715話 まずは一緒におやつでも
なにはともあれ、そんなわけで雨妹たちは庭に出て休憩することとなったのだが。人物背景がややこしい初対面の人とおしゃべりするのは、かなり難易度が高いものである。
――だが、この私にぬかりはない!
雨妹にはこのために用意した物があるのだ。
「私、野猫と食べようとおやつに持ってきたんで、敏さんも一緒に食べましょう!」
そう言って雨妹が自信をもって送り出したのは、毎度おなじみの麻花だった。
「わぁ!」
「まあ」
後宮に来て日が浅く、まだ甘味が珍しいであろう野猫はもちろん、かつては豪華な食事ができていたであろう敏までも頬を緩めていた。
「どうぞどうぞ!」
野猫と敏に麻花を配り、自身が早速頬張る。
――これぞ、「美娜さん作の麻花があれば、大抵の人と仲良くなれる」の法則!
美味しいものを一緒に食べれば、心の枷は緩むものだ。自分も相手もお得なよい手であろう。
「うん、やっぱり美味しい~♪」
礼儀に厳しそうな敏の手前、雨妹は行儀よくゴクンと飲み込んでから述べた。そんな雨妹を見て、野猫が続けてパクリと、敏も遠慮がちに小さく齧る。
「美味いな、コレ!」
だが行いに気を付けた雨妹を見習わなかった野猫が、麻花を頬張ったままに感想を言う。褒めてくれたのは嬉しいけれど、つい先程の今で懲りない娘だ。
「こら、野猫ってば」
「ん?」
雨妹が「それではまた行儀が悪いと叱られるぞ」と目で訴えようとしても、野猫はのん気に首を傾げるばかりだ。雨妹は敏の反応が気になってちらりと見れば、意外にも敏は怒っていない。というか、野猫を見ていなかった。
「ほう」
敏はサクサクと麻花を齧って飲み込み、その味を噛み締めるようにじっと黙し、またサクサクと齧ることを繰り返す。
「美味しいわ」
そしてやがてボソリと零したのに、雨妹は「そうでしょう!?」と大いに頷く。
「仲良くしている台所番が、友人と会うならばと持たせてくれたのです。美娜さんの料理やお菓子はどれも美味しいんです!」
力説する雨妹に、敏は一瞬驚いたように目を見張ってから、「ふっ」と微かな笑いのような吐息を吐いた。
「良い腕の台所番と懇意にしているのですね――甘味など、いつぶりに食べたものでしょうか」
後半に懐かしむように述べた敏に、雨妹は密かに眉をひそめる。
宮女であっても、甘味が全く口に入らないなんていうことはない。雨妹のような下っ端が使う食堂であっても、時折砂糖やらの甘味料が回されてくるのだから。それが皇后宮であれば、優先的に高価な食材が集められるはずで、普段の食事で甘味が提供されていておかしくないのだ。なのに敏が甘味を口にできないなんてことがあるだろうか?
――この人、食堂とかに行っていないのかも。
それはつまり、敏を取り巻く環境はあまり良くないものであることを裏付けていた。ひょっとして食堂に行けば嫌がらせを受けてしまうなどが、実際にあったのだろうか?
雨妹は内心でそんな予想をしながらも、表には出さずに笑顔で敏に話しかける。
「敏さんは皇后宮に以前から居るのですか?」
「……そうですね」
雨妹がまず軽く水を向けると、敏はそう相槌を打つ。この程度では嫌な顔はしないらしい敏に、雨妹はさらに切り込む。
「あの花の宴では、さぞかし恐ろしい思いをされたでしょう?」
「ああ、それですか」
「ほえ?」
雨妹がいきなり深入りな話題を出して胸をドキドキさせている横で、野猫は麻花をモグモグしながら不思議そうにする。
野猫が皇后宮への補充人員となったのは最近のことらしいが、この反応だとそもそも後宮入り自体が最近だったのだろう。あまり深刻そうにしない辺り、野猫は「なんだかすごい騒動があった」くらいにしか聞かされていないのかもしれない。




