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大河の怪蛇、そして炎の轟き

翌朝、五人の旅支度が整うころには、シカリの村じゅうが小さな蜂の巣のような騒ぎになっていた。今回の探索には加わらない二人――アクア・フェイの王子タイドと、ジオ・フェイの王子シルヴァン――は早々に見送りを済ませ、客人の天幕へと戻っていく。カイラは薬粉や煎じ薬、治療草を詰め込んだ背嚢を背負い、アストラは食糧と水をぎっしり詰めた荷を担いだ。


フロスト・フェイの領へ至る道は、古くから難路で知られている。山地の奥深くに盆地が隠されているため、行程は段階を踏む。第一にキタニの森を抜け、第二に不毛の平原を横断し、第三に大陸最大にして最も荒れ狂うメイルストローム川を渡り、第四に山をよじ登って氷の谷へ入る――。


フロストの王子カエルが落ち着きなく飛び回っては手伝えることを探しているのに対し、モルガナとジャレクはいつも通り寡黙で不穏な静けさを纏っている。やがてマイロが手を上げ、周囲を鎮めた。


「モルガナ、ジャレク、カエル、アストラ、カイラ」老長は厳かに告げる。「この任務は危険だ。相手は軍勢かもしれない。こちらは五人だけだということを忘れるな。――これは偵察、すなわち秘匿任務。やるべきは“出現しているデーモンの種類を特定し、無事に戻る”――それだけだ。余計なことは一切するな。情報を掴んだら、できるだけ早く帰還せよ。幸運を祈る」


深く一礼すると、モルガナが真っ先に森の闇へ滑り込み、ジャレクとアストラが続く。殿はカエルとカイラだ。


森抜けは滞りなく終わった。不思議なことに、ふだん森を悩ませるデーモンの影すら見えない。先頭は炎で息苦しい闇を切り裂くモルガナ、平原へ出ると、道を最もよく知るはずのカエルが先導を買って出た。


「――武器を抜きなさい」モルガナが右手の方角へ視線を止めたまま、静かに言う。


「え? どうして?」カエルが戸惑う。


「アッシュボーンの群れが来るからよ」


彼女の言葉と同時に一同が右を振り向くと、デーモンの大群が土煙を巻き上げ一直線に突進してくる。カイラは一瞬で拳を構え、アストラは大剣のフックを外して両手で柄を締め、カエルは杖を掲げて群れに狙いを定めた。だがモルガナもジャレクも、武器を呼び出す気配がない。モルガナは薄く笑んだだけだ。


「何してるの!」カエルが思わず叫ぶ。


「下がって」彼女の笑みは深まるばかり。囁くように言った。「ここは私がやる」


「無茶だ、数が――」アストラが声を上げる。


モルガナはくるりと彼へ顔を返し、淡々と告げた。「この程度で“多すぎる”なら、私たちは本当に困ることになるわ」誰かが言葉を継ぐより早く、彼女は群れへ向けて一歩踏み出した。


アッシュボーンが距離を詰める。モルガナは目を閉じ、くすりと笑う。焦燥の色が強まるなか、彼女の瞼がふっと開いた。スペインオレンジの瞳に、鮮烈な深紅の光が宿る。掌を横一文字に払うと、火花のひとすじが群れへ走った。


「――ボン」


静かな囁きと同時に、火花は爆ぜ、群れのデーモンは一体残らず魔炎に包まれる。次の瞬間にはすべてが灰の記憶へと変わっていた。モルガナはスカーフを整え、涼やかな笑みを崩さず振り返る。三人は駆け寄った。


「すごい!」カイラが歓声を上げる。


「当然でしょ。私を甘く見ないことね」モルガナは氷の笑みのまま言い、ジャレクは憚りなく許嫁を称えるような笑顔を向けた。一行はそのまま進軍を再開した。


午後も遅く、彼らはメイルストローム川へと到達した。アストラとカイラの腹がそろって鳴る。


「ここで食べていこうよ」カイラが提案する。アストラとカエルもうなずいた。


「川を渡る前に休むのは良い考えだ」カエルが賛同し、二人へ向き直る。「二人は、泳ぎは得意か?」


二人はうなずく――が、アストラが白く泡立つ急流を見つめて生唾を飲む。「……これ相手じゃ、自信ないかも」


「普通は無理だ」カエルもうなずく。「必要なら一人は私が運べる」翼を一度はためかせて見せる。「私はもちろん飛んで渡る」


「それが賢明かもね」カイラが苦笑する。「こうして見ると、私も無理」


モルガナは三人をひととおり眺め、「氷坊や、あなたはカイラを運びなさい。軽いから。――ジャレク、あなたはアストラを」淡々と割り振った。


「僕が非力だと言いたいのかい?」カエルがむっとする。


モルガナはため息をひとつ。「違うわ。ジャレクのほうが、あなたより力があるって言ってるの」


「はい、討論終わり」カイラはカエルの口に林檎を押し込み、「食べる」ときっぱり。カエルは林檎をもごもごさせながら席に着き、アストラと並んで糧食をとった。ジャレクとモルガナは大きな岩の上に腰を下ろし、時折周囲を見回しながら口を動かす。モルガナの湖面を射る眼差しは、アストラがこれまで見たどの視線よりも冷ややかだった。


(彼女、どうしたんだ?)アストラが小声でカイラに問う。


カイラは肩をすくめ、カエルが前に身を乗り出す。「彼女、パイロ・フェイだって忘れた? 落ちれば低体温か、最悪溺れる。でも心配はいらない。川は飛べばいい」そう言って彼女の視線を追い、湖面を見据える。「……ん?」


モルガナがばね仕掛けのように立ち上がった。「水の中に“何か”がいる」落ち着きながらも警戒を滲ませ、深みを凝視する。


カイラとアストラも跳ね起き、目を凝らす。確かに“何か”がいる――しかも巨大だ。激流の下に、黒々とした影が横たわっている。


「渡る場所を変えたほうがいい!」モルガナが視線を湖面に固定したまま叫ぶ。


「賛成だ!」カエルも即答。四人が川沿いを駆け出したまさにその時、水面を割って巨躯が躍り出た。しなやかな蛇首に、ぎっしり並んだ凶悪な歯列――海蛇の類だ。水飛沫が激しく弾け、嘶くような声を上げる。


氷水を浴び、モルガナが低く唸って地面に転がる。触れた水は彼女の肌でジュウと音を立て、白い蒸気に変わった。ジャレクは雷槍を呼び出し、一瞬の溜めののち、やり投げの構えで天へ掲げる。


「――ライトニング・ボルト!」


槍が放たれ、稲光が川面へ奔る。衝撃を喰らった海蛇はのたうち、直撃をかろうじて避けて深みに沈む。ジャレクはすぐさまモルガナを引き起こし、二人は川辺を駆ける。


「急いで!」モルガナは皆の先頭に躍り出、ジャレクがぴたりと背に付く。


カエルは走りから滑らかに飛翔へ移ると、振り返ってアストラとカイラに声をかける。「ついて来られる?」二人は苦笑いでうなずいた。高く加速したカエルの後を、アストラとカイラは全力で追う。


しばらく川沿いを疾走すると、先行していた二人のフェイが降り立っているのが見えた。モルガナは川から十分離れた草地に腰を下ろし、腕の火傷を押さえている。ジャレクは彼女の前に立ち、海を睨み据える。三人も駆け寄って膝をついた。


「大丈夫?」カエルが眉を寄せて問う。


モルガナは短く唸り、間を置いてから顔を上げる。「あれが追いつく前に、今のうちに渡るべきね」別の方角へ目を向けながら言った。


「本当に平気?」カイラが心配げに問う。


モルガナは硬い所作で立ち上がる。「川を飛び越えるくらい、問題ないわ。――行くわよ」


カエルはカイラを抱え、轟々たる流れの上へ舞い上がる。ジャレクはアストラの脇の下に腕を差し入れて抱え上げ、後に続いた。四人は無事、対岸へと降り立つ。

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