頂へ――見下ろすは無数の軍勢
「――あの人は、いつになったら止まるんだ?!」カエルが苛立ちを隠さず呻いた。
ジャレクは振り返って三人を見やり、口元をゆるめる。「止まらないみたいだな?」と笑う。「長い付き合いだけど、あいつが足を止めるのは、ほとんど死にかけた時くらいだ」そう言うと、翼をひと打ちして前へ出、モルガナの肩にそっと手を置いて歩調を緩めさせた。やがてモルガナとジャレクは引き返し、アストラ・カイラ・カエルの三人が作った小さな半円に戻ってくる。
「日が落ちるまで待ってから進むわ」モルガナは理詰めに言った。「太陽が容赦なく照りつけないぶん、あなたたちには幾分か楽になる」
カエルは彼女を正面から見据える。「日没だって? そんな余裕はない!」呼吸を荒げながら叫ぶ。
モルガナは烈しい眼光を向けた。その熱気の中でも、カエルの背に悪寒が走る。「このままじゃ動けない。死んだら、君は民の役に立てない」低く脅すような声。カエルは理を認め、小さく頷いて黙り込んだ。モルガナとジャレクは地面に腰を下ろし、膝を組む。
アストラはこの隙に水を回収し、たっぷりした水筒から皆の椀に注いで配った。カエルはありがたく飲み干し、いくらか顔色が戻る。カイラもアストラに続いて喉を潤すが、さすがにカエルほどの勢いではない。モルガナとジャレクは少量ずつ、ゆっくりと時間をかけて口に含んだ。
「この休憩を最大限に使って、眠りなさい」モルガナは手短に指示を重ねる。「山頂に着いたら、まとまった休息はもう取れない」三人が顔を見合わせると、「見張りは私とジャレクで交代する。あなたたちは今のうちに寝て」と畳みかけた。
「全員で交代制にすべきだ」アストラが反論する。
「あなたたちも寝なきゃ」カイラが頷き、カエルも同意した。
「俺の番になったら起こしてくれ」カエルが言い、アストラとカイラはうなずく。
モルガナは肩をすくめただけだった。「とにかく寝て」もう一度言い渡す。三人は岩の寝台にできるだけ身を馴染ませ、ほどなく眠りに落ちた。
「最初の見張りは私がやる」モルガナ。ジャレクは頷くと、脚を伸ばして大岩に背を預け、目を閉じた――瞬く間に意識が落ちたように見える。少しの間彼を見つめてから、モルガナは高い岩へ身軽に跳び、見張りに就いた。
太陽が傾き始めた頃、アストラは目を覚ました。そっと身を起こし、周囲を確かめる。カエルもカイラも寝息を立てている。――どうやら交代は回ってこなかったらしい。視線を巡らせると、ジャレクは眼を開けて周囲に気を配っていた。先ほどと同じように脚を投げ出し大岩に寄りかかっているが、片腕には眠るモルガナ。彼女は膝を折って身を預け、指先でジャレクの上衣を軽くつまんでいる。緩んだ表情、温かい色合い、無防備な安らぎ――絵画にそのまま切り取りたい光景だった。
ジャレクはアストラに気づくと微笑み、「――おはよう」と小声で告げた。
アストラも頷き返す。ジャレクはモルガナの肩をやさしく圧した。「行くぞ」低く呼びかける。彼女はすぐに瞼を上げ、胸元の布を離した。名残惜しげな光を一瞬だけ宿しつつ、ジャレクは腕をほどく。続けて彼は、自然とよく通る低い声で、「起きろ、出発だ!」と一同を叩き起こした。
弾かれたようにカイラとカエルが跳ね起きる。アストラはもう少し静かに起きられたことに内心ほっとし、立ち上がる。最初に直立したのはやはりモルガナだった。アストラとジャレクも素早く立ち、最後にカイラとカエルが眠気と戦いながら続く。
「ぐずぐずするなら、そのマントを燃やすわよ、氷の坊や。目は覚めるでしょ?」モルガナが脅す。
「起きた起きた! 脅しは要らない!」カエルは慌てて立ち上がり、大あくびを噛み殺した。
カイラは伸びをして欠伸をひとつ。アストラは彼女の背嚢を放って渡し、自分の荷も肩にかける。カイラはぎりぎりで受け止め、飛んできたことに気づきもしない。
「次は声をかけて!」と言いつつ背嚢を背負い直す。これで全員、出立の用意が整った。
アストラは肩を竦めた。「でも目は覚めたろ?」
それからまた数時間。頂の向こうから立ちのぼる不気味な輝きに背を押されるように、五人は山道を登り続けた。遠火が岩々の背に長い影を刻み、炎のゆらめきに合わせて影は形を変え、視覚と勘をからかい続ける。
やがて、山頂そのものが燃えているわけではないことは明らかになった。炎は山の向こう側で燃え上がっている。アストラは唾を飲む。――「すぐ向こうがフロストの領だ」とカエルは言っていた。あの禍々しい火は、領域がすでに落ちた証なのか? だとすれば、自分たちにできることは何もない。ここまでの旅は、すべて無駄――。
「急ぎなさい! もう頂上よ!」はるか前方のモルガナが号令を飛ばす。ジャレクでさえ、わずかに遅れがちに見えた。アストラは唸り、脚に力を込める。頂に近づくほど勾配は険しく、足場は荒れる。――「雪に覆われていたほうが、まだましだったかもな」とカエルは胸中で皮肉る。
その時、アストラの足先が岩に引っかかった。身体が仰け反り、危うく数千フィートを転げ落ちかけたが、カイラが即座に袖をつかみ、引き戻す。
「大丈夫?」息を切らしながら問う。
アストラは喉を鳴らして気を鎮める。――落ちかけるより心臓に悪いものはない。「ああ。助かった、カイラ」苦笑いをなんとか作り、「借りができたな」と言ってみせる。カイラも弱々しく笑い返し、二人はフェイの背を追う。
その刹那、モルガナの頭が鋭く跳ね上がった。ほかの者には聞こえない“何か”を捉えたかのように稜線を凝視し、翼をぼやけさせて地を離れる。数歩分の距離を一気に詰め、頂へと舞い降りた。彼女は一、二歩よろめきながら見下ろし――ぴたりと止まる。口が驚愕に開いた。
「モルガナ! 何が見える!」ジャレクが叫び、他の三人も駆け上がる。
だが、答えは不要だった。五人の視界に、同じ光景が一度に広がる。
――軍勢。




