疑念
「なあ、変だと思わないか」
問いかける声が部屋に響いた。
こじんまりとした部屋の中にはリオンとコードの二人だけだった。この部屋の主は今は外出中だ。村の外へ行くための準備をしなければならないからだ。元々、村の部外者であるリオンとコードには特段準備が必要なものがない。そのため、二人は今、部屋で暇を持て余しているというわけだ。
「何がだ」
ベットの上でくつろいでいるコードにぶっきらぼうな返事をした。
「俺を担いで歩いたからって、そんなに怒らないでくれよ。あの時は具合が悪かったんだ。しょうがないだろう」
資料室から出る時、コードは体調を崩していた。それこそ、一人で歩けないほどだ。そのため、家に帰るときにはリオンがコードを担いで歩いたのだ。しょうがないで片付けられるほど簡単な作業ではない。
「休憩を取ってから行けばよかったんだ」
「そんなに不貞腐れるなよ。そんなことよりさ。おかしいことに気がついたんだ」
「おかしいこと?」
リオンが素直に返答する。
「ハルと村長以外の、この村の住民に出会ってないんだよ」
リオンはキョトンとした顔を浮かべる。
「……それは当たり前のことなんじゃないのか。自分の村でも家の外で他の人に出会ったことなんてほとんどないし」
村の人の仕事は、ほとんどの場合、決められた領域で雪かきをすることだ。村の会合でもない限り、住民同士が外で出会うことなどめったにないのだ。
「いいや、当たり前なんかじゃないね。村の外を歩いていたら普通は誰かに出会うはずなんだよ。雪かきをしている誰かにね」
あっ、と思わず声が出た。確かにそうだ。同じ村の住民同士なら、お互いに出会うことなんてほとんどないだろう。二人が同じ場所を雪かきなんてしないからだ。しかし、村の外からやってきたのなら、そんなこと関係ない。雪かきをしている人に出会ってもおかしくないのだ。
「せっかくこの村の伝承のことについて、もっと聞こうと思ってたのになあ」
コードが残念そうな呟きに思わず苦笑する。なるほど、雪神様の話がしたかったから、村人に出会わないことに疑問を持っていたのか。実にコードらしい着眼点だ。
「またハルさんが戻ってきてから聞けばいいだろう」
リオンの言葉に、コードはチッチッチッ、と指を振る。
「分かってないなあ、リオン。こういう伝承は色んな人から聞くから面白いんだろう。それにハルさんはあんまりこの村の伝承を信じてなさそうだし」
「ハルさんは雪神様と交信ができる呪術者なんだろ。伝承を信じていないはずがないんじゃないか」
「そりゃあそうなんだけどさ。何ていうんだろうなあ。伝承の話をする時に熱が篭っていないというか、他人事みたいに喋ってる感じがするんだよなあ。あの様子は多分、自分自身でどこか疑っているというか、信じ切っていない部分があるんだと思うぜ」
「コードはなんでも鵜呑みにしすぎるんだよ」
「リオンは懐疑的すぎるんだよ。信じる心がないといつか足を掬われるぞ」
足を掬われる……か。確かにあまり他人を信用していないのかもしれない。信じられるのは自分の力だけ。そんな態度を取り続けていたら、いつか手酷い失敗をしてしまうのだろうか。
ガチャリ、と扉の開く音が部屋に響いた。二人は扉の方へ顔を向けた。
「リオンさん、コードさん。ただいま戻りました。雪神様の村へ行く準備ができましたよ。さあ、向かいましょうか」
そう言ってニッコリと笑顔を浮かべた。




