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十二

杏省 省都キアン


祝融は、一時城へ戻っていた。朱家から届いた情報を聞きつつ、他領からの情報を待った。


朱家の当主で有り、朱家最年長でもある江念(こうねん)は朱家を取りまとめる存在だった。普段は玄瑛に付いて文官として働き、非常時には取りまとめ役として祝融に付いた。


「蚩尤様らしき人物が、朴の宿に泊まられた事は確かです。赤目の女性とご一緒でした。その後は丁へ向かわれた様です。」

「……丁か。どこまで行く気やら。」


祝融は江念の話を聞きながら、未だ進み続ける蚩尤に不信感を通り越して呆れを見せた。今一度志鳥を送ったが、返事は無い。沈黙を貫く理由は何なのか。


「山賊の方はどうだった。」

「半分は蚩尤様と思われる切り傷。半数は切り傷、殴り傷様々ですが、外傷の無い死体が幾つか。異能と思われますが、検討もつきません。」


江念も兵士が死体を回収する前にその場に居た。恐怖を帯びたままのその姿は奇怪としか言いようが無かった。武器を振り上げ、今にも攻撃せんとする姿のまま倒れ、動きを止められたとしか思えなかった。


「相手の動きを止める力と思えなくも無いが……外傷が無いのであれば、違う力だろう。」

「山賊は元々妖魔を相手取っていた者達でした。ここ最近は身入りがなく、人を襲っていた様ですが、それなりに腕の立つ者達だと聞いております。」

「他に情報は有るか?」

「お二人は、行く先々で印象が違いました。主と従者と言う者、祖父と孫と言う者、歳の離れた夫婦と言う者。印象が違う様でしたが、どの者も女が従順である印象を受けたと言っております。」

「惑わされているわけでは無いか。」

「主導権は蚩尤様に有るかと。」

「女に不審な行動は?」

「特に有りません。総じて、赤目が珍しいと言った程度です。」

「それだけでは、女の目的もよく分からんな。」

「どうされますか?」


祝融は椅子に深く腰掛け目を閉じた。思考を巡らせ、せめて目的だけでも解ればと思ったが、部屋に外から聞こえた声にそれも止まった。


「祝融様、宜しいですか。」


祝融は入るように言うと、怪訝な顔を見せつけるように共工は来客用の椅子に腰掛けた。


「何用だ?皇軍が不周山に入って暇になったからと言って、仕事が無いわけでは無いだろう?」

「蚩尤の事を耳にしまして。状況をお聞きしたい。」


何処から話が漏れたかなど考える必要など無かった。大方、朱家の者か玄瑛にでも圧を掛けたのだろう。

現状城の中を忙しく走り回っている朱家の動きを考えれば、何かしら事が起こっているのは誰でも予想は付く。


祝融は呆れた顔で息子を見た。正直、共工と蚩尤は相性が悪い。どちらも厳格な性格ではあったが、考えの相違から意見が対立する事がよくあった。


すぐ答えを見出そうとする共工と思慮深い蚩尤。共工が浅慮な訳でもなく、蚩尤が考え方過ぎていると言うわけでも無い。ただ、譲り合う事が無かった。


立場が同じなだけに、止める事が出来るのは祝融ただ一人。二人をかち合わせれば、問題が大きくなる様な気がしてならなかった。


「まだ何も起こっていない。様子見だ。」

「これだけ朱家を動かしておきながら、様子見で終わるわけでは無いでしょう。」

「暇になったのなら、兵士達が妖魔と戦える様に叩き込んでやれ。」

「また、厄介払いですか?」

「いつ俺がお前を厄介者扱いした。子供ではないのだから、阿呆な事を吐かすな。」


実際には、それに近い事はあった。厄介払いでは無いが、玄瑛が諸侯に着いた時に共工には皇宮へ務める事を勧めた。


玄瑛も共工が下では、何かとやり難いだろうと考えての事であったが、捉えようによってはそう思えるものでもあった。共工の実力を知った皇軍から誘いがあっての事だったが、共工はそれが気に入らなかった。


ならば、祝融の跡を継ぐかと聞いても共工は杏省に留まり、祝融の下に仕える事を望んだ。


「では、教えていただいても良いのでは?」


祝融はため息混じりに答えた。


「蚩尤は今、イルドを出て何処かへ向かっている。目的を探っているが、検討もつかん。それだけだ。」

「それだけの為に、朱家は使わないでしょう。蚩尤も祝融様に真意を隠しているのなら尚更だ。」

「まだ推測の段階だ。」

「その推測を迷わせているのが蚩尤自身ならば、連れ戻せば良い。隠居させたとは言え、あれも姜一族です。義務を果たさねばなりません。」


祝融としては、それも真っ当な意見とは思えた。だが、蚩尤を想えば好きにさせてやりたいとも思えたが、それはあくまで個人的な意見に過ぎない。


「祝融様は蚩尤に甘いところがあります。当主の意向に逆らい、返答もしないのであれば、反逆と見なしても良いのでは。」


祝融は身内に対して、寛仁である様をよく見せた。家族を思っての事と言ってしまえばそれまでだが、祝融には当主としての立場がある。共工は冷厳と言われたが、その甘さで祝融の足元が掬われるのが心配なだけだった。


「……俺は甘いか。」

「ええ。祝融様は身内だからと手を出さずにいるのでしょうが、それでは他の者に示しが付きません。」


最もな意見だった。祝融も杏省を預かる一族の当主としては、決断せねばならないところまで来ていた。


ふと、何処からともなく志鳥が現れ、祝融が手を差し出すと指に留まった。声の主は少昊だった。


『他領でも妖魔が増え始めた。朴で杏と同数の妖魔が確認されている。原因がわからぬ今、異邦人の件に関して手を子招いているなら、此方からも手を出す。宜しいな。』


志鳥は消えた。祝融は時間が無くなったと告げられた様なものだった。


「……連れ戻すしか、無くなったか。」

「誰からだったのですか。」

「陛下だ。他領でも妖魔が増えつつある。彼方が蚩尤を見つける前に動かねば。」


祝融は白玉に手を伸ばした。


「此方で処理する。出来る限り待って頂きたい。」


彼ならば少しは憂慮してくれるだろうと期待して、言葉を飛ばす。祝融は立ち上がり、江念を見た。


「江念。豪雷、明凛(めいりん)、相柳を呼べ。丁へ向かう。それなりの準備はしておけ。」

「御意」


江念は足早に部屋を出た。


「どうするおつもりで。」


共工の顔は怪訝なままだった。蚩尤の身を案じるのであれば、行動に移すしか無い。


「お前も来い。手荒な真似は避けるつもりだが、蚩尤次第だ。」

「承知しました。」


祝融の部屋に各々が集まった。祝融の厳しい顔に何かしら事が起こったのだと、それぞれが悟った。


「蚩尤が異邦人を連れ立って、何処かへ向かっている。恐らく皇都と思われるが目的は知れない。こちらから幾度か志鳥を送ったが返答は無い。これを由々しき事態とし、蚩尤を捕らえる。」


皆がどよめいた。蚩尤は祝融が最も信頼を置く人物なのは誰もが知る事だった。異様な事態ではあったが、反論する者はいなかった。


「今回ばかりは、手荒な真似も辞さない。相手は蚩尤だ、油断はするな。」


蚩尤の実力を知らないものはいない。彼の剣は国一番とされ、一対一では敵うものはいないだろうと言われるほどだった。祝融を除いて。


「共にいる女は異邦人だ。技量は知れんが、蚩尤と剣を交えた事を鑑みると、手練れだと思った方が良い。だが、殺すな。今回の不周山での出来事に関わっている恐れがある。良いな。」


皆が頷く中、共工は異論を口にした。


「殺してしまった方が早いのでは?」


これには、祝融は共工を睨んだ。


「原因と決まった訳ではない。生かして捕らえろ。良いな。」


共工は不服な顔を見せたが、承知しましたと返事した。


「では、まず丁を目指す。」


祝融は立ち上がった。豪雷は部屋に掲げられた青龍刀を手に取ると、祝融に差し出した。それを手に取り、祝融は帯刀する。


「穏便に済めば良いが……」


祝融は帯刀した青龍刀に触れた。決して敵対する事など考えていなかった男を斬りたくはない。祝融は、四人を引き連れ丁を目指した。


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