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「魔法使い見習いと生意気な猫」  作者: れおん
『黒猫の魔導王と、未熟な彼女たちの宣戦布告 〜王立アカデミー・立志編〜』

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第33話:エドワードの罠と、空腹の演習

「……おい、小娘。断言するが、この演習場の空気には、極めて有害な『魅惑の粒子』が混入している。……我の鼻が、国家非常事態を宣言しているぞ。……これは、面倒事という名のツナ缶(中身は空)が近づいている兆候だ」

対抗戦を目前に控えた、ある日の放課後。

特訓も佳境に入り、アルマたちと四人の後輩は、泥まみれになりながら演習場の中央で息を切らせていた。

ノアはアルマの肩の上で、毛を逆立てて周囲を警戒している。

「……もう、ノア。不吉なこと言わないでよ。……あ、でも……。……なんだか、すごく良い匂いが……しない?」

アルマが鼻をヒクつかせた、その時。

演習場の入り口から、一台の奇妙な、煙突の付いた「魔導コンロ付き屋台」を自ら牽いたエドワード先輩が、ぬるりと現れた。

「……やあ、ベルンさん。そして後輩諸君。……対抗戦前の猛特訓、感服するよ。……差し入れとして、私の新発明『全自動・薫製くんせい魔導機』で仕上げた、特製厚切りベーコンを持って来たんだが……。……おや、修行の邪魔だったかな?」

エドワードが仰々しく屋台の蓋を開けると、そこから溢れ出したのは、暴力的なまでに食欲をそそる、燻した薪の香りと、熟成された肉の脂が焼ける香りだった。

「(――グヌヌッ!? ――おのれ眼鏡! ――この、修行の疲れがピークに達した瞬間を狙って、その黄金の脂を……!)」

ノアの喉が「ゴクッ」と大きな音を立てて鳴った。

後輩のレオは「……お肉……あっちにお肉が……」とうわ言のように呟き、剣先がフラフラとエドワードの方へ吸い寄せられていく。

リリも「……美味しそう……」と頬を赤らめ、杖から小さな、しかし今まで以上に美味しそうな香りのシャボン玉をポコポコと出し始めた。

「いけませんわ、皆様! ――これは罠ですわ! ――エドワード先輩が、私たちの集中力を削ぐために……あ、でも、あのベーコンの厚み、三センチはありますわね……。……あの断面の輝き、芸術的ですわ……」

バフ担当のアリスですら、杖を「特大の菜箸」のように握り直し、涎を堪えるのに必死だ。

「……フフ、察しが良いね。……これは、対抗戦本番でも想定される『精神汚染』への耐性訓練だよ。……もし、このベーコンの誘惑を振り切り、私に一撃でも食らわせることができたら、この屋台の食材はすべて君たちのものだ」

「(……全食材だと!? ――アルマ! リリ! 今こそ修行の成果を見せろ! ――あのベーコンの香りを、貴様らの『出汁のシャボン玉』で包み隠し、無効化するのだ! ――匂いには匂いを、食欲には食欲をぶつけるのだ!)」

「わかった! ――リリちゃん、行くよ!」

「はい! ――シャボン・デリシャス・バリア!」

アルマとリリが放った大量の「濃厚出汁の香りシャボン玉」が、エドワードのベーコンの香りを包み込もうとした。

しかし、どうだろう。二つの香りが空中で混ざり合った瞬間、それは「ベーコンエッグ丼」を彷彿とさせる、より複雑で、より耐え難いほどの「究極の空腹誘発臭」へと進化してしまったのだ。

「(……ヌオオオオッ!? ――逆効果だ! ――むしろ、香りの相乗効果シナジーで、我の胃袋が爆発しそうだぁぁぁ!)」

「……フフ、計算通りだ。……食欲の化学反応。……素晴らしいデータだよ」

エドワードが、屋台の影から一缶の「最高級・ヴィンテージツナ」をシュパッ! と開けた。

その軽快な音と、立ち昇る海の宝石のような香りに、ノアの意識がホワイトアウトした。

空中で跳躍していたノアは、重力を無視してピタリと静止し、そのままエドワードの手元へと、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように落下した。

「……。……チェックメイトだ、特級検体。……空腹という名の脆弱性デバッグ、まだ克服できていないようだね。……ベルンさん、君たちの弱点は、魔法の精度ではない。……胃袋のガードが甘いことだ」

エドワードは、ノアの鼻先にツナの空き缶を突きつけ、勝利を宣言した。

演習場には、究極の香りに打ちのめされ、腹の虫を鳴らしながら倒れ伏す一同の姿があった。

「……。……完敗だよ、エドワード先輩……」

アルマがガックリと肩を落とすと、エドワードは眼鏡をクイッと上げ、冷徹かつ満足げに微笑んだ。

「……対抗戦本番では、もっと高度な料理……いや、戦術を用意しておこう。……ベルンさん、君の役割は『お世話係』ではない。……この暴走する食欲軍団を統率する、真の『調教師』になることだ」

学年対抗戦まで、あと十日。

アルマたちは、魔法の技術以前に、自分たちの「底なしの空腹」という最大の敵と戦う術を見つけなければならなかった。

夕闇の中、立ち昇るベーコンの香りは、残酷なほどにいつまでも漂い続けていた。

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