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五人の旅立ちとメイルストロム渡河

陽は地平線の向こうへ沈み、森の梢が黒い縁取りのように浮かび上がる。マイロとエイロはその樹列を注視していた。隣の天幕の中では、アストラとカイラがカエルと談笑している。フロスト・フェイの王子は見た目こそ若いが、実のところ一五世紀を生きている。アクア・フェイの王からは、今夜のフェイ評議に使節を送る旨がすでにマイロ宛ての書簡で確かめられていた。


そのとき、緑の肌に茶の装いをしたフェイが、気配もなく近づいてきた。見張りに集中していたマイロとエイロは気づかず、来訪者が焚き火の光輪に踏み入って、ようやく二人は振り向く。


「ご機嫌……」エイロは相手を一目見て言葉を区切った。どう見ても、アクア・フェイではない。


「やあ! ジオ・フェイの王子、シルヴァンだ。よろしくな!」にかっと顔いっぱいに笑みを割り広げ、シルヴァンはエイロの手をわしづかみにしてぶんぶんと振った。


「え、ええ、私はエイロ……」興奮の震動の合間を縫って、なんとか名乗る。


「会えて光栄!」王子は上機嫌で叫んだ。


マイロが一歩前へ出て、握手に備えつつ名乗る。「こんばんは、シルヴァン王子。私はキタニの長、マイロ・ウルフシーンだ」


「お目にかかれて嬉しいです、長殿!」シルヴァンは破顔する。マイロはそのまま彼を村の奥へ案内した。


「さあ、腹も減ったろう」マイロは言って、大きな食卓へ導く。


シルヴァンはうなずき、見上げて問う。「俺が一番乗りか?」


マイロは首を振る。「いや、フロスト・フェイのカエルはすでに着いている」


シルヴァンの表情はいっそう輝いた。「カエルも?!」声に喜びが弾む。フェイの王子同士、同志的に通じ合っているのだろう、とマイロはうなずく。「ああ。来訪を伝えてこよう」


マイロはカエルとカイラ、アストラが話している天幕へ向かい、シルヴァンは卓で待つ。間もなく、カエルがはねるように天幕から飛び出し、二人のフェイ王子は上下にふわりと浮かびながら英語めいた響きの早口で親しげに言葉を交わした。カイラとアストラも卓へ続く。


「紹介するよ、シルヴァン。こっちはカイラとアストラ」カエルが取り持つ。アストラは簡素に会釈し、カイラは元気よく手を振り、シルヴァンは満面の笑みを返した。「シルヴァンはジオ・フェイの王子だ」さらにカエルが添える。新参のフェイは若草色の肌に純粋な薄緑の翅、草色の髪。茶のパンツにタンクトップ、森を忍ぶための軟底の黒い靴を履いている。


やがてマイロが、もう一人の若いフェイを伴って戻ってきた。淡いセルリアンの翅、群青の髪、頁岩のような青灰の肌。袖口が尖って黒縁どりの、青紫の短袖上衣に濃紫のパンツ、軟底の黒い靴を合わせている。


「タイド!」カエルが弾む声を上げる。三人のフェイ王子はどうやら旧知の間柄らしく、嬉々として上下に舞う。カエルはカイラとアストラへ向き直る。「タイドだ、カイラ、アストラ。こちらはカイラとアストラ、タイド」手際よく紹介し、「俺、きまり悪いよ! 君の都へ向かう途中で、道に迷ってここへ来ちゃってさ!」と叫ぶ。


タイドは笑って、「ずいぶん東へ逸れたね」と応じる。陽気な気配は伝染する。タイドの笑いに、周りもつられて和む。


カイラは卓を指して、「ほら、食べて」と促す。一行は楽しく皿を満たした。


食も進んだころ、タイドの声がふと翳る。「カエル……フロスト領が襲われているって、本当か?」箸を止めたカエルに向けて問う。


「詳しい話は、評議の場で話すよ」カエルは低く答えた。


「評議は、いつ?」シルヴァンが尋ねる。


カエルは苦笑して、頬を染める。「さあね! マイロ殿が『今だ』と言えば、だと思う」他の二人も笑い、場が和む。


唐突に、タイドが身震いした。「どうした?」カエルが目を向ける。


「空気に、電荷が走った」タイドは囁く。


「――当然だ」新しい声が割って入った。単調に抑えた響きで、他の若いフェイたちよりも一段深い。皆が振り向くと、長身で不穏な雰囲気を纏うフェイが歩み寄ってくる。クリームにわずかな黄を落とした肌。髪は光を帯びた黄で逆立ち、前髪だけが淡く垂れて目元を半ば隠す。蜻蛉の翅は眩い電光色に輝き、スペインオレンジの瞳の周りには電火の火花が走る。膝下まで前後に垂れた長い上衣は電光黄の帯で締められ、同色のボトムは裾が広がって黒のブーツに差し込まれている。


今度はシルヴァンが紹介役を買って出た。「ストーム・フェイの王子、ジャレクだ。こちらはタイド王子、カエル王子、アストラ、カイラ」言い終えると、シルヴァンはにっと笑う。


ジャレクは二人のフェイ王子へは片頬で笑ってみせ、アストラとカイラへは最小限のうなずきを返した。


「お会いできて……光栄です、ジャレク王子」タイドはきっぱりと述べる。


アストラには、タイドと気怠げなジャレクの間に剥き出しの敵意しか見えなかった。カイラは彼の戸惑いを感じ取って、そっと肘でつつく。身を傾けると、耳元で囁きが落ちる。「タイドはアクア、ジャレクはストーム。属性的に相剋なの。相性ではジャレクが有利」


アストラはなるほどとうなずく。


「でも、シルヴァンはジオだから、雷の影響は受けにくい。だから二人は組みやすいってわけ」カイラは続ける。アストラは再びうなずいた。こうした初歩の相関こそ、これから覚えておくべき基礎だ、と悟る。


ジャレクはシルヴァンの勧める食事に丁寧に、しかしきっぱりと首を振った。日はとうに没し、ジャングルはすっかり黒い。そこへマイロとエイロが合流する。


「第五の陣営は、使者を寄越さなかったようだな……」エイロがため息をつく。


カエルは落胆を隠せず周りを見る。「パイロ・フェイは来ない――」言いかけたところで、ジャレクが遮った。


「やっと来たか!」ジャレクが声を上げる。


その瞬間、アストラは空き地が一段と明るくなり、森の空気がぐっと熱を帯びたのを感じた。そこに現れたのは、深紅の衣に猩々緋の縁取りを施したフェイ。前後に長い裾はジャレクの上衣と似た仕立てだ。床に届きそうな厚い緋のスカーフ、黒のレギンスに深紅のブーツ。スペインオレンジの瞳、柔らかな桃色の肌。顔を縁取る深紅の前髪と、顎の下まで伸びてとがった耳をかすめる同色の房。蜻蛉の翅は鮮やかなカルミンの赤、残る真紅の髪はゆるく編み上げられている。内側から火に照らされたように、彼女自身が発光しているかのようだ。


ジャレクは得意げにその隣へ舞い寄り、そっと腕を取って名乗った。「紹介しよう。パイロ・フェイの王女、モルガナ――そして、私の許嫁だ」


(王女? 許嫁?)アストラは一瞬戸惑う。長衣が巧みに体の線を隠しているが、目を凝らせば、モルガナが女性――いや、凛とした大人の女であることは明らかだ。フェイは総じて中性的だが、彼は慌てて視線を彼女の無表情の顔へ引き上げる。モルガナは周囲を、苛立ちを押し殺した忍耐の眼差しで見渡していた。口元は細く引き結ばれている。


「助力を決めてくれたのか!」カエルが笑顔で叫ぶ。


モルガナはゆるやかに、しかし燃えるような眼差しをカエルへ向けた。「まだ何も決めていないわ」女にしては低く、よく通る落ち着いた声。「ここへ来た本当の理由は、ただジャレクの強い要請。フロスト・フェイを助けるかどうかは、まだ白紙」声は静かだが揺るがない。


気まずい沈黙を、エイロが笑顔で破った。


「では、評議を始めようか」エイロが提案する。


カイラとアストラが顔を上げる。「私たちも入っていいの?」丸い大きな瞳が問う。


エイロはフェイたちを評議の天幕へと先導しかけてから、ゆっくり振り返った。「……いいだろう。おいで、カイラ、アストラ」ニヤリと笑って、「みんな、こっちだ」と手で招く。最大の天幕に入ると、すでにマイロが席に着いている。円形の幕内、椅子は外周に沿って並べられ、人数分きっかりある。マイロに続き、エイロ、カイラ、アストラ、カエル、タイド、シルヴァン、そして最後にジャレク。最後に、モルガナがマイロとジャレクの間に腰を下ろした。


マイロが立ち上がり、口を開く。


「諸君、深刻な事情のもとに集まってもらった」狼の眼も人の眼も、どちらにも憂色が翳る。「この件に関しては、私よりカエルのほうが詳しい。まずは彼に話してもらおう」マイロは着座し、カエルへと手を向けた。


カエルは一瞬立ち上がりかけたが、長くなるのを見越して座したままにし、深く息を吸って語り始めた。「ここ数週間、我らフロスト・フェイは攻撃に晒されている。デーモンが大群で押し寄せてくる。私たちだけでは捌き切れない。だから、どうか力を貸してほしい」幕内を見渡し、言葉を継ごうとしたとき、鋭い鼻息が割り込んだ。腕を組んだモルガナだ。ジャレクは口元に笑みを浮かべ、くくっと笑う。


「続けて」モルガナが促す。


カエルはもう一度息を整える。「キタニはすでに助力を誓ってくれた。だが、それでもこの巨大な軍勢を相手にするには戦力が足りない。だからこそ、友であり同胞である皆に呼びかけた。お願いだ。手を貸してくれるか」


「カエル、数は?」タイドが肘掛けに身を預けて問う。


「数え切れない。日が傾くころ、地平に黒い帯が現れ、それが絶え間なく膨らんでいった。――終わりが見えなかった」カエルの声に、幕内にさざ波のようなざわめきが広がる。


今度はモルガナが声を上げた。細い黒眉の下でスペインオレンジの瞳が鋭く光る。「どんな種類のデーモン?」


カエルは言葉に詰まる。「……わからない」低く呟くしかなかった。


モルガナは半歩身を引き、疑義を隠さず首を傾げる。「わからない?」ささやきが一段と高まる。彼女はジャレクと目を合わせ、驚きと懐疑を共有した。「つまり、手探りのまま戦えというの?」脚を組み替え、椅子に体を預け直す。「いいわ。仮にうちの軍が“水”に弱いデーモンばかりと正面衝突したらどうなる? ――軍は壊滅。国も、人も、焼け野原よ」身を反らし、「愚か者かしら?」と一喝する。「私は、敵の内訳が判明するまで、兵を出さない」


ジャレクもうなずく。「モルガナ王女の言う通りだ。闇雲な戦いは破滅の近道だ」ふうと息を吐き、モルガナに横目を送りながら低く言い足す。「ストーム・フェイは、この条件では同意できない」


シルヴァンは苦い顔をする。「二人の言い分はもっともだ……もし“炎”に強いデーモンばかりなら、ジオは一瞬で瓦解する」呻くように続け、「だからこそ、何に相対するのか知りたい」と正直に言った。


カエルの胸に不安がよぎる。キタニは非元素の民だからこそ、そうした懸念を共有しない――だが、フェイの連合を得るには、情報が要る。タイドに向き直ると、相手は痛ましげに目を伏せた。「すまない、カエル……でも、今は無理だ」タイドは囁く。


そのとき、アストラの脳裏の奥で灯がともる。ひと呼吸置いてから、咳払いをした。マイロがこちらを向く。


「言いたいことがあるのか、アストラ?」マイロが促す。


アストラはうなずき、円座をぐるりと見渡した。「――もし、相手のデーモンの種類がわかったら……助けてくれるか?」モルガナは小声で「相剋でないなら」と付け加えたが、他のフェイはうなずく。ジャレクも同意して小さく笑った。


「だったら、見に行けばいい。何が来ているのか、確かめに」アストラが提案すると、視線が一斉に集まる。


「志願するのか、アストラ?」マイロは笑みを含ませて問う。


短い沈黙ののち、アストラはキタニの長へ向き直って頷いた。「ああ。俺が行く」


カイラが肩を軽く叩く。「私も!」満面の笑みで名乗りを上げた。


アストラはちらと彼女を見て笑い、すぐにマイロへ向き直る。


「私も行く」カエルがうなずいた。「言うまでもなかったな。皆が私の民の背を支えてくれている。王子である私が、力を尽くさずにどうする」マイロは満足げにうなずく。


同意の輪を見回しながら、モルガナは一拍の沈黙を置き、急に吐き捨てた。「これが何に見えているの、あななたちには? 人間の子ども二人と、小柄なフェイを“戦場”に送り込む気?」


カエルは侮辱に言葉を失う。


「自殺行為よ」モルガナは椅子にもたれ、鼻で笑った。「時間の無駄でもある」


やっと声を取り戻したカエルが、怒りを抑え切れずに言い返す。「子ども呼ばわり、か?」


「いいえ。『小さい』って言ってるの」モルガナは低く返す。


「失礼な!」カエルは思わず叫んだ。

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