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笑う母の物語  作者: リンダ


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初ベンチ入り

第33話


ベンチの外から見えるもの


 春の大会当日。


 黒崎美鈴は、コートの中にはいなかった。


 ベンチにもいなかった。


 スタンドの端で、宗像高校のジャージを着て、ノートを膝に置いていた。


 中学時代、全国の決勝で最後の一本を決めた手。

 仲間を笑わせ、チームを全国連覇へ導いた声。


 その美鈴が、今はコートの外にいる。


 悔しくないわけがなかった。


「……悔しか」


 美鈴は小さくつぶやいた。


 だが、そこで終わらなかった。


「出られんでも、できることはある」


 そう言って、ペンを握った。


     *


 試合が始まった。


 宗像高校の先発は、3年の高城由奈、長谷川真帆、森本千春、三枝里奈、岩崎彩音。

 そして2年の早乙女美咲。


 相手は福岡県内の強豪校。


 美鈴は、ただ応援しているだけではなかった。


 相手の守備位置。

 サーブの狙い。

 攻撃の組み立て。

 宗像高校のブロック配置。

 レシーブの乱れ方。


 すべてをノートに書き込んでいく。


『相手リベロ、クロス寄り。ストレート空きやすい』

『相手3番、苦しい時はライトへ逃げる』

『宗像のブロック、2枚目の寄りが少し遅い』

『真帆先輩、里奈先輩への速攻は有効。ただし連続使用で読まれる』


 試合の流れも書いた。


『連続失点後、声が少し減る』

『高城先輩が声を出すと戻る』

『ベンチからの声が少ない時、1年も声を出すべき』


 隣に座っていた桜庭ひかりが、そっとのぞき込んだ。


「美鈴ちゃん、めっちゃ書きよる」


「見えることが多か」


「私、応援だけで精いっぱいやった」


「応援も大事たい。ばってん、外からしか見えんこともある」


     *


 第1セット終盤。


 宗像高校はリードしていた。


 だが、相手校がサーブで森本千春を避け、2年の早乙女美咲を狙い始めた。


 美咲のレシーブが少し乱れる。


 そこから相手が連続得点。


 美鈴はノートに書いた。


『相手、17点以降から美咲先輩狙い。サーブコース右奥』

『美咲先輩、前に出る一歩が遅い』

『千春先輩が少しカバーに入れば安定するかも』


 思わず声が出た。


「そこ、カバー半歩……」


 ひかりが聞く。


「何?」


「いや、今の。千春先輩が半歩寄ったら、たぶん上がる」


 次のラリー。


 森本千春が自分で判断して半歩寄った。


 美咲のレシーブが少し乱れる。


 千春が拾う。


 宗像高校がつなぎ、由奈が決める。


 美鈴は小さく拳を握った。


「やっぱり」


     *


 宗像高校は試合に勝った。


 だが、美鈴の胸には複雑なものが残っていた。


 勝ったのは嬉しい。

 でも、自分は出ていない。


 コートの中で戦ったわけではない。


 帰り道、一年生たちが集まって歩いていた。


 ひかりが言った。


「美鈴ちゃん、今日すごかったね」


「何が?」


「ノート。あれ、コーチみたいやった」


 美鈴は苦笑する。


「出られんけん、せめて見とっただけたい」


 小雪が静かに言った。


「でも、見方が普通やなかった」


 沙耶も続ける。


「うち、試合見ながら『すごい』しか思えんかった」


 美鈴は少しだけ黙った。


「出られんのは悔しか。でも、外から見たら、コートの中とは違うもんが見えた」


「違うもん?」


「流れ。空気。誰が苦しそうか。相手がどこ狙っとるか」


 美鈴は前を向いた。


「支える側も、ちゃんと戦っとるんやね」


     *


 翌日の練習。


 美鈴たちは、いつものように体育館に集まった。


 大会翌日だから軽めの練習かと思いきや、空気は少し違っていた。


 高城由奈が前に立つ。


 その隣に監督と顧問。


 長谷川真帆が、美鈴を見て少しだけ笑っていた。


 顧問が言った。


「昨日の試合について、黒崎」


「はい」


「あなたが書いたノートを見せなさい」


 美鈴は少し驚いた。


「え?」


「昨日、ずっと記録していたでしょう」


「はい……」


 ノートを渡す。


 顧問は数ページめくった。


 監督も隣で見る。


 しばらく沈黙。


 そして監督が言った。


「よく見えている」


 美鈴は目を丸くした。


「ありがとうございます」


 高城由奈が口を開いた。


「黒崎。実は、今回あんたをベンチ外にしたのは、実力不足だけが理由じゃない」


 美鈴の表情が変わる。


「どういうことですか」


 由奈は静かに言った。


「テストやった」


「テスト……?」


 長谷川真帆が続けた。


「コートの外から、どれだけ見えるか。自分が出られん悔しさの中で、チームのために何ができるか」


 美鈴は言葉を失った。


 顧問が言った。


「黒崎美鈴。あなたは将来、宗像高校の中心になる可能性がある」


 体育館が静まる。


「中心になる選手には、プレーだけでは足りない。試合全体を見る力が必要です」


 監督がノートを閉じた。


「昨日のあなたは、ベンチ外で腐らなかった。外から見て、考えて、記録した」


 美鈴の胸が熱くなる。


「じゃあ……」


 由奈がうなずいた。


「昨日の悔しさも含めて、合格たい」


     *


 美鈴は、しばらく黙っていた。


 悔しかった。


 でも、その悔しさの中で見たものが、無駄ではなかった。


 出られなかったからこそ見えたもの。


 コートの外から見える流れ。

 支える側の苦しさ。

 ベンチ外でも、チームの一部でいること。


 美鈴は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 そして顔を上げた。


「でも、次は出ます」


 高城由奈が笑った。


「その気で来なさい」


     *


 練習が始まった。


 美鈴の動きは、昨日までと少し違っていた。


 ただ自分が上手くなるためだけではない。


 周りを見る。

 声をかける。

 コートの中でも外でも、流れを読む。


 ひかりがレシーブで遅れる。


「ひかり、相手の肩だけやなくて腰も見て!」


「はい!」


 小雪がトスで迷う。


「今のは迷わんでよか!決めてから上げる!」


「分かった!」


 沙耶がミスして落ち込む。


「3秒!」


「高校でもそれ!?」


「4秒目から復活たい!」


 笑いが起きる。


 その笑いの中で、美鈴の目は真剣だった。


     *


 夜。


 美鈴は自分の部屋でノートを開いた。


『ベンチ外』

『悔しかった』

『でも、外から見えた』

『流れ、空気、狙い、支える側の苦しさ』

『将来の中心選手としてのテストだった』


 最後に、こう書いた。


『出られんでもできることはある。でも、次は出て、見える選手になる』


     *


 黒崎美鈴、高校一年。


 初めてのベンチ外。


 それは、ただの挫折ではなかった。


 コートの外から試合を見ることで、美鈴は新しい目を手に入れた。


 戦う強さだけではない。

 支える強さ。

 見る強さ。

 悔しさを腐らせず、次へ変える強さ。


 美鈴は、もう一度挑戦者になった。


 そして、ただ試合に出る選手ではなく、試合そのものを読む選手へと変わり始めていた。



次回予告


第34話「初ベンチ入り」


 ベンチ外から試合を見つめた美鈴。


 その分析力と姿勢が評価され、次の大会で初めてベンチ入りを果たす。


 しかし、ベンチ入りはゴールではない。


 出番が来るとは限らない。

 声を出し、流れを読み、先輩たちを支える。


 そんな中、試合終盤にアクシデントが発生。


「黒崎、準備」


 ついに、美鈴に高校公式戦デビューのチャンスが訪れる。


 次回、第34話「初ベンチ入り」。

 美鈴、高校のコートへ。



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