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十三

丁省 省都ソジュ


二人は馬を駆けた。出来る限りの時間を使って、ひたすらに前へと進んだ。宿場街を駆け抜け、ようやく辿り着いたソジュの門は夕暮れ時になり今まさに閉じようとしていた。駆け込むように中へと入り、何とか一息つけると宿を探した。


丁も朴同様龍人族が治める領地だった。(おう)一族は黄一族分家に当たり、街並みは黄色で溢れていたが、日が沈むとそれも見えなくなり、提灯の灯が全てを橙色に包んでいた。


ガラスや陶器の工芸に富んだ街ではあったが、それらを見てまわる余裕などなかった。明日も開門と同時に更に東へ向かわねばならない。


何より二人には休息が必要だった。ユーリックは不死身の為か、多少休めば回復するが、蚩尤はそうはいかない。皇都まであと少しだが、気を抜くわけにはいかなかった。

宿を取り、早々に寝台に伏せ眠りに着いた。


――


開門の鐘が蚩尤の目を覚まさせた。長い旅路で疲れが溜まっていたのか、眠りのおかげで軽くなった身を起こすと、ユーリックは既に用意を済ませて、窓から街を眺めていた。


ユーリックに朝日が当たり、窓から流れ込む風によって、髪は優雅に靡いていた。余裕あるユーリックの姿は、蚩尤の目に何よりも美しく映った。


ユーリックは、少ない時間を惜しむかの様に外の景色から目を離さずに蚩尤語りかけた。


「……身体は大丈夫ですか?」

「ああ、問題は無い。」

「無理をされている様だったので、起きるまで待ちました。」


信じると言ってからというもの、ユーリックの素の姿を見せる様になった。今までは、蚩尤を疑う様な眼差しが多く、信頼はなく警戒していることが多かった。


今は違う。蚩尤を信頼し、心にも余裕ができた様だった。堂々とした姿は、ユーリックが生きた年数を思わせた。蚩尤の方がより長く生きているが、彼女はそれに勝るとも劣らない様だった。


「何が見える?」

「朝日が昇る姿が、どの街も違って見えて素晴らしいです。日が昇る姿が美しいと思った事など彼方では無かったのに。」


自然と顔が綻び蚩尤に笑顔を向ける。此方に来たばかりの様に怯えるでもなく、ただ従順な姿な訳でもない女性らしい姿に蚩尤は心を揺さぶられた。

気の迷いだと、身を起こしユーリックに向き直る。


「凰省まであと少しだ。そろそろ出立した方が良い。」

「わかりました。」


その言葉でユーリックはまた、冷静な顔を取り戻し、従順な姿に蚩尤は安心した。


二人は宿を出る頃には、既に多くの人が門へと向かっていた。外門の外にある畑や農場へ向かう者、旅人、皇都へ向かう商人と様々だった。馬を引き、人の波に乗る様に二人も同じ方向へと向かった。


門を抜け、馬に乗り街道を進んだ。

幾つかの宿場町を越えれば、凰省へ入る。凰省にさえ入ってしまえば皇都は直ぐそこだった。


街道に出て、一刻も経たないうちにそれは起こった。

突如、頭上に幾つもの影が過ぎ去った。蚩尤は慌てて上を見上げた。その時には、何頭もの朱色の龍が空を舞っていた。


「ユウリ!」


ユーリックも空を見上げた。朱色の龍の姿にそれが朱家だと気付いた。

蚩尤が馬を駆け、ユーリックも後を追った。


馬で駆けようとも、時期に追いつかれるだろう。ならばせめてと、蚩尤は街道を外れ目に入った森へと向きを変えた。森の中では、龍もその姿では追っては来れない。だが、龍は森の上空をひたすらに二人を追った。

蚩尤は逃げられない事がわかっていた。そして、馬を止めた。


「蚩尤様?」

「ユーリック、私の馬に乗れ。」


蚩尤は一度馬を降りると、もう一頭を自身の馬に手綱を繋いだ。そして、ユーリックと二人で馬に乗り直した。


「蚩尤様、これは……」

「目眩しを使う。暫くは、声を出すな。」


意味もわからず、ユーリックは蚩尤の言う通り口をつぐんだ。

暫くすると、突如空は暗くなり、霧が出始めた。


頭上の龍も見えなくなり、あたり一面は霧に包まれた。一体何が起こっているかわからずないが、ユーリックは口を開く事も出来ない。背中にいる蚩尤を横目で見るも、蚩尤はただ前を向いていた。


どれくらい経った頃か、徐々に霧は薄くなり、空も明るさを取り戻した。気付けば、そこは森を抜けていた。蚩尤は一度馬を止めた。


「あまり時間は無い。少し馬を休めたら一気に駆け抜けるぞ。」


説明している暇など無いと言った様子だった。ユーリックは何となくだが、あれが蚩尤の異能だったのではと思えた。


とても人の為せる技とは思えなかったが、蚩尤がイルドでは見せられないと言った異能がこれならば、正しく神から与えられた力だと言った事も頷けた。


「(とても、私では理解出来ないもの。)」


それは、とても近くに有ったのだと。


二人は街道外れたまま、東へと駆けた。昼も夜も。只ひたすらに馬を走らせた。食べる事も、眠る事も忘れ、馬にも休みを与えなかった。


そして、四日が経った頃、凰省まであと僅かと言うところで、ユーリックが乗っていた馬がその場に倒れた。

ユーリックは飛び降り、馬に駆け寄ったが、馬が起き上がる事はなかった。無理をさせているのは分かっていた。ユーリックは馬を二、三度撫でた。


「ユーリック、行こう。」


蚩尤が乗っていた馬も限界だった。蚩尤も馬を降りると、馬の鞍を外した。馬はもう一頭に駆け寄り、その場に座り込んだ。


必要な物だけを身につけ、二人は歩き出した。ユーリックは惜しむ様に何度も馬の方を振り返ったが、馬が動く事は無かった。


二人は黙々と歩き続けた。馬はいない。大した距離は稼げず、また空に陰りが見えた。二人は空を凝視した。今度は朱色の龍では無かった。黒い龍が二人の目の前に降り立った。それに続く様に、もう一頭に人を乗せた朱色に龍が後ろに控えた。


黒い龍の背から一人の男が姿を現した。蚩尤と同じ位の背丈の男は艶やかな衣を見に纏い、身分の高さも伺える。顔は険しくユーリックを一瞥すると蚩尤を見た。


「蚩尤、弁解があるならば申せ。」


その声は深く、低く、怒りを含んでいた。


「祝融様、私は彼女を皇都へ連れて行きたいだけ。どうか、見逃しては貰えませんか。」

「……それは無理な相談だな。異変が続々広がっている。目で見るまでは、お前を信じていたが……俺が間違っていた様だ。その女から離れろ。」


祝融は腰に帯びた剣に手をかけた。殺気を放ちユーリックに向けた。それと共に朱色の龍に乗っていた二人も龍の背から降り、二頭の龍は人の姿になった。


山賊とは格が違う。四人は祝融の背後に控え、異様な空気が漂い、全ての殺気が自身に向けられ、ユーリックは気圧されそうになった。


蚩尤はユーリックを庇う様に前に出た。それを見た祝融の顔色は明らかな怒りに変わった。


「それは、どう見ても人では無いだろう。お前には分かっていた筈だ。唆されたのか?」


それを見ても尚、蚩尤は冷静だった。


「彼女は人です。」

「馬鹿を言え、見た目が人なだけだろう。」


祝融は剣を抜いた。それを見て、蚩尤も迷い無く自身の剣に手をかけた。


「ユーリック、逃げろ。」


ユーリックは蚩尤を置いて逃げられるはずなどなかった。何より、逃げたところで追いつかれるだろう。


「戦います。最後までご迷惑をかけて申し訳ありません。」


まるで最後の言葉だった。相手の様子を見る限り、疑われているのは自分なのだと理解した。身に覚えの無い事だが、逃げればより相手の怒りを買うだけだ。


敢えて立ち向かうべきなのかもしれないと考えていた。蚩尤を信じると決めたならば、蚩尤のに庇われるのでは無く、隣に立ちたいと思っていた。


ユーリックは蚩尤の隣に立ち、剣を構えた。

祝融はユーリックのその姿に違和感を覚えた。


何故、蚩尤を見捨てて逃げないのか。

祝融に迷いが生まれたのを共工は見逃さなかった。


「祝融様、どうやら蚩尤は正気を失っている様です。宜しいですね。」


共工の言葉に、祝融はどの道この状況では他に手は無いと口を開いた。


「殺すなよ。」


その言葉に、四人は剣を抜き踏み込んだ。

共工は一目散にユーリックに向かった。剣を振りユーリックの胴を狙う。


すかさず、蚩尤が前に出てそれを受け止めた。共工の剣は重いが、蚩尤はいとも簡単に受け、共工を弾き飛ばした。


蚩尤はそのまま共工に向かい、剣がぶつかり合う。その隙に相柳がユーリックに迫った。横から相柳が剣を突くのが見え、ユーリックは後ろに飛び退いた。


その先には既に豪雷が回り込んでいた。ユーリック身を翻し、剣を弾く。剣のぶつかる音が響き渡った。


蚩尤はユーリックを気に掛ける余裕がなくなっていた。共工に加え、明凛も蚩尤を阻んだ。何より、いつ祝融が動くかが分からなかった。


共工や明凛だけならまだしも、祝融だけはとても蚩尤に太刀打ち出来る相手では無い事は分かりきっていた。


「(これほど厄介な相手もいない。)」


共工の剣を受けながら、何か策はないかと考え続けていた。


「蚩尤、相変わらず出鱈目な強さだ。」


祝融と豪雷を除いて、ここにいるのは皆武官だ。蚩尤も長く剣を置いていた筈だった。なのに勝てない。明凛もいて、勝機など見えては来ないと怒りすら覚えていた。


蚩尤は剣で負けた事など、一度も無かった。異能は役に立たないと、ひたすらに剣技だけを磨き続けた。共工も昔からその強さには感服していた。


鬼神の如き強さとは正にこの事だろうとすら思えていた。だからこそ、一度でも良いから勝ちたかった。


「これで武官とは、つまらんものだ。」


蚩尤はわざと煽った。

共工の性格をよく知っていたのもある。


共工の顔には怒りが満ち、剣を握る手により一層に力が入った。大振りになった剣を蚩尤はいとも簡単に弾き飛ばした。得物を失った共工を剣の柄でこめかみを殴ると、共工は地に臥した。


蚩尤は直ぐ様明凛へと向き直った。

明凛には焦りが見えた。共工が勝てないならば、自分には敵わないだろう。


弱気な考えは蚩尤に見抜かれた。剣を握り直し、間合いを取ろうと一歩下がると、蚩尤はそれを見逃す事はなく、一瞬にして懐に入った。明凛は慌てて蚩尤の剣を受け止めたが、蚩尤の力を受け止め切れず、剣は折れた。


それでも明凛は抗おうと体勢を立て直そうとしたが、蚩尤に背後に回り込まれ、後頭部に一撃をくらい気を失い倒れた。


「やはり無理か……」


後ろで控えていた祝融が動いた。そうなる事は蚩尤もわかっていた。本音を言えば、祝融に剣など向けたくは無い。何より敵う相手では無い事は百も承知だった。


祝融の身を包む様に炎が何処からともなく現れた。

辺りは一気に熱を帯びて、地面に生えていた草は枯れていく。


祝融の異能こそ、戦う為に持って生まれたものだと誰もが言った。蚩尤は幾度となくそれを目の当たりにしていた。だからこそ、剣技だけでは敵わないと思った。


「お前には剣では敵わん事は分かっている。」


祝融は剣にも炎を纏わせた。


「蚩尤、今ならまだ間に合う。あれを見捨てる気は無いか?」


蚩尤は静かに答えた。


「私は導く者に選ばれた。それに従う迄。」

「……そうか。」


ユーリックは防戦一方になっていた。

豪雷、相柳どちらも強く、二人がかりでは受けるのが精一杯だった。


「(……強い)」


蚩尤程の強さでは無いものの、隙を見せれば一瞬で斬られる事はよくわかっていた。だが、剣だけでは負けてしまう。


ユーリックは左手に力を込めようと、一瞬気が逸れた。僅かな隙に相柳が今だと言わんばかりに、ユーリックの右腕を狙った。ユーリックはそれを剣で受け止めると、相柳の右腕を掴んだ。


相柳の腕はたちまち凍りつき、彼は経験した事の無い痛みを覚え、僅かな隙ができた。ユーリックはそれを見逃さなかった。相柳の顔を掴み、そのまま地面へと叩きつけた。


女の力では無かった。相柳は意識こそ有ったが、身を起こす事が出来なかった。

豪雷は今だと言わんばかりに斬りかかった。ユーリックは華麗に身を翻し、後ろへ飛んだ。


豪雷はユーリックに警戒する様を見せ、間を置いた。ユーリックはにじり寄り、踏み込んだ。形成逆転と言わんばかりに、豪雷に向かって剣を打つ。


豪雷は女とは思えない剣の力強さに驚いた。龍人族に異能は無い。力強さこそ彼等の得意とするものだった。剣を振るえば、幾人の人間の男を弾き飛ばすなど容易な事だった。


だが、どれだけ力を込めようとユーリックは受け止め、更には反撃してくる。力こそ、豪雷に劣るが速さはユーリックの方が上だった。一対一になったが好機と見て、豪雷に隙を与えないと言わんばかりに打ち込んでくる。


間合いを詰め様にも、左手を警戒して躊躇してしまう。

僅かな豪雷の迷いにユーリックは更に踏み込んだ。姿勢を低くし懐に入り込み、豪雷の右足に触れた。


豪雷の足は凍りつき立ち所に動かなくなった。凍りついた痛みなのか、感覚が麻痺したのか、足は思う様に動かない。

それでも倒れない豪雷にユーリックは思い切り打ち込んだ。


豪雷は剣で受け止めたが、剣は弾き飛ばされ、空いた胴にユーリックの蹴りが入った。重い体は、見事に飛ばされ、思う様に動かない足も相まって豪雷は立ち上がれなくなった。


ユーリックは息つく間も無く蚩尤へ目を向けた。

蚩尤は祝融と剣を交えていたが、異様な光景に目を疑った。祝融は炎を纏い、その熱はユーリックにまで届くほどだった。


剣では蚩尤が優勢だったが、その炎は生きているかの様に動き蚩尤を襲った。

炎が邪魔をし、蚩尤は思うように動けてはいない。


「(あれが、異能……)」


魔術が粗末な力に思えてならなかった。神々しく祝融を守り揺らめくそれは、蚩尤の霧と同じく人の力の敵うものでは無かった。


入り込む余地のない戦いにユーリックは只、呆然と見ているしか無かった。

ふと、周りを見渡した。ユーリックが相手した二人と蚩尤が相手していた女、そして……


「(一人いない!)」


大男の姿が何処にも無かった。ユーリックは慌てて辺りを警戒したが、時は既に遅く、共工は背後にいた。


激しい痛みを感じ、自身の胸元を見下ろした。

青龍刀が自身の胸を貫いていた。口から血が溢れ出る。ユーリックは途切れそうな意識の中、共工を見たが、その目に感情は無かった。


共工が剣を抜くと、ユーリックはそのまま地に臥した。

気づいたのは蚩尤だった。


「ユーリック!」


祝融を弾き飛ばし、急ぎユーリックに駆け寄った。


「馬鹿者が!殺すなと言っただろう!」


祝融の怒声を気にする様子もなく、共工はユーリックを見下ろすだけだった。


「これで片が付いた。」


共工を払い除け、蚩尤はユーリックを抱えた。蚩尤はユーリックが不死身である事は知ってはいたが、だからと言って、その力をまだ見た事はなかった。


「ユーリック!」

「もう死んでる。祝融様、蚩尤の処遇はどうされますか。」


既に事は終わったと、祝融に向き直り、蚩尤とユーリックに背を向けた時だった。


背筋が凍る様な気配が辺りを漂った。それは祝融も蚩尤も他の三人も感じた。

ユーリックから滲み出る異様な気配に誰もがそちらを見た。

僅かに身体が動いた。そして、蚩尤の腕の中で、ユーリックは静かに目を開けた。


「……シユ…サ…マ」


口の中に血が溜まったままで上手く話す事が出来ないが、蚩尤はその姿に安心した。


「……蚩尤、それから離れろ。」


祝融は再び蚩尤に剣を向けた。

異常な存在を大事そうに抱える男は、もはや自分が知っている者ではない。祝融のその目には殺意が篭っていた。

蚩尤は祝融の様子を気にする事なく、ユーリックを抱えたまま立ち上がった。


「祝融様、私はユーリックをこういう目に合わせない為に貴方を避けていました。だが、結果は変わらなかった。」

「何を言っている。その女は何だ。」


蚩尤は腕の中で痛みに呻くユーリックに目を落としたまま答えた。


「ユーリックは不死身です。殺す事は出来ません。」


その言葉を耳にした途端、共工は明確な殺意と共に剣を振り上げた。蚩尤の存在を気にする事なく、ユーリックの首を狙った。

だが、一歩踏み込んだところで、共工は動けなくなった。足は凍りつき、地に根を張る様に一歩も動けない。足元を見れば、赤い陣が浮かび上がっていた。


それが意味するものは分からなかったが、共工はユーリックを見た。僅かに開いた目は共工を捉えていた。


「祝融様、昔の様に首を落とされますか?」


祝融はユーリックを見据えた。ユーリックからは一度も殺意を感じなかった。殺そうと思えば、共工達も殺せただろう。彼女は自身を守る行為しかせず、蚩尤の身を案ずるばかりだった。悪意も、害意もユーリックからは見えなかった。


「ご決断されたなら、私ごと斬れば良い。死ぬのは私だけですが。」


命を懸けると言った男の言葉に、祝融は剣を鞘に納めた。


「……皇都へ案内する。」

「祝融様!」


共工は祝融の決断に声を荒げたが、祝融は一喝した。


「お前も命令違反だ。俺は殺すなと言ったはずだ。死なない身だから良かったが、やり過ぎだ。」


祝融はユーリックに近づいた。


「非礼を詫びよう。悪いが、あれらはどうやったら治る?」


ユーリックは共工達を見た。蚩尤はそのまま手を貸そうとしたが、もう治ったと一人で立ち上がり、まずは相柳に近づいた。凍った部分に触れると、腕はたちまち元に戻った。


「凍傷にはなっているかもしれない。医者には診てもらった方が良い。」


豪雷や共工も同様に治した。それを確認して、祝融は明凛を起こした。気怠そうに身を起こすが、暫くすると意識がはっきりしたのか、あっさりと立ち上がった。


「明凛、俺とこいつを乗せて皇都の別邸まで行ってくれ。」

「承知しました。」

「豪雷は、飛べるか?」

「何とか。」

「ならば、そいつらと一緒に医者に行け。その後に別邸まで来い。蚩尤の処遇はその後決める。」


明凛と豪雷はそれぞれ距離を取った。明凛は朱色の龍に、豪雷は黒い龍に転じた。ユーリックは威風堂々としたその姿に息を飲んだ。


今迄に龍が飛んでる姿は見たが、人から龍へと転じるのを見たのは初めてだった。金の瞳だけが変わらずそこにあった。

蚩尤と離れる事に多少の不安を覚えたが、蚩尤は大丈夫だと言った。


「行くぞ。」


ユーリックは祝融に引き上げられる様に、明凛の背に乗った。馬の様に鞍はなく、鱗が硬い。何処に捕まれば良いか分からず、滑り落ちてしまうのではないかと思ったが、それを案じてか祝融が背後から支えていた。


明凛はユーリックが背に乗ったのを確認すると、ゆっくりと浮かび上がった。次第に高く上がり、前進し始める。徐々に速くなり、馬などよりも速ユーリックは目を見開き下を眺めた。


「前を見てろ。」


祝融の言葉に、ユーリックは前方に視線を戻した。

広大な緑の景色が広がり、見た事もない景色にユーリックは言葉もなかった。


幾つかに村や山を越え、皇都の外壁が見え始めた。

街を行き交う人が捉えられるほどに高度が降り、一軒の邸宅の敷地内に明凛は降り立った。祝融は先に降りると、ユーリックに手を差し出した。ユーリックはその手を取り、滑るよう降りた。


「(初めて空を飛んだ。)」


不謹慎ではあったが、ユーリックは高揚感で一杯だった。

この国に来てからと言うもの、見たことも聞いた事も無い事ばかりだった。


「とりあえず、着替えて来い。明凛、女官を呼んで風呂を用意する様に伝えろ。その後は、こいつに付いていてやれ。」


明凛は颯爽と中へ入っていった。

ユーリックは自身を見た。見事なまでに血がべっとりと着いた衣服。そして、龍に乗っている間背後で支えていた祝融の衣は、見事なまでに赤く染まっていた。ユーリックは祝融の着ている高価な衣の価値が見当がつかないだけに、顔面蒼白になった。


「申し訳ありません……」


その表情に祝融も自分の衣を見た。


「……ああ、気にするな。元を辿れば愚息が原因だ。請求などしないから安心しろ。」


愚息とは誰を指すのか、一瞬考えたが、剣を刺した男が頭に過った。目の前の男は、壮年を思わせるが、大男はそれよりも上に思えた。基準がわからず、頭を捻ったが、それも祝融の言葉に遮られた。


「蚩尤と旅をしたのは何が目的だった?」

「……私が神を信じていないから。この国を知る必要があると。」

「蚩尤が言ったのか。」

「はい。」

「それで、信じる事は出来たのか。」


ユーリックは蚩尤が見せた霧や祝融が纏った炎、龍へ転じる人を思い浮かべた。


「……得心出来るものを見た様に思います。」

「蚩尤の目的は達成された訳だ。皇都へは何をしにくる予定だった。」

「神殿に行けば、私がこの国へ来た意味がわかるかもしれないと。」

「来た意味とは。」

「私は自分の意思でこの地に来たわけではありません。白仙山に留まっていたら、白銀の龍に出会い、気付いた時にはイルドに居ました。何故、白銀の龍は私をこの地に送ったのか……最初はどうでも良かったのですが、今は知りたいと思える様になりました。」


ユーリックの目は真っ直ぐに祝融を捉えていた。誠実そのものの姿に祝融は肩の力を抜いた。


「……お前の全てを信じ切れたわけでは無いが、神殿へは俺が連れて行こう。神子に面会するには神殿の許可が必要になる。俺から書簡を送れば返答は早いやもしれん。」

「ありがとうございます。」

「その間は此処で過ごせ。蚩尤も後で来るだろう。」


見計らった様に明凛が戻り、ユーリックを中へと連れ立った。祝融はそれを見送り、自身も邸宅の中へと入っていった。


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