ビニントン襲撃➁
ベネディクトは咳が出たので〈感冒ポーション〉を飲みながら、作戦のおさらいを行う。
開拓拠点の道は30名の盗賊を傭兵を先行させ、変化を後方に随時報告することを徹底。
最前線の情報を受けて、〈傀儡糸〉メイフィールドを投入する。メイフィールドのスキルは、魔法の糸を発生させ、それを自在に魔力を使って操れるというものであった。
メイフィールドの〈傀儡糸〉は凡人の考えられる領域になく、魔法の糸で編んだ縫いぐるみを人のように操れる点が突出していた。
つまりは〈傀儡糸〉で編み出された縫いぐるみは、病気も飢えも感傷に左右されることなく、過酷な仕事ができるのだ。人が行くのに危険な領域まで行っても、縫いぐるみは情報を離れた主人に確実に届けるという。
更にメイフィールドは登攀の技術が高いのも評価できる。建物や壁をものともしないのは汎用性が高い。
メイフィールドを自身も斥候の能力もあるので、敵に出し抜かれることなく情報収集できるめどが立つ。
〈械画士〉キングストンは登用するタイミングが難しいようにベネディクトは思う。
スキルで筆を描いたモンスターや武器・毒を現実化し、戦局に合わせた戦いができるのが売りではあるが、活躍させられる機会は限定的だと判断する。
ただ元貴族で槍の技術が高いのでメイフィールドとジャービスの警護をさせるのが一番だと判断する。
〈蘭卉〉ジャービスも取り扱いに注意が必要だ。彼女は蘭の植物系モンスターを自在に操ることができるが、対人相手にしか活躍することが難しいと想定できる。
ジャービスの操れる植物系モンスターは基本自我がなく、複雑なことができないが、毒を散布したり、麻痺系のガスを噴射するなど多様性はなくない。
多人数にも対応できるというので陣形の中枢に配置するのが賢明だと思う。
薬学・毒物にも精通しているというのは当然プラスではあるが今回役に立つ局面はないと予想できる。
汚れるのを極端に嫌がるという性格も煩わしい。
こんなメンツで精鋭を集めたというのだから片腹痛い。軍にいた時ならただの間違いだと一蹴していただろうさ!
ベネディクトはあてがわれた部屋で、酷い蒸留酒をなめながら報告書を投げ出す。
今回のビニントン鎮圧に向け、雇い主から駒となる悪党たちの資料を受け取っていたが正直あまり参考にならない。厳しい訓練を繰り返して行ったことも、複数の大規模な任務を消化したことさえない殺し屋や盗賊などに正確性を求められない。この時点で色々終わっているのだから。
僻地に来ることを含めて何ともやる気の出ない仕事であるが、貴族に恩を売っておくことができる今回の仕事はやりきるつもりであった。
祖国ノックナリ王国の刺客はまだ来ないが時間の問題であるので、金をためて更に南下する予定なので貴族の助力が欲しいのだ。
ベネディクトは祖国で拙い指揮で侵攻作戦を混乱させ、多くの兵士を危険にさらした公爵の跡取りを大型魔法の誤爆に見せかけて葬ったことで、祖国を追われていたのである。
軍が自分をかばいきれると思っていたが不運が重なり、国を逃げる結果となり、ずっと気分が晴れないでいる。
軍人として生涯を終える気だったベネディクトに、逃亡してからの人生の展望は特にない。
あまり祖国と国交のないフダニット地方に来て、どこかで軍の士官に収まろうとしたが、ベネディクトの高い知性と実力を恐れどこもおよび腰となり、さらに予定が狂っていた。
この先、逃亡継続か、どこかの国で強引に軍を乗っ取るか。まあどちらにしてもこの仕事を終え、どこかの首都に行ってから決めればいいのは間違いない。
さっさと相手を滅ぼし、南下の計画を貴族を交えて練り上げようと考え出す。
次に恩を売る勢力はどこにすべきだろうか?
アイソラ王国での次期後継者争いと公爵領地の内乱にくちばしを突っ込むか、フダニット地方全体に侵攻する海底巨人族を討伐するか――もしくは次期皇帝争いが勃発したばかりのキャボット帝国に行ってド派手に実力を売り込もうという案が頭をよぎった。
40名で慎重に進んでいたが、開拓拠点に500メートルに近い処でようやく敵を目視でできた。
恐ろしく古臭い、全身甲冑の騎士が20人近く現れたのだ。
全身甲冑騎士は動きは緩慢であったが、冷静に襲撃者に対応して見せた。
雇われた魔法使い達に火で全身を焼かれても休むことなく動いたので、最前線は崩壊しそうになっていく。
まずは魔法で数体吹き飛ばそうか。では全員を一度後退させるか。
ベネディクトがそう考えていると、〈械画士〉キングストンが単独で甲冑騎士に襲い掛かった。
筆で描いたモノを魔法で実体化させる〈械画士〉のスキルで、どでかい大鎌を持つ巨大骸骨をキングストンが空中に描き、具現化させ動かした。
巨大骸骨が甲冑騎士を大きな手でつかみ、頭からかじろうと大口を開いた――が、黄色いカビのようなものに恐ろしい勢いで蝕まれるとやがて霧散し、消えてしまう。
キングストンはアホのように口を開いて頭を抱える。
「な、なにがあった? 嘘だろう!?」
戦いの混乱は続く。
さらにジャービスの歩く殺人蘭も色が急速に悪くなっていったのである。緑であった花軸の表面に茶色い色が広がっていったのだ。花弁にも皴が生まれる。
おまけに植物モンスターであるのに、クシャミを繰り返すような奇妙な動きをした。
「なによ! こんなこと初めて!? くっそう、蘭たち、頑張りなさい!!」
ジャービスは新たな蘭の苗を投下して、手駒を増やそうとしているが、自身の咳が酷くなりそれどころではなくなっていた。
ジャービスだけではなくここにいる者たち全員が体調不良になっていったのである。
体が重く、肺が痛く、目と鼻が腫れ、体液が流れ出していたのである。
ポーションなどをこまめに活用していたベネディクトとて例外ではない。
明らかに発熱し、関節が寒くなるように痛く、目が霞むようになっていた。
間もなく甲冑騎士は襲撃者を一人一人、殴り倒して捕獲していく。
〈傀儡糸〉メイフィールドがベネディクトに大慌てで駆け寄っていう。
「ベネディクトさん、一大事でさぁ! あの甲冑の連中、人間じゃねえんです。あっしの糸が甲冑の中に入り込んだんですが、中は空洞でありやした!」
「なんだと! しかし一体、敵はどんな攻撃をして来ているんだ? 私が今まで出会ったことのないスキルの持ち主であることは間違いがない……」
ここに来てベネディクトは最大限の警戒心を持つ。こちらの魔力を使った攻撃がかき乱され、急速に体調不良になる事態にどうしたらいいのか思いつかない。
が、軍人らしく全てが瓦解してしまう前に、ベネディクトは決断する。
「皆、撤退だ!! 全員引け! 麓まで一気に間違いなく下がるんだ!」
明瞭な声でベネディクトは断言すると、逃げられる者は下に向かって移動し始める。
キングストン、メイフィールド、ジャービスが退散し始めたがベネディクトは違った。
19年愛用している魔導書を取り出し、魔力回復ポーションを飲みながら、魔法杖で空中に印を刻む。
ベネディクト最大の魔術、〈ディザストゥラスファイア〉を開拓拠点目掛けて打ち込むと決めたのだ。
熱で震える腕と、肺の痛みに耐えながら詠唱し、できるだけの魔法共鳴・魔法増幅を行い、最大の火炎魔法を作り上げた。
間違いなくくたばるのだ!!
そう心の中でベネディクトは叫ぶと頭上に発生させた直径6メートル半の火球を勢いよく飛ばす。
370メートル離れた地が焦土と化す――そうベネディクトは確信したが、そうはならなかった。
おかしい! 急速に火球がしぼんでいっている。そもそももっと大きいものを想定していたのに火球に勢いがまるでない!
理解できないことにベネディクトが動揺していると、火球は空中でさらに勢いを失い、萎むように漂うと、誕生して17秒で完全に消滅してしまう。
「間違いなくおかしなことが起きている!? 魔法がまるで自在に行使できていない!!」
練り上げた魔法・魔力がここまで乱されることは魔法の達人のベネディクトも聞いたことも体験したこともなかった。
ベネディクトはあまりの事態にあっけに取られていたが、自分も逃げなくてはならないと考える。
こんな当たり前が通用しない場所で戦うのは無謀でしかない。
が、振り返り、足を速めたところで大きくよろける。全身のいたるところで大きな不具合が起きているのが分かった。
こんな病気の進行を聞いたことがないので、ベネディクトはこれも何者かの仕業であると断定した。
数分山を下ったところで、前のめりに倒れる。
ベネディクトは例え正規の一個師団を指揮していても、この山では全滅させていたかもしれないと想像し、改めて戦慄した。
はってでも山を下りようとすると、近くに人が立っていることに気付く。
「やはり優秀な人間は、菌の症状も出にくいんだな。いや、あなたは最高のサンプルだった。テンペランスに匹敵する怪物でした!」
そういってのんきな感じで姿を見せたのは、つばの広い帽子にポケットがたくさんついた皮外套を着たやや幼い顔の青年であった。
悪党達がゴロゴロと倒れ、もだえ苦しむ中を平然としていることから、この青年がこの状況を作ったのだとベネディクトは思う。
「お、おまえが犯人だな、間違いなく。何者なんだ?」
ベネディクトはそう声を出したつもりだったが、肺も喉もすでにまともに動いてはくれなかった。
「いや、致死性はないけど感染すればろくに活動できない菌に3つも感染しているのにみんな凄い凄い。さすがは50人以上人を殺している猛者ばかりだ。まあそんな人たちだから容赦したいとは思えないんですけどね!」
ベネディクトは青年・マルティンの言葉がよく理解できずに、意識を手放した。体が発熱で限界を迎え、気絶したのである。
マルティンは、この目の前の光景を見て大きく嘆息をつく。
無血で凶悪な敵を無効化したとはいえ、完全な防衛とは言えないと思えたのだ。
現に植物系モンスターを弱体化させるカビ・ラウンドアップカビは、今この場で作り上げた代物であったのである。
歩いて戦いに参加する植物系モンスターの対応は完全にざるであった。モンスターが拒絶する聖アホ草の花粉ともっともポピュラーなリゾクトニア属菌を掛け合わせて作り出したのだ。
襲撃者に感染させたのも、いわゆる伝染病の類ではない。
【使役・極小】で作った微生物で「疲労回復」「破損回復」「改心」を行ったのである。
感染させたのは主に3つで、バーントアウトアメーバとサイトカイン古細菌、メタノイアウィルスである。いずれもマルティンが作り上げた、自然には存在しない微生物である。
バーントアウトアメーバは、光属性の腸内微生物で本来は健康促進と免疫力向上の目的で作ろうとしたものだが、若干意図通りにはいかなかった。バーントアウトアメーバが腸内で増殖すると、疲労を一気に回復しようと体が動いてしまうのだ。バーントアウトアメーバが活性化すると、疲労が消えるまで休息状態に入るのである。
サイトカイン古細菌もほぼ同様である。ハイヒール菌とネクタルアーキアから生み出されたサイトカイン古細菌に感染すると、体の悪いところを自身の治癒力を高めて修復する現象が起こる。サイトカインは低分子タンパク質のことで、壊れたり欠けたりした細胞を修復する機能があるが、マルティンが作った菌も同様の仕事をするのだ。自己治癒力で修復すると、発熱や痛みを覚えるのでやはり正常で入れなくなる。体に悪いところがある者ほど、サイトカイン古細菌の影響で活動ができなくなるのだ。
そしてメタノイアウィルスは、他者を尊重し、規律正しい生き方をしたくなる「改心させる」微生物である。おっさんが感染すると気持ち悪くなってしまうハッピーロマンチック原虫を何とかしようとしている間に誕生したのがメタノイアウィルスで、これに感染すると悪いことをしようとすると、心身疲労が発生し活動が縮小されるのだ。
つまり三つに感染した場合、悪党のほとんどは動けなくなる。
また、魔法攻撃にも対策を練っており、十分に対応できたという自負がある。
何とかイスラエルの防空システム「アイアンドーム」に似たモノが微生物でできないか考えて生み出したのが、アイアンスカイ菌である。
火属性のアイアンスカイ菌は、強い魔力や熱エネルギーにすぐさま反応して分解・吸収して繁殖する。アイアンスカイ菌があれば突然の魔法による大規模攻撃を防げる予定であったが、今回はその効果が正しく発揮されることとなった。
アイアンスカイ菌はベネディクトの超巨大な火球を、形成直後から食べ始め、増殖しながら貪りつくしてしまったのである。
ただしアイアンスカイ菌は風に流されたり、ビニントン周辺の魔素だけでは持続して機能しないので、マルティンが毎日増殖して散布しなければいけない欠点もあるが――。
マルティンはニンジャ菌を使って、今回の襲撃で32名を捕らえることになった。人殺しに特化したスキルを持つ高レベルの者たちばかりで驚いたが、結果は上々であったと思う。
ビニントンの難民・奴隷を狙う連中には相当な痛手になったと予想する。
ここまでの人材をそろえるのはどこの国であっても難しいと思うので、すぐに第二の矢が来ることはないだろう。
だが、これで不安が確かなものに変わったと思う。
今回、ベネディクトのようなとんでもない人物が送り込まれた理由は、ただ一つしかないと考えられた。
現在、開拓拠点にいる第一王女らしい少女が目的に違いがないであろう。これほどのコストと危険を犯す理由がほかに見当たらない。
これで向こうが諦めればいいけどねー。そうは問屋が卸さないってやつになるのか?
マルティンはこれ以上面倒くさい事態になるのは願い下げだった。これ以上ごたごたが続くようであれば、さすがにビニントンを捨てて移住しなくてはならないと考え始めていた。
書き溜めに入ります




