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オカルト記者三滝 自作品宣伝用外伝  作者: 焼魚圭
化のモノ ――怪奇撃退作品群(本作の投稿は2027年以降)
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3/3

呪いの家 ――第二章より

 白銀の刃が煌めく。天井から降り注ぐ灯りを跳ね返して滑らかな身体をなぞり尖りのない刃に鋭い切れ味を錯覚させる。封筒の口を押さえて隙間に入れて思い切り引いたその時、編集部の中に一人の顔が浮かび上がり表情は得意気な笑みを描き始める。取り出した紙に書かれたそれに目を通してすぐさま誰に頼るか決定を下してみせた。

「あいつに任せよう」

「ああ、漬物石だな」

 高石です、普段ならそんな指摘をする本人が今その場にいないことに落胆しつつも次の日の彼の顔を思い浮かべながら二人の編集者は黄金の液体を注いだジョッキを持ち上げ泡の喉越しを愉しみつつニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるのみ。月刊アガルタの売れ行きには到底結び付きそうにもない事は中間程度の人気を維持する彼に任せるに限る。それこそが彼らの出した結論。

「あいつなら普通に読める記事に纏めてくれそうだからな」

「良くも悪くも特徴がない事が多いってな」

 気が付けばビールは上に飾り付けていたはずの泡を失っていた。果たしてどれほどの時間放置されていたものだろうか、すっかり冷気を失ってしまったビールの飲み心地は手が伸びないといった具合。

「マズい酒だぜ」

「宅飲みで会話中心の時には缶チューハイに限るな」

 そう言いつつ一気に飲み干し梅酒の瓶を手に取る男は既に顔を真っ赤に染めている。向かいの男は昨日の三滝の発言を思い出し軽く笑いながら告げる。

「漬物石のやつ、長らく酒飲んでないんだってな」

「そもそもあいつに楽しみなんか殆どないだろ」

 常に街にて色付くオカルト以外のありとあらゆるものに対する欲望を抑えて時として振り払って生きる彼の姿は恐らく低賃金であるがために染み付いてしまった生き方なのだろう。

「ワーキングプアだったか」

「他の雑誌でも軽く記事を書いてる事あるらしいな」

「それでも生きる事しか出来ないんだ、哀れな男」

 日雇いのアルバイトを副業としているという噂まで語り、いやらしい笑みを更に歪めては彼のことを応援しているなどと心にも思っていない言葉を放つ男は調査依頼の紙が入った封筒を雑な手付きでテーブルに放り投げた。



 ただひたすら身体を動かし汗を拭う。今日一日だけの環境が身体に膨大な負担を与えているのだと身体の痛みが訴えている。日を開けて務めているだけの状態では身体が馴染んでくれない、と綴りたくてたまらない衝動に襲われるもののぐっと堪える。疲れがのしかかり重みを造り続けるものの止まることなど許されない。どこかの週刊誌の系列のネット記事に載せるべく与えられた情報を記事として周囲に見せることの出来る形に整えて編集に提出するという仕事も請け負っている。この記事には金銭としての価値など〇が三つ並んだ紙幣一枚程度のものでしかなく本来なら請け負う必要性など感じられない。

 仕事を終えて水を飲み、歩き出す。時として立ち寄る一軒の家。今日はそのチャイムを四度程鳴らす。一呼吸置いてもう一度鳴らしたその瞬間、慌てた様子でドアが開き疲れを露わにした男が顔を覗かせる。

「分かってる、入れ」

「寝てるかと思ってですね」

 目の前の男は日頃から三滝を呼び出しては睡眠を貪っている。彼は月刊アガルタにおける三滝の先輩ライターに当たる人物。手入れをしていない髪はうねりながら伸びており、ヒゲも剃っている様子が見られない。そんな彼の身だしなみの一つ一つが彼の人格を大きく反映していることが手に取るように分かってしまった。

「女々怪奇は書き進んでますか」

 訊ねられた先輩は白菜漬けとキャベツ、冷凍の焼き鳥をテーブルに置きながらノートを手渡しペンを取り出しては右手で弄んでいる。三滝がノートを開くとともに彼は口を開いてみせる。

「その通りだ」

 見るからに真っ更なページは右端に着手を開始したものと思しき日付だけが記されており、何一つ進んでいないことが窺えた。それでも数日で書き上げ提出してしまう姿が容易に想像できてしまうという不思議な気配に充ちている。

「三滝こそ週刊誌の電子号外の記事だったか、あれは書けたのか」

「今日から二日で終わらせます、それよりアガルタの心配は無いのですね」

「そっちはちゃんと出せるって信用してるからな」

 恐らく賃金が無に等しい記事について心配しているのだろう。提出遅れが信用を失墜させる第一歩になるのだと彼は語っていた。報酬が殆ど出ないにも拘らず三滝が描き続ける理由など文章を打ち込む事から遠ざかることを防ぐために過ぎない。

「それよりこの前アガルタの方から依頼あっただろ」

「今回も連携記事の方向を取られるのですか」

 三滝の調査で女と関係のある話が出てくる度に女々怪奇の題材にしようとする男がそこにいた。もしかすると自身で題材を探すことそのものが億劫に感じられるのかも知れないと想像しては軽く笑いながら食べ物をつまんで緑茶を口に含んだ。



 取材の依頼人は名を一切告げない。ただ忙しそうにバインダーに挟んだ紙と睨み合いペンを動かしながらこの家に潜む現象や噂について語るのみ。その噂の中で幾つが本物か調べる作業に幾つの日数を費やしてしまうのだろう。副業を完全週休二日制でこなしていた方が給与が上の可能性も充分にあり得る。文字数単価での計算だけでなく移動日数や旅費の事情が見えていない友人たちには分からないだろう。

「ページ毎に三千円、アガルタは四ページを基準として一万二千円、新幹線代だけで倍は飛ぶこともあるから今回は近所で助かった」

 最早始まりの時点から赤字の事もある。近所の噂が回されたのはありがたい話。そんな話が一度東京の方に向かって帰省するように三滝の元に訪れたという事実にどこか不思議を感じながら待ち続ける。

 それから数時間を経て三滝の目は遂に一つの現象を捉えることとなる。家から離れて覗き込んでいた窓に映り込んだのは黒く長い髪だろうか。青のワンピースを纏った女の姿を時間から切り取るべくカメラを構え、素早くシャッターを切った。

「お見事だ」

 男が手を叩き褒めちぎる相手は三十代半ばに差し掛かるのだと、下手したら目の前の男よりも歳上なのだと言ってしまいたくなるものの気持ちを必死に抑えて画面を確認して満足を得た。

「しかしそのカメラ少し古いな、デジタルカメラだが乾電池式か」

「このくらいの画質の方が雰囲気が出るのと電池ならその場で変えられるので。あと撮影した画像を確かめられるものをと条件を絞った結果です」

 それは間違いなく生き甲斐。報酬の額面からは得られない快感が三滝の身をくすぐっている。このまま調査を続ける事がどれ程の満足感をもたらすものか、その大きさは想像も付かない。

「どうぞ中へ」

 彼の言葉に操られるように上がり、中を見渡しながらため息をついてしまう。一生アパート暮らしとなるか先輩の家にて同居するかと言った選択を迫られるであろう三滝や一人か二人でささやかな生活を送るのが精一杯な程度の発展性のない小さな家に住み続ける先輩。二人の手が永遠に届かない大きさを誇る家は立派な構えを取っていながら部屋には家具の一つさえ置かれていないという現状が息づいていた。

「心霊現象が発生してから引っ越したものだ」

 そうした話の一つ一つをメモに書き留めていく。彼の話では恐らく十年近く前から幽霊の姿が視界の端にちらつくようになったのだという。きっかけは特に話してくれないものの心霊現象などそのようなものかと話を聞き流すのみ。三滝には荷が重い調査のように感じられてしまう。

「一番酷いのはこれだ」

 彼が指で示したそこには畳の部屋が広がっている。かつては和室に憧れを抱いていただろうか。そんな記憶が鼻腔をくすぐるい草の匂いとともに思い起こされ三滝は目を細める。その様子を見つめながら男は鼻で笑う。

「呑気な表情だ。これを見ても同じ反応が出来るか」

 男はしゃがみ込み一枚の畳を剥がす。重々しい動きとともに姿を現したそれを目にして三滝は驚愕を得た。木目の床の一部を取り囲むようにびっしりと貼り付けられた数多の紙。それぞれに墨で書かれた解読不能の記号の羅列。恐らくこの手の宗教の専門家であれば読むことが出来るのだろう御札たち。それらに囲まれた木目の中に金属の取っ手を見付けて床下収納だろうかと想像を巡らせる。

「これは呪われた地下室だ、入ってみるか」

「いいえ、やめておきます」

 即答だった。見た目が不気味なことは当然として、それ以上に嫌な予感を肌で感じずにはいられない。体の奥に通っているのか分からないがそこにありそうな芯を震わせる寒気と恐怖感を抑えることが出来ず、溢れ出る震えは彼にまで伝わってしまっているだろう。

「良い子だ」

 窓に何かが叩きつけられるような音が響いた。

「良い子だ、良い子だ、本当に」

 再び同じ音が中へと侵入し何度も繰り返し鳴り続け。家の中へと侵入してこないかと恐れつつ前を向いたその時、影に塗り潰された男の子の顔が辛うじて目に映る。満面の笑みを浮かべているものの感情は別のものを描いているように見受けられる。まるで笑っていることを強要されているかのよう。

「彼はもういない、彼女もいない、二人とも亡くなってしまったのだから二人とも落ち着いて」

 いつの間にか子どもの姿は消えてガラスには何かを引きずったような赤黒い跡だけが残されていた。

 その後は彼自身に訊ねるしかなかった。彼は穏やかな口調で父と母が二人の子どもを儀式の生け贄にしたということともしかすると男の子はどこかに埋められているかも知れないことを告げる。加えて話したことによればこの手の雑誌で特集が組まれれば目を付けた退魔師たちが解決すべく動き出してくれるのではないかと言った期待をしているという。実際彼は既に四名ほどの退魔師と連絡を取り現地調査に赴いてくれたものの誰もが手に負えないと言って去ってしまったのだという。

 全てを書き留め家に帰って記事にまとめ始める。三滝には決して対処の出来ない世界の話ではあったものの事実として知らせることでいつの日か相応の実力の持ち主が解決すべく駆けつけてくれることを祈り、記事を編集部へと送信した。

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