三組の生徒たちは嬉しがったり、照れたりと様々な反応を示した。

「今いるみんなは、僕がはじめて卒業させた生徒たちで、あの頃は他の先生に、生徒に甘いとか色々と言われて、大変でした。

 でも、君たちは、六年生の夏休みから変わって、色々なことをやってきたと思います。他の先生からは、六年三組は変わったと、褒められることもありました」

 倉又は、八年前に卒業させた生徒たちの、同窓会に参加した全ての人たちの顔を見渡した。思わずその顔が少しだけ崩れて、目頭が熱くなったのか、スーツの袖で目を覆った。

「先生、頑張れ」

 誰かが言った言葉に、みんながクスクスと笑った。相変わらず涙もろい倉又であると誰もが思った。

「ありがとう。

 あの時、君たちが言った【未来への宿題】は進んでいるでしょうか。

 今でも先生はあの言葉を胸に刻んでいます。そして君たちの後の教え子たちにも、同じように、未来に対してどのように考えるか、自分たちが大人になった時にやらなければならない宿題を作ってくださいと伝えています。

 何だか長くなってしまいましたね。

 改めて、みんなの未来に乾杯」

 倉又は高々と受け取った杯を掲げた。

「乾杯」

 元六年三組の声が貸し切りの会場にこだました。

「未来への宿題か、何だか懐かしいな」

 松本は吉岡を見て言った。吉岡は、一口ビールを飲んでから、小さく鼻先で笑った。

「まだまだ宿題は終わっていない。

 というよりも宿題を完成させるのは、ある意味これからかもしれない」

 その瞳には強い意志が見受けられた。

「そうだな。俺は文部科学省を目指している。将来の子供たちのために、昔の俺たちみたいに、自分たちの将来を考えることができる世の中を作りたいと思っている」

 伊丹がグラスを持って二人の間に入り込んできた。

「頼むぜ、学級委員長」

 吉岡が茶化すように言った。伊丹は吉岡の肩に手をかけて揺するようにして言った。

「お前こそ、国の未来の事を少しは考えているんだろうな」

「少しだけな」

 吉岡はそれだけを言うと再びグラスを口につけた。

「ねぇ、シズちゃん。あれから未来像は画けているの」

 医学部に進んだ八神が、広田に問いかけた。何となく昔が懐かしく思えてくる。 

 その場に居合わせた誰もが同じであろうが、あの夏が、小学校六年生の夏休みが、自分たちを大きく変えたことを理解していた。

「もちろん、バスケットボール選手の妻なのか、仕事をしているかわからないけどね」

「もしかしてまだ松本と付き合っているの」

「そう」

 そんな事を言いながら二人は笑いあった。そんな時に広田の携帯電話が鳴った。それは知らない番号であった。

「誰だろう」

 不審というよりも、もしかしたらこの場に来ていない誰かからの電話かもしれないと、携帯電話を耳に当てた。

「もしもし」

 聞こえてきたのは女の声であった。聞き覚えがある声ではない。ただ長年会ってなかった人であれば、現在の声などわかるはずがないとも思った。

「どちら様ですか」

 少し警戒をするような広田の声であった。

「シズちゃん、成人おめでとう」

「誰…」

 いきなり名前を言われて広田は戸惑った。せめて自分から名乗るべきだろう。そんな事が頭に浮かんだ。

「ごめん、ちょっと驚かそうと思って…。

原田亜美です。覚えている」

 懐かしい声であった。とはいっても子供の頃の声とはもう異なっていた。だからこそわからなかったのだろう。

「昔の番号と変わっていたらどうしようかと思ったよ」

 その声を聞きながら、小さく八神に、

「亜美ちゃんから」

 と広田は伝えた。二人の顔が大きく緩んだ。

「覚えているに決まってるじゃん。今どうしているの」

「うちの地元の成人式は昨日終わって、ちょっとこっちに出てきたんだ。

 何だか懐かしくなっちゃって」

 広田は素早く携帯電話をいじり、テレビ電話へと変更した。

「こっちに来ているんだ。ほら見て、今六年三組で同窓会をしているんだよ」

 カメラを四方へと回し、会場のみんなが映るようにした。

「そうなんだ、わぁ、懐かしい」

 原田は同じくテレビ電話にした画面を見て言った。

「これから行っちゃおうかな」

「そうだよおいでよ、場所はメールで送るから」

「わかったこれから行くね」

 その会話が終わると、電波は遮断された。

「誰から電話だったんだよ」

 気になった松本が広田の横へと来て、耳元で呟いた。広田は笑顔を返答とした。松本はそれを見て、何を読み取ったらよいのかわからないでいた。

「浮気するなよ、だって」

 八神が茶化した。それでもその意味は松本にはわからなかった。

 広田は立ち上がり、会場全部に聞こえる大きな声を出した。

「みんな聞いて、これから原田亜美ちゃんがここに来るって」

 それを聞いたみんなが大きな歓声を上げた。

「原田が来るのか、懐かしいな」

 座った広田に松本が言った。二人は顔を合わせるようにして笑った。

「ここが終わったら、最後に五人で飲もう」

 吉岡が小学六年生の夏を思い出すようにして提案した。

「いいね、久しぶりに九班全員で飲もう」

 八神が続くように言う。

「そう、これからの俺たちの宿題についてみんなで話し合うか」

 松本は、楽しそうに広田と吉岡の肩を抱いて言った。広田が空いている手で八神の肩を抱いて、四人が繋がった。ここにもう一人、繋ぎたい人がいる。

 自分たちの未来が変わった夏休みを、一緒に過ごした九班のメンバー。

 全員が成人式を迎え、楽しそうに飲んでいる中で、倉又はかつて生徒であった人々を、そしてその未来を、嬉しそうに眺めていた。


(完)


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