6-1
かなり久しぶりの投稿でしかも続きものです。
続きはできるだけ早く書こうと思っていますが、お待ちください<(_ _)>
■ 凰華side ■
「悪いが、明日は俺は用があってログインは夕方くらいになる」
明日から3連休が始まる金曜の夜。黒崎が食後のコーヒーを淹れ、私の前に差し出す。
「ん?そうなの?私は明日お兄様とショッピングの約束してしまっているのよね」
私はコーヒーの立ち上る香りを嗅ぎ、少し考え込む。
緊急イベントは今日、学校で建築中の新館前を通ったときに頭上から鉄骨が落下してきた。
いつもの通りに黒崎に助けてもらって、セーフ!
これまでの経験上、緊急イベントは連続して次の日には発生していない。黒崎が夕方からログインしても明日はたぶん大丈夫だろう。
なんか寂しいけど。
寂しい?あれ?なんで?
いつも一緒にいるのにいないから?どれだけ黒崎に依存しているんだ、私!
アレの中身は中学生くらいだよ!目を覚ますんだ!
一度だけ実際に会った黒崎を脳裏に浮かべる。
背丈は私と変わらないくらい、全身黒づくめで切れ長の黒曜石みたいな瞳が印象的だった。
吸い込まれそうな綺麗な目だったなぁ……。私はあの瞳を思い出し、うっとりと目を細める。
いかん、いかん!
「んん!お兄様の護衛もいるし、緊急イベントはたぶん連続発生しないから大丈夫だと思うよ」
私は脳裏に浮かんだ黒崎リアル版を振り払い、咳払いをしながら頭の中を切り替える。
「ゲームの法則として問題ないとは思っているが、一応護身用に銃を忘れるなよ」
リアル黒崎とは対照的にキラキラと光る金髪に青い瞳。綺麗なその顔がずいっと私の前に近づいてくる。
「ひっ!」
大分慣れたと思っていたけど、よからぬことを考えていたせいで私は思わずのけ反ってしまう。
駄目だよ、そんな近くに寄っちゃ!!あー、心臓がドキドキする。
「なんだ、顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
黒崎はよけた私をものともせずに、さらに近寄ると私の後頭部に手を差し入れ、黒崎はこつんと自分の額を私の額をあてがう。
二対のアイスブルーの瞳が至近距離から私を覗き込む。こちらもまるで冷え切った湖水を思わせるような寒々とした青。その湖水がゆらりと揺れているように私は感じた。
やばい、離れて――――――――――――――――――――――っ!
かぁっと全身の血が頭に集まったかのように体が熱くなる。心臓が激しくうねり、ドクドクと跳ねる音だけが静かな部屋に響き渡る。
やばい、死ぬ。おでこで熱計られて死ぬ!
「熱いな。風邪か?凰華は体が弱い。今日は薬を飲んでからログアウトしろ。明日も調子が悪かったら、出かけずに家にいろよ」
やっと黒崎が私の体から離れ、部屋に常備してある薬箱をいじりはじめる。
私は額に両手をあて、少し涙目になってじっと黒崎をにらむ。
誰のせいだと思っているんだ!
平然と黒崎は私に風邪薬を手渡すと、すぐにミニキッチンに向かいお水入りのコップを持ってくる。
「ほら」
無理やり私にコップを押し付けるので、仕方なく手にとる。
風邪なんかひいてないんだけど……。じゃあ、なんで顔が赤いのって言われたらぐうの音も出ない。
渋々、なんのためかわからない風邪薬のカプセルを水で飲み下す。
私が薬を飲むのを見届けると、黒崎はまるで駄々っ子を相手にした大人のようにふっと微笑む。
最初は無表情男だと思っていたけど、最近は結構感情表現が豊かだ。
いいですか、黒崎さん。
そんな顔して他の子を見つめちゃだめですよ!絶対勘違いされますから!
私?えぇ、勘違いしないですから、罠ですね、罠!
ごっそりと気力を奪われた私は、そうそうにログアウトすることにする。
「もう、寝る……」
「そうしろ」
私は項垂れたままログアウトボタンを押した。
「お嬢様、そろそろ起きてください」
いつもとは違う軽やかな高い声に私は起こされる。
ログインしたときは基本ベットの中から始まる。私は少し眠い目をこすりながら、声をかけてきた相手の顔を見上げる。きっちりと髪を結い上げたメイドさん'sのNPCの一人だった。
いつも起きたときに視界に入るのが黒崎だったので、軽い違和感を覚える。
まぁ普通若い女の子のそば付きが若い男っていうのがあり得ないんだけどね。
ベットから這い出ると、衣裳部屋へと足を運ぶ。普段だったら黒崎が適当に選んでくれるのだが、今日は自分で選ばなければならない。
お兄様と出かけるから、お出かけ用は……どれがいいのか、さっぱりわからん。
気分的に青い服をたくさんある服の中から1枚引っ張り出す。
上下コーディネートする気力がわかないので、取り出したのワンピースだ。
あとは適当に白い靴と白薔薇の小さな飾りがついたカチューシャを選び出す。
今日お兄様とお出かけしないのであれば、じっくり洋服を眺めて決めるのに。
ちなみに日本だけど、この屋敷は室内も靴履きだ。パジャマのときはスリッパだけどね。
皺にならないように洋服をベットの上に置き、洗面所で顔を洗った後歯を磨く。その間に眠気が飛んだようで、いくぶんすっきりした気分で洋服に着替える。
いつもなら黒崎が軽くメイクをしてくれるのだけど、正直この可愛い顔にほとんどメイクなどいらない。
肌はうる艶だしね。ピンクのリップクリームをだけを塗り、時計で時間を確認する。
そろそろお兄様とお出かけの時間だ。まぁそれに合わせてログインしてきたのだから、当たり前といえば当たり前。
私はすぐにお兄様の部屋に向かって歩き出した。
「凰華はなんでも似合うから選ぶのがかえって難しいね」
困ったようにお兄様は笑う。
珍しく時間が取れたお兄様と今日はショッピングだ。娘溺愛のショッピング狂いの母親ほどではないが、お兄様も今日はとことん私用のプレゼントを探している。
そんなにもらっても全部使い切れません!
今は宝石店で、可愛らしいジュエリーを選んでいるところだ。
今日お兄様にプレゼントされた小物や洋服は覚えておかないと……。めったに会わない両親はいいのだが、たまにお兄様とは食事に出かけたりする。そのとき選んでもらったもので身を固める必要がある。
私はピンク色の小さな石がついた銀のクロスのイヤリングに目を落とす。
あー、リアルでこれ欲しいっ。お値段は6000円。
うーん、最近バイトをしていないので、とても買えそうにない。
じっと見つめていたらお兄様が気づいたようで、「これがいいの?」と訪ねてくる。
凰華にはちょっと物足りないデザインであり低価格(私にとっては高いよ!)だったので、お兄様が目を止めなかったものだ。
「では、これとさっき選んだやつをもらおう」
お兄様がひょいっと私が見つめていたイヤリングを店員さんに渡す。
買ってもらってよかったのかな?とお会計をするお兄様を見つめていたときに突然、アナウンスが流れた。
ブーブーブーブー。
『特別クエストが発生!「デーモンズパーティ」』
特別クエスト?緊急じゃないのか。びくりと緊急かと思って身をすくめた私は空中に浮かぶ文字を目で追う。
『先程ゲーム開始から累計30匹の異界悪魔が倒されました。これにより特別クエストが発生いたしました。現在ログイン中のプレイヤー全員を特別イベント用ステージに転送致します。』
アナウンスがそういった瞬間、足元にぽっかりと大きな黒い穴が出現する。
「なにこれっ!きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
私はそのまま穴に吸い込まれ、落ちていく。
落ちる、落ちる、落ちる。凄まじい勢いで下に向かって落ちていく。
最初は叫んでいたが声が出ない。周りは漆黒の闇に包まれ景色が流れないので、本当に落ちているのかすらわからなくなる。私はぐったりとそのまま意識を手放した。
■ 黒崎side ■
今日予定していた用事が思いのほかすんなりと終わったので、ゲームにログインするがすでに凰華は買い物に出かけた後だった。
いまから追いかけることも考えたが、久々に武器の整備と補充に出かけることにした。
もともとの武器は紗枝木グループから横流ししてもらったものだが、異界悪魔用にとある武器屋でカスタマイズしたものだ。
武器屋に行くときに使うバイクを駆り、俺は代々木へと向かう。
すこしさびれた商店街の近くのコインパーキングにバイクを止め、目的の金物屋の前で足を止める。
『金物屋 武井』
古びた看板わきにはいろいろな種類の鍋が乱雑に積み上げられている。
店の中に入る通路にはみ出したのこぎりをひょいとよける。相変わらず邪魔な商品配置だ。
人気のない店の奥のカウンターには眠そうに欠伸をしながら、漫画雑誌を読んでいる店主がいる。
相変わらずぼさぼさの頭に洗濯していなさそうな小汚いTシャツ姿だ。
ひょろりと細長い体の店主が俺に気が付きぴくりと顔を上げる。
「なんだ、珍しく客かと思えばあんたか」
少し落胆したように店主が俺を見上げる。
「俺も客だが?」
「表のお客かと思ったってことだよ。表の商売はさーっぱり売れねぇ。いやになっちまうぜ。やっぱり量販店には敵わないよなぁ」
男はがっくりと首を落とす。
「それ以前の問題だ。誰がこんな薄汚れた店で物を買う馬鹿がいるか。掃除くらいたまにしろ」
俺はうっすらとほこりが積もった大量にスプーンが入った箱をじろりと眺める。
「掃除嫌いなんだよな。どこかに可愛いメイドちゃんが落ちてないかなぁ……。あなたのために尽くします。もちろん無料奉仕で!みたいな」
両手をがっしりと組み合わせ、店主はどこか夢の世界に入り込んだようだ。
「御託はいいから、今日はこの銃のメンテナンスと以前頼んだ銃の引き取りにきた」
俺は銀色のアタッシュケースから銃を2丁取り出し、カウンターの上にのせる。
「相変わらずノリが悪い男だねぇ。そんなんじゃ見たくれがいいからってもてないぞ。なんならアキバのメイドカフェに連れて行ってやるぞ。猫耳萌え~でにゃんにゃんにゃん♪」
店主は俺が置いた銃にも目もくれず、両手を丸めて顔の両側でくいくいと動かし猫のポーズをとる。
正直気色悪い。
俺はカウンターに置いた銃を一つ持ち上げると、首を傾げ猫のまねをしている店主の眉間に銃身を押し当てる。
「いい加減にしろ」
「クールビューティの演技?俺としちゃぁ、できればツンデレのほうが好きなんだよな。ハイハイ、せっかちさんだよね」
店主は突きつけられた銃を手でつかみ、渋々とカウンターの下から道具を取り出す。
ドライバー一本であっという間に銃が解体されていく。皮の布を取り出し、ところどころを綺麗に拭うとすぐに銃を組み立てる。解体から組み立てまでおよそ30秒。何度見ても鮮やかな手つきだ。
性格はどうしょうもないが、腕だけは相変わらずいい。
「自己メンテもしっかりやってるようだし、扱いも乱雑じゃない。ほとんど問題ないね。この前なんか俺が作ってやった刀を、ぽきっと折ってきたプレイヤーがいたんだぜ。異界悪魔ごときで折れるわけないのに、まったくなにやったんだか」
ブツブツと文句を言いながら2丁目の銃のメンテを店主は終える。
この男は鍛冶師のスキルを持つプレイヤーだ。
俺たちとは異なり生産職を選んだプレイヤーは生産などを行うと経験値が貯まる。
Lv15以上でNPCが営んでいる異界悪魔と戦う上での武器屋や道具屋にアクセスできるようになるが、NPCの生産する武器は普通のゲームと同じで大したものは置いていない。
NPCの店に張り出していた広告でこの男の存在を俺は知ったわけだが、こいつはあらゆる武器の生産ができるユニークプレイヤーだ。この日本エリアでは一番の職人だろう。
「そんで、これが頼まれてた銃だ。威力はいままでの2倍は出る。反動がでかいから気を付けろよ」
ごとりとカウンターからまっ黒な銃を2丁取り出す。銃身はおよそ40センチほど。オートマで最大6発を連続射出可能だ。
俺はその銃を受け取り両手で構える。いつもより若干重く感じるが、特に問題はない。
「反動を気にするなら、こいつを使えば少しは和らぐ。皮細工師のめぇめぇちゃん作だ。なんとStr<力>とVit<生命力>が上がっちゃう素晴らしい手袋さ♪
そして最後に、俺様渾身作の氷の銃弾12個セット。当たった奴を一瞬氷化させる優れものだぜ。実験では1秒は止まることを確認済み。こいつで止めてる間に、相手の心臓に狙い撃ちさ♪
銃のメンテ、最新の銃「黒狼」とこれだけのセットでお値段ずばり150万ぽっきり。なんてお手軽すぎるぅ~~♪こんな良心的な武器屋は見たことがあるだろうか、いやない!」
バンバンとカウンターを叩きながら店主は興奮したように叫ぶ。
どこが安いのかさっぱりわからないが、氷の銃弾は使えそうだ。俺は先ほどメンテしてもらった銀色の銃に氷の銃弾を詰める。
「払いはいつもの口座振り込みでいいんだな?」
「あ、今回は現金でくれ。どうせすぐ振り込むんだろ?さっき話してて猫カフェ行きたくなっちまった。お前もいく?」
俺は無言で、スーツの内側から現金が入った袋を取り出す。一応現金で200万持ってきていた。
「俺が数える~」
店主は素早く俺から袋を奪うと、楽しげに札束を数えはじめる。
俺は新しい銃を上着の中のホルスターにしまい、一度考えてから片方を例の氷の銃弾が入った銃に取り換える。
「はい。150万もらいました。おつりは50万。いやぁ、俺いい仕事した。さすが俺」
ニヤニヤと笑う店主から残りの金を受け取り、俺は無言できびをかえす。
その時だ。いつもの警告音が鳴り響いたのは。
ブーブーブーブー。
『特別クエストが発生!「デーモンズパーティ」』
「え?特別クエスト?まじで?俺にゃんにゃんカフェに!」
背後から店主の叫び声が聞こえる。
『先程ゲーム開始から累計30匹の異界悪魔が倒されました。これにより特別クエストが発生いたしました。現在ログイン中のプレイヤー全員を特別イベント用ステージに転送致します。』
足元に突然黒い穴が開き、俺はその穴に吸い込まれる。
俺はすぐに、しっかりと手に銀色のアタッシュケースを握っていることを確認する。
下から噴き上げてくる風が顔にあたって痛い。凄まじい勢いで落下していくが、周囲は真っ暗でなにも見えない。
いや、近くに店主がいて「ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」とデカい声で喚いている。
20秒ほどたった頃に、ようやく光が見えてきた。
唐突に急下降の引力がやわらぎ、ふわりと体が浮く。
到達地点はピンクの床だった。上を見上げると先ほどの黒い空間はなく、びっしりと巨大なクッキーに天上は覆われている。
まわりを見回すと、オレンジ色の噴水。噴水の周りにはお菓子家がぽつぽつと点在している。
どすんという音と「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」と尻もちをついた店主の叫ぶ声が聞こえる。
『全プレイヤー移動完了。これより特別クエスト「デーモンズパーティ」の説明をいたします。
ここはお菓子の国です。街の中央にお菓子のお城があります。この城に攻めてくる異界悪魔から3人の王女を守ってください。
クエスト完了までの時刻は8時間です。ここは特殊フィールドとなりますので、現実の時間との流れが異なり、現実時間は2時間となります。異界悪魔の攻撃によって死亡した場合、そのまま通常のゲーム空間に戻ります。死亡によるペナルティは発生しません。
クエスト終了時刻まで生き残った王女の数によって、その時点でこの空間にいる全プレイヤーに特別な経験値をプレゼントします。また、プレイヤーの行動を数値で計算し、上位5名プレイヤーには特別アイテムのプレゼントがあります。異界悪魔を倒す、仲間を支援するなどいろいろな行動が数値となります。
今回皆様に守っていただく王女は、女性プレイヤーからランダムに選ばせていただきました。
王女は城にある3つの塔の最上階に転移済です。
なお、このイベントに不参加の意志を持つプレイヤーはログアウトしてください。しかしながら、王女に割り当てたプレイヤーは残念ながら強制参加となります。申し訳ございません。
そのかわりに、王女に割り当てたプレイヤーは最後まで生き残った場合に、上位5名と同様に特別アイテムのプレゼントをいたします。
異界悪魔はこのお菓子の国にあわせて、通常の姿をしておりません。また、強さも通常の異界悪魔と同様のものから、それよりも弱い設定したものなど様々な異界悪魔が登場します。
くれぐれも油断なきよう健闘を祈ります。』
ぷつんとアウナウンスが途切れ、視界の済に『クエスト完了まであと08:00』という表示が出現する。
「メニュー開くと3人の王女のHPが表示されてるぜ」
店主が虚空を眺めながら俺に話しかける。どうやらメニューを開いているようだ。
正直王女という言葉に嫌な予感がする。
「オープン、メニューウィンドウ」
俺はすぐにメニューを開くとその中に凰華の名前を見つける。相変わらず不運は健在だ。
アタッシュケースから2丁の銃を取り出すと、上着のポケットに無造作にそれを詰める。
そのままケースをそこに放置し、俺は中央にある城に向かって走り出す。
「おい、置いてくなよ!」
後ろから店主の声が聞こえるが、気にしていられない。
「待ってろよ!」
俺はそうつぶやくとさらに速度上げ、城に向かった。