十一
朴省 省都アコウ
山間部に街を作り、領主城は見上げる様に天高く聳え立ち、鮮やかな洗朱色を基調とした街並みが城までの道を作っている。
連なる家々の屋根は全てが朱色で統一される事が決まっている。とても山間部とは思えぬ景色に誰もが見惚れ、ただ一言美しいと口にした。
独特な香りが街中に広がるアコウ。香辛料が豊富で辛味が強く独特な味わいに好みが二分する。杏よりも雪は少ないが、冬は寒い。寒さを凌ぐ為か、より辛味が強い食べ物が多く広まったため、料理の多くが赤く染まっていた。
市場には人が賑わう中で、頭を隠す様に外套に身を包んで歩く者がいた。僅かな隙間から、白い髪がチラリと覗き、その者達は必ず金の瞳をしていた。彼等が龍人族だと蚩尤はユーリックに耳打ちした。
只人とは違い独特な雰囲気を放つ彼等に、ユーリックは自身が未知の国に来たのだと再度実感させた。それまでは異国情緒あふれる国程度の認識だったが、時折天高く飛び去る白神によく似た白い龍を見る度に、ユーリックは自身の想像を超える存在を認識し始めていた。
宿に入り、窓際の椅子に腰掛けながら、ユーリックは時間を忘れ、ただただ景色を眺めるばかりだった。
いつまでも見ていられる景色だったが、同行者である蚩尤に声をかけられ、ようやく日が傾いていることに気が付いた。
「ユウリ。」
「すみません。」
「いえ、お気に召した様で何よりだ。連れてきた甲斐があった。」
和やかに語る蚩尤に、ユーリックは再度窓の外を見た。
「街並みを美しいと思ったのは初めてです。」
「此処に来ると誰もがそう思う。私も初めて見た時は息を忘れるほど、魅入ったものだ。」
「杏の省都とは違いますか?」
「あちらも朱色の街並みだが、ただそれだけだ。統一はされているが、見慣れてしまうと大した面白味はない。」
「ならば、此処も時々観に来るだけが良いのかも知れません。見慣れると、価値が変わるかもしれない。」
日は沈み、提灯が灯される。橙色の灯りが赤と混じり合い全てを包んでいた。蚩尤はユーリックの正面に座り、名残惜しそうに外を見た。
「この街は遥か昔の焔の皇都を模倣したと言われている。その時代を生きた龍人族が少しづつ代を重ね作り上げた。今はもう、過去を知る龍人族はいない。更に代を重ねれば、この街並みも変わってしまうだろう。」
そう言った蚩尤はどこか寂しげだった。
「シエイは、焔の時代の皇都を見た事があるのですか。」
「有るが、記憶は朧げだ。皇帝が変わり、今では黄色が主流となった。悪くはないが、この鮮やかな様を見ると、どうしても見劣りしてしまう。」
その言葉で、蚩尤が如何に永く生きているかがわかった。百年どころではなく、数百年を彼は生きているのだ。
「……永く生きるとは、どの様なものですか?」
ユーリックは咄嗟に口にしてしまった。慌てて口を塞ぐが、出た言葉は戻らない。
「気にする事は無い。そうだな、意味を見出そうとする……だろうか。」
「意味ですか?」
「若かりし頃は、不死である事に使命を感じた。だが、使命を全うしたと思ったが、未だに命は続いている。何故、未だ寿命が尽きず、何の為に生きているかを考え続けている。」
不死に寿命は無いに等しいが、死が無い訳ではない。
「それでは、不死である事とは役割があって生きるべきだと?」
「そうとも言える。そうでなければ、私は無為な時間を過ごしていると思えて仕方が無い。」
「不死の方は皆そう考えるのでしょうか。」
「どうだろうか。私より永く生きている方を知っているが、彼が立ち止まる事は無い。彼は家族や自身に尽くしてくれる臣下の為であれば、苦にならないとは言った。」
蚩尤は遥か遠くを見つめ、彼と言った男を思い浮かべている様だった。その姿に、ユーリックは自身も不死身として生まれた事には、何か意味が有るのだろうかと考えた。
視界の端に僅かに白いものが映った。朴からも白仙山が見えるが、遥か遠くに有り、杏から見るのとでは違って見えた。
「……今、私に手を貸して頂いているのも、意味を求めての事ですか?」
その問いに蚩尤は微笑みただ一言、
「意味は有る。」
と答えただけだった。
――
明朝、二人は宿を出た。ユーリックは昨日の蚩尤の言葉が頭から離れずにいた。蚩尤は重要な事は話さない。意味を持って自身を此処まで導いてきた事だけは理解できたが、その意味とは何だろうか。
考えたところで、今まで自身の力に意味など考えずに生きてきたユーリックにわかるはずなどなかった。
魔術師は永く生きる事を求めるのは、意味では無く単純に欲望だった。永く生き力を鼓舞したい者達ばかりで、意味など考えてもいない。ユーリックもその環境下で生きてきた事も影響しているのだろう。
神が与えた力だと考えている、陽皇国の生き方はある意味純粋とも言えた。
神を信じ、自然と不死が生まれ、力を与えられる。本当に神が与えているかなど定かでは無いだろうが、そこに意味を見出すのであれば、神が与えたもうた使命と思うのも頷けることではあった。
であれば、自分の使命はなんだろうか。この国にたどり着いた事に意味は有るのだろうか。そして、今蚩尤と共に行動することに意味は有るのだろうか。
ユーリックは蚩尤を見た。前を行く御仁は一体何を考えているのだろうか。蚩尤に対して不安を抱く事は無くなったが、未だ考えは掴めずにいた。
省都アコウを抜け、次に目指すは丁省だった。宿場街を幾つか抜け進んで行く。途中にまた幾つかの山が有り、ひたすらに街道を進んだ。
朴省から丁省へ入る頃、雨季が近づき春の終わりを告げるかの様に雲行きが怪しくなり始めた。ポツリポツリと雨の滴が体へと降りかかる。運良く森に入ったが、木の茂りだけでは遮れず、二人は雨宿り出来る大きな木を見つけると、足止めとなった。
火を焚き暖をとりながら、濡れた服を乾かした。
「暫く止みそうに無いですね。」
「先を急ぎたいが、仕方がない。」
焚き火を見つめながらも、ユーリックは周りに気を配った。蚩尤を探していると言っていた事を忘れた事は無かった。街中を歩くときも、必ず耳をそば立てていたが、蚩尤を追っているであろう者は一向に現れる気配は無い。
龍が飛べるのはわかっていたし、いつ出くわしてもおかしくはない時間が経っていた。朴で白髪の者たちが白い龍ならば、朱家は赤い龍なのだろうか。
そんな事を考えながら過ごしていると、一羽の白い鳥が近づいているのが見えた。
志鳥だ。
ユーリックはそれを目で追うと、蚩尤の肩に留まった。相変わらず嘴は動くが、何を言っているかは聞こえない。
蚩尤にだけ届いた言葉に、彼は眉を顰めた。
「志鳥は何と?」
「……身内の者だった。」
内容を聞いたつもりだったが、言うつもりは無いらしい。蚩尤の顔は険しくなるばかりで、ユーリックには状況すら把握できないでいた。
「シエイ、私には今どうなっているかが分かりません。話しては頂けないのですか?」
蚩尤は、面倒だからと言ったが、とてもそれだけが理由でない事はユーリックにもわかっていた。不死身は危険と言う者もいると言う事は、自身が絡んでいるのではないか。そう思えて仕方がなかった。
「話すと、貴女を不安にさせるだけだ。」
「それでも構いません。私は何も知らずにいるのが嫌なのです。」
蚩尤は渋ったが、もしもの事を考えたなら話しておく必要があると、ようやく口を開いた。
「正直に言うと、今私の身内が探しているのは貴女だ。」
ユーリックは何故自身がと思わずにはいられなかった。会った事もなければ、蚩尤が話したわけでも無いと言うのに、何故自身事を知っているのか分からなかった。
「この国は五十年前を境に妖魔が減っていた。昨今は見る影も無いほどに。だが、今年の春になって異様なまでに増えたそうだ。これは、異変に値する。そして、貴女が白仙山から来たと言う事も勘付かれている。」
「私にそれと何の関係が有ると言うのですか。」
「此方でも、起こった事象に理由を追い求める事がある。貴女がこの国に来た事によって異変が起こった。或いは、貴女が異変を起こしていると思われている。」
「……私は何もしていません。」
「わかっている。だが、五十年前に起こった事柄も不死身が関連していた。今の状況は貴女にとって不利でしか無い。」
「もし捕まったら、どうなりますか。」
蚩尤は言葉を詰まらせた。だが言わずにいれば、それこそユーリックの不信感は募るばかりだろうと、顔を歪ませ口を開いた。
「最悪封じられる。」
「封じる……とは」
「言葉通りだ。首と胴を切り離され、身動きができない様にし、呪いをかける。貴女が求めていたものとかけ離れている。」
ユーリックは絶句した。そこまでの事を身に覚えの無い事でされるとは夢にも思わなかった。不死身など、望んで生まれ持った力でも無ければ、望んでこの地に来た訳でも無い。
結局、この国でも自身は人として受け入れて貰えなのか、そんな考えで頭が一杯になった。
「姜一族の下へ連れていった所で、不死身である事に不信感を抱く者もいる。皇宮へ引き渡されただけだ。……杏のウジにいた時点で、異変が有るのはわかっていた。」
「ならば何故此処まで連れてきたのですか。」
「……貴女がこの国を見て、目に見えぬものもあるのだと信じなければ意味が無いのだ。」
「その意味とは何なのですか?私にはわかりません。」
「神子の力は、受け入れ無い者には通用しない。何より貴女の力は強すぎる。」
まるで、何かを見知った様に話す蚩尤にユーリックは違和感を覚えた。
「……蚩尤様、まだ何か隠しているのですか?」
「幾度か貴女の夢に白神が入ろうとしたそうだが、全て拒絶されたそうだ。」
「白神なら二度会いました。どちらも、何も語らなかった。」
何が神だ。ユーリックは苛立ちを抑えきれずに、声を荒げた。蚩尤に対して礼儀を欠かした事なく接してきたが、自分の事なのに取り残された感覚がユーリックを襲いとても冷静ではいられなくなっていた。
「彼らは貴女に言葉を向けている。貴女が耳を傾けず、ただ拒絶しているのだ。」
「どうしてそんな事が分かるのですか。何故そう言い切るのですか!」
自国で追い詰められ、更には見知らぬ地で在らぬ疑いを掛けられている。頼りにしていた者は隠し事ばかりで、全てを語ってはくれない。
神を信じぬ者に神を信じろと言う方が到底無理だろう。この状況で冷静でいられる訳などないことは、蚩尤も承知の上だった。ユーリックの態度を見ても尚、蚩尤は至って冷静だった。ユーリックに不満が募り、不信感で満たされているのはよくわかっていた。
「私が貴女を導く役目を任されたからだ。」
蚩尤の言葉にユーリックはどう捉えて良いかわからなかった。その口振りにユーリックの口からは、一言しか出てこなかった。
「……誰に?」
蚩尤はただ静かに答えるだけだった。
「貴女の中にいる何かに。」
「また言葉を濁すのですか!?」
「ユーリック!」
蚩尤は顔を強張らせ、ユーリックに面と向かった。彼が初めて声を荒げて見せて、ようやく落ち着きを取り戻した。未だ顔は曇らせたままだったが、ユーリックは口が過ぎたと萎縮した。
「……すみません。取り乱しました。」
「気にする事は無い、貴女は耐える事に慣れすぎている。」
冷静こそ取り戻したが、ユーリックには未だ顔に不満は残ったままだった。
「私の中に何がいるのでしょうか。」
「はっきりとは分からない。だが言えるのは、不死身は稀な力。それを与えられる能力を持つ神はもうこの国にはいない。だが、それと同じものを貴女の中から感じる。」
「蚩尤様は、会った事があるのですか?」
「……ある。」
蚩尤はただ一言そう答えた。見えない存在に会い、居なくなったと言う。
「それは、この国に影響を与え続けた存在。今、異変が起こっている事から考えても、同等の者を貴女は運んだと推測出来る。」
「わざわざ人に不死身を与えて?」
「何故その方法を取ったかは分からないが、必要な事だったのだろう。」
「……私の中にいるのなら、出てきて教えてくれても良いのに。」
ユーリックは自身の胸に手を当てたが、何かいると言う感覚はわからなかった。
「何か理由があるとしか言えないが、今は進むしかない。皇都へは、宿場街を抜け街道を真っ直ぐ行けば良いだけだ。」
蚩尤は立ち上がり空を見上げた。いつの間にか、雨は弱まり、雲の隙間から光が差していた。これならば、道も進めるだろうと、ユーリックも立ち上がり焚き火に土をかけ消した。
「ユーリック、私の事を信じてはくれないだろうか。」
蚩尤はユーリックに手を差し出した。ユーリックは蚩尤と初めて対面した日を思い出した。見知らぬ土地で、異邦人であるユーリックを迎えた事。
厄介払いされてもおかしくは無い状況で、彼の優しさは確かなものだった。あそこで過ごした日々は、ユーリックの人生の中で一番暖かい思い出だった。
迷いがないわけではない。それでも、蚩尤と出会っていなければ、この国を知ろうともせず、彷徨うこととなっていただろう。蚩尤への恩義に対して、ユーリックは未だ何もしていない。
何より、その手の温かさを拒絶する事は出来なかった。
ユーリックは、蚩尤の手を取った。彼の言葉を信じてみたくなった。
「信じます。」
その言葉は、ユーリックとって誓いの言葉であった。




