722話 兵士は大変
――野猫って、局所的に会心の当たりを出す才能があるよね。
皇后といい卓敏といい、最も野猫の存在を求めるであろう人物の元へ勝手にたどり着くのは、なにかそういう追尾機能でも持ち合わせているとしか思えない。
なんにせよ、雨妹がやっと皇后宮における敏の立ち位置が理解できたところで、立彬が改めて問う。
「それで、卓敏とやらは病気なのか?」
「いえ、私が敏さんから話を聞いた感じだと、事故の後遺症の可能性が高いだろうと考えています。敏さんはあの花の宴での騒動で、転んで気を失ったようなのです。その際に頭を打ったのではないでしょうか?」
「ああ、確かに火傷患者よりも多かったのが、『逃げる際に誰かに押されて転んだ』だのという理由での転倒の怪我だったな」
雨妹の答えに、立彬があの時のことを思い出すように語る。
あの事件の際、そうした混乱と動揺の中での怪我人が大勢いたのは、雨妹も知っている。怪我をした本人も興奮状態なので、怪我にすぐに気付かないことが多いのだ。
「それで、もちろん陳先生にも相談しますけれど、怪我ならばもしや兵士の方が似た経験があるのではないかと思いまして、話を聞きに来た次第です」
雨妹が訪ねてきた理由にようやく行き着くと、近衛としても一人二役をしている立彬が難しい顔になる。
「頭の怪我か、確かに兵士の身近な脅威であるな。頭の怪我は命が危ういのはもちろんだが、かすっただけであってもなんらかの不調が出るからだ」
「やはり気を付けるんですね。狙われやすいんですか?」
雨妹が聞くと、しかし立彬はこれにどう話したものかというように考えていた。
「そこは立場によると言える。都勤めの近衛であれば、良い鎧を身に着けることができる。李将軍の鎧など頑丈だぞ? 当人が力も体力もあるので、重い鎧でも平気で長時間走るからな。頭部も当然兜でしっかり守られるために、頭を敢えて的にするには当たりが弱い上に小さいので非効率だろう」
「ふぅむ、そうかもしれません」
雨妹はこの話を聞いて、兵士の格好というものについて簡単な印象しか持っていなかったことに、今更気付く。では兜に守られている頭は案外無事で、怪我が少ないのだろうか? そう考えかけた雨妹に、立彬が話を続ける。
「けれど軍備の弱い領地では、末端の兵ならば鎧は貧弱だし、頭部の装備など悪ければ頭巾一つだ。頭巾は髪を掴まれないための対策にしかならない」
「……怖っ!?」
李将軍の装備との違いの大きさに、雨妹は兵士間格差の酷さに恐怖した。
「まあ、それは極端な例だとしてもだ。軽装備であれど、大軍の分だけの数を揃えるのは手間も金もかかるという話だな。そういう貧弱装備の兵が戦場で警戒するべきは、接近されて潰されることだ」
「ツブサレル……なにに?」
さらに語る立彬の口から怖い言葉が出てきて、その響きに想像力を掻き立てられて震える雨妹は恐る恐る問う。
「戦場においての武器は弓矢や剣よりも、むしろ鈍器が活躍するのだぞ? 乱戦の最中にどさくさで頭部を吹っ飛ばされる、というのが案外よくある流れだそうだ。腰が引けている新兵などは特に危ないな」
「嫌な『よくある流れ』ですね。世の中、平和が一番ですって」
雨妹はしみじみとそう述べた。確かにへっぴり腰で戦場をうろついていたら、鈍器で頭を殴られやすそうではある。
「ちなみに付け加えると、母上の故郷である青州はその軍備の弱い領地寄りであるな」
「わぁ……」
雨妹はなんとも言えない声を漏らす。つまりこの男も立場が違えば、そのような貧弱装備で戦場に立っていたかもしれないのだ。妙に真剣に語ってくれたわけだと、雨妹は納得する。
「頭部は鍛えようがないから、頑丈な兜を被るしか手がない。そして兜の上から剣や鈍器にガツンとやられれば、衝撃でやられて目を回す。そうなれば様々な不調が出るし、軍医の分野であるな」
前世のように高性能な緩衝材があるわけではないだろうから、矢傷や刃物での切り傷を防ぐことは可能だろうが、兜が受けた衝撃がそのまま頭部に来てしまうわけなので、それもなかなか辛いだろう。そしてここでようやく当初の疑問に対する答えに戻り、雨妹もそう言えば「本当に怖い兵士の真実」を聞きに来たわけではないことを思い出す。




