第63話:間話・ぽよん村の洗濯物と、空飛ぶ村長
「おい、小娘。断言するが、この村の住民どもは正気を疑うレベルで『地に足がついていない』ぞ。我の髭が、重力という大地の慈悲をドブに捨て、空飛ぶ綿毛のごとく浮かれ散らかす住人どもの無秩序な生態を捉えた。これは、重厚なる真理を重んじる我という高貴な存在を、そこらの風船と同列に扱う不敬極まる土地の兆候だ!」
沈黙の森を抜けたアルマ一行が辿り着いたのは、奇妙な名前の『ぽよん村』でした。
ここは高地から漏れ出す上昇魔力の影響で、あらゆるものの「重さ」が半分以下になってしまうという、物理法則が少々お疲れ気味な場所です。
村に入ってまずアルマたちの目に飛び込んできたのは、空を優雅に泳ぐ色とりどりの巨大な布の群れでした。
いえ、それは凧でも魔獣でもなく、ただの「洗濯物」でした。
「ちょっと、そこのお嬢ちゃんたち! ぼんやりしてると危ないよ! ほら、右から『親父の厚手シャツ』が猛スピードで飛んできてるぞ!」
「えっ? ひゃあ!?」
アルマが慌てて身をかがめると、彼女の頭上を真っ白な布が、まさに鳥のような鋭さで通り過ぎていきました。
「な、なんですか今の……! 洗濯物が自律飛行してるの!?」
「悪いねぇ。うちは今、洗濯物を乾かす時期でね。この村じゃ、服を紐で繋いで空へ『放流』して乾かすのが普通なんだよ」
苦笑いしながら、巨大な虫取り網のようなものを持って現れたのは、この村の村長であるガストンさんでした。
彼は足首に大きな「鉄の重り」をアンクレットのように装着しており、一歩歩くたびに地面が『ドスン、ドスン』と鈍い音を立てています。
「村長さん、大変そうですね。でも、あんなに高く飛ばしちゃって、後で回収できるんですか?」
アルマが空を見上げると、そこには数百枚もの服が、まるで魚の群れのように悠々と青空を回遊していました。
「ああ、夕方になれば上昇魔力が弱まるから、自然と降りてくるのさ。たまに風が強くて隣の領地まで『遠征』しちまう服もあるがね。ガハハ!」
「笑い事じゃないわよ。ほら、アルマ! ぼやぼやしてるとノアがまた浮いていっちゃうわよ!」
キャスカが叫びました。
見れば、アルマの肩の上で身を乗り出していたノアが、好奇心で身を乗り出した拍子に足を踏み外し、そのままフワフワと上空へ「浮上」を開始していました。
「フニャァァァ!? 放せ、離せ小娘! 我は今、気流の真理を読み解き、空の覇者としての第一歩を……。おのれ、誰だ! 我の尻尾に『洗濯バサミ』を付けた不届き者は!」
「あ、ごめんね猫神様! ちょうどいい『重し』になるかと思って!」
近所の子供が、空中に漂うノアの尻尾に、石の重りが付いた洗濯バサミをパチンと挟みました。
そのせいで、ノアは頭が上で尻尾が下という、なんとも情けない垂直姿勢で空中にプカプカと固定されてしまいました。
「(おのれぇ……この屈辱、真理の書に刻んでくれるわ! アルマ! 見てないでこの物理的な拘束を解除しろ! さもなくば我が、この村の重力を一時的に百倍にして全員を地面のシミにしてくれるわ!)」
「わ、わかったから、ノア、落ち着いて! 『多層シャボン・キャッチャー』!」
アルマが杖を振ると、柔らかいシャボン玉がノアを包み込み、ゆっくりと地上へ引き戻しました。
ノアはアルマの腕の中に収まると、毛を逆立ててフシューと威嚇の声を漏らしましたが、その尻尾にはまだ「ピンクの洗濯バサミ」が揺れたままです。
「(フン。命拾いしたな、村人ども。ところで村長とやら。この不便な村に、我の精神的苦痛を癒やすに足る『重厚な味覚』はあるのか?)」
「おお、猫神様。それならちょうどいい。今日は村の祭りの中日でね、『どっしりカボチャの煮付け』があるよ。この村で唯一、重力に逆らって地面にめり込むように育つ、不思議なカボチャさ」
村長に案内された広場では、村人たちが大きな鍋を囲んでいました。
不思議なことに、その鍋の中身だけは浮き上がることなく、ドッシリと鎮座しています。
「(ほう。これこそ真理。大地の重みをそのまま凝縮したような、真理の結晶ではないか。おい、アルマ。早く一皿持ってこい。それと、この村長に伝えておけ。洗濯物は、紐で繋ぐより我がシャボンで包んで天高く射出する方が効率的だとな!)」
「そんなことしたら、服が全部宇宙まで行っちゃうでしょ!!」
アルマのツッコミが響く中、一行は村人たちから振る舞われた「重いカボチャ」を頬張りました。
口に入れると、ふわふわした体が芯から安定するような、不思議な安心感が広がります。
「ふふ。なんだか、この村の人たち、不便を楽しんでるみたいだね」
アリスが微笑みながら、浮かび上がるスプーンを器用にキャッチしました。
ジャムも、ケットル先輩特製の巨大な背負い袋を「おもし」にして、村の子供たちと一緒にお手玉を楽しんでいます。
「(フン。真理とは、時として、逆らうよりも流される方が美味い場合もある、ということか)」
ノアは満足げにカボチャを咀嚼し、珍しく穏やかな顔で喉を鳴らしました。
その尻尾には、まだ子供が付けた洗濯バサミが揺れていましたが、本人はカボチャの美味さに夢中で気づいていないようでした。
本格的な風鳴りの高地への挑戦は明日から。
今夜だけは、この『ぽよん村』の心地よい不安定さに身を任せ、最弱パーティの夜は賑やかに更けていくのでした。
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