第39話:虚無の入り口、そして沈黙の守護者
「……おい、小娘。断言するが、この遺跡の入り口から漂うのは、古の英知の香りではない。……我の髭が、魔力を根こそぎ奪い取ろうとする、底なしの『飢え』を捉えたぞ。……これは、歓迎という名のツナ缶(中身は空)が、我らを丸呑みにしようと口を開けている兆候だ」
砂の民・ザイドの案内に従い、一行はついに『虚無の回廊』の入り口へと辿り着いた。
そこは、砂漠の地平にポッカリと開いた、漆黒の巨大な縦穴であった。
周囲を石造りの円柱が囲み、壁面には見たこともない幾何学模様が刻まれている。
何より異常なのは、その穴の周辺だけ、風の音さえも吸い込まれたような、完全な無音に包まれていることだった。
「……ここが、遺跡の入り口? ――なんだか、見てるだけで吸い込まれそう……」
アルマは、杖を握る手に力を込めた。
足元の砂が、穴の方へと向かって緩やかに流れている。まるで、遺跡そのものが生き物のように、周囲のあらゆるものを「摂取」しようとしているかのようだった。
「……ザイドさん、ここからは私たちの魔法で道を照らせばいいのかしら?」
キャスカが不安げに尋ねると、ザイドは首を横に振った。
「……言ったはずだ。……今のここは、目が見える者ほど迷う。……。……そして、不用意に魔力を放てば、それは『餌』となるだけだ」
「(……左様。……眼鏡が言っていた通りだな。……。……おい、アルマ。……ここから先は、魔力の『放射』ではなく、『内包』に徹しろ。……。……あ、ほら。……お出ましだぞ。……沈黙を破る、無粋な番人がな)」
ノアが毛を逆立て、穴の奥を睨みつけた。
すると、暗闇の中から、カタカタと不気味な関節音を鳴らしながら、一体の巨像が這い出してきた。
それは、砂と魔導金属が混ざり合った異形の守護者、『空ろの土塊』。
その胸部には巨大な水晶が埋め込まれており、それが周囲の魔力を吸い込んでは、鈍い光を放っている。
「……あ、あのゴーレム、私たちの魔力を吸い取ってる……!? ――杖が……勝手に魔力を持ってかれちゃう!」
ジャムが悲鳴を上げた。
ゴーレムの周囲には、目に見えるほどの魔力の「渦」が発生しており、魔法を使おうとすればするほど、術者の魔力が奪われ、相手を強化してしまうのだ。
「私の剣も……。……重い! ――魔力が吸われて、腕が痺れる……!」
キャスカが剣を構えるが、ゴーレムが放つ「吸魔の波動」により、踏ん張ることさえ困難になっていく。
「(……フン。……エリートどもなら、ここで干からびて終わりだろうが……。……アルマ! ――今こそ、貴様の『微弱』という名の優位性を見せつける時だ! ――魔力を放つな! ――ノアの重みと、貴様の熱を、シャボン玉の『内側』にだけ閉じ込めろ!)」
「……内側に、閉じ込める……! ――わかった!」
アルマは、外へ魔法を放とうとする衝動を必死に抑え込んだ。
代わりに、自分と杖、そして肩に乗るノアを包み込むように、極めて小さな、しかし密度の高いシャボン玉を展開した。
「……膨らめ、内圧のシャボン! ――外には出さない……全部、この中だけに……!」
アルマが魔力を限界まで「内側」へ凝縮させると、シャボン玉の膜が鉄球のような硬度を持ち始めた。
ゴーレムの吸引力は、シャボン玉の表面を滑るだけで、内部の魔力に触れることができない。
「(……よし、小娘! ――そのまま突っ込め! ――吸引が効かないと分かれば、あやつは物理的な攻撃に切り替える。……その瞬間に、貴様の『質量』という名の真理を、その水晶の核へ叩き込んでやれ!)」
「……いっけぇぇぇぇ!!」
アルマは、自分を包むシャボン玉ごと、ゴーレムの懐へと飛び込んだ。
驚いたゴーレムが巨大な拳を振り下ろすが、シャボン玉はそれを受け流し、逆にアルマの放った、ノアの重みを乗せた渾身の「杖の一突き」が、ゴーレムの核である水晶を貫いた。
パリンッ!! という、澄んだ音が響く。
魔力を吸い込みすぎて飽和状態だった水晶が砕け散り、ゴーレムは砂の塊へと戻っていった。
「……。……。……。……ふぅ……。……倒せ、た……?」
「……見事だ、見習い。……魔力を『与えない』ことで勝機を掴むとはな」
ザイドが、今度ははっきりと称賛の意を込めて頷いた。
「(……当然だ。……我という名の重石があれば、いかなる嵐にも流されはせん。……。……だが、アルマ。……。……ここから先は、呼吸をするだけで魔力を削られる、本当の『虚無』が待っているぞ)」
一行は、砕け散ったゴーレムの残骸を越え、真っ暗な縦穴の奥へと足を踏み入れた。
そこは、王立アカデミーの教科書にも載っていない、失われた文明の心臓部。
一歩進むごとに、彼女たちは「魔法使い」という定義を、自らの手で書き換えていくことになる
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