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第二話:『犯罪はリッチと共に』

悪だくみから、数時間後。深夜の『東3番地区』。


「……おい。さっきから思ってたんだが」


俺は、隣を歩くリリスに視線を向けずに言った。


「なんだ、小僧」


「お前、歩くたびに『パキッ、ポキッ』って、乾いた小枝を踏んだような音させてんの何なんだよ。背後からずっと聞こえてきて、地味に気色悪いんだが」


「失敬な。これは私の関節が鳴る音だ。生前の優雅な歩行を再現しようとすると、どうしても数百年ものの軟骨が悲鳴を上げるのだ」


「軟骨ねえのかよ。油させよ。錆びついた自転車かお前は」


「貴様、元女王を粗大ゴミのように扱うな。これは『歴史の音色』だ」


「へいへい。頼むから重要な局面で『ギックリ』とかいって動けなくなるなよ?」


「善処する。……それより小僧、今回の作戦が成功した際の、取り分の話だ」


リリスは、ギギギ、と油切れのような音をさせて首を回し、こちらを見た。


「あ? 5:5に決まってんだろ」


「フン、数学ができない男だ。私は『元女王』、貴様は『一般市民』。この身分の差を考慮すれば、9:1が妥当ではないか?」


「お前の頭蓋骨、一回カチ割って中身見てやろうか? 0:10にしてやってもいいんだぞ」


「冗談だ、心が狭いな。……では、7:3でどうだ? もちろん私が7だ」


「だから何でテメェが多いんだよ」


「これでも譲歩したのだぞ? 私の美しい顔を拝みながら仕事ができるのだ。その『拝観料』込みだ」


「誰が拝むか。その青白い顔、夜中に見たら普通に悲鳴上げるわ」


そんな、どうしようもなく低レベルな罵り合いを続けているうちに、俺たちは目的の十字路へとたどり着いた。



俺とリリスは、薄暗い路地裏の物陰に潜んだ。  目の前の十字路には、ターゲットであるゴブリン集団が、みかじめ料が入った革袋を持って歩いてくる。



「……おい、ザガン。準備はいいな?」


俺は、隣の闇に向かって小声で囁いた。そこには、ザガンが、楽しそうに腕を組んで佇んでいる。


『フン。余をパシリに使うとはいい度胸だ。……だが、貴様らが提示した「極上のエンターテイメント」とやら、期待しているぞ?』


「へへっ、任せとけって。特等席で見せてやるよ」


事前の打ち合わせ(という名の土下座交渉)通り、この悪魔はやる気だ。俺はリリスに目配せを送る。



「来るぞ、小僧」


ゴブリンたちが、俺たちの目の前を通り過ぎようとした、その瞬間。


俺の合図と共に、ザガンがパチン、と指を鳴らした。


カッ!!


軽い破裂音と共にゴブリンたちが持っていた革袋が弾け飛び、目も眩むような極彩色の光がスラムを染め上げた。 中から飛び出したのは、全身からネオンのような光を放つ、小柄だが凶暴なインプの大群だった。


「「「ギシャアアアア!!」」」


インプたちは叫び声を上げると、まるで解き放たれたゴムまりのように四方八方へ飛び散った。


ズドオオオオン!!


「ああっ!?私の屋台が!」 「壁が! 家の壁が抜けたぞォォ!」 「痛え!なんだこいつら、石みたいに硬ぇぞ!」


それだけじゃない。破壊の合間に、陰湿な嫌がらせまで混ざっている。


「ぎゃああ!頭に!頭になんかフンを落とされたぞぉぉ!」 「おい、俺の酒に変な粉入れたろ!ウッ……ァへへへ」 「やめろ!ズボンをずり下げるな!社会的に死ぬゥゥゥ!」


まるで光る砲弾だ。 制御不能になった数百匹のインプが、猛スピードで壁に激突しては屋台を粉砕し、その足で通行人に汚物を擦り付け、混乱魔法をバラ撒いていく。


『クハハハハハ! 見ろ! まるで流星群だ! あいつらの頭蓋骨が砕ける音、実に愉快なBGMではないか!』


ザガンが手を叩いて大爆笑している。俺とリリスは、物陰からその惨状を覗き見て、顔を引きつらせた。


「うっわ……エグ……」


「街が……壊滅している。あんな速度で体当たりされたら、骨など粉々だぞ」


ゴブリンたちは光る弾丸に殴打され、悲鳴を上げて逃げ惑っている。もはや強盗というより、ただの無差別爆撃だ。


「まあ、俺たちじゃなくてよかったな。あんなの食らったら即死だぞ」


「違いない。近づくのはよそう」


俺たちが他人事のように頷き合った、その時だった。


キキッ。


暴れまわっていたインプの一匹が、瓦礫の上に着地した。 そして、ゆっくりと首を回し――安全圏にいたはずの俺たちの方を向いた。


「……あ?」


インプの視線が、俺たちをロックオンする。 つられるように、数匹、数十匹のインプが、こちらを向く。


「……おい、リリス」


「……なんだ、小僧」


「あいつら、こっち見てねえか?」


「……気のせいだと言ってくれ」


願いは虚しく、インプたちは一斉に壁を蹴った。


ドォン!!


「「こっち来んなァァァァァ!!」」


次の瞬間、光る暴力の塊が俺たちに突っ込んできた。


ドカッ!!


「ぐえっ!?」


重い衝撃と共に、一匹が俺の顔面に張り付いた。 俺は慌てて引き剥がそうと、インプの体を鷲掴みにした。


ヌチャッ。


「……うぇ?」


変な音がした。 硬いと思っていたインプの体表が、予想に反して生温かく、ローションのような粘液で覆われていたのだ。


「うわ、なにこれ!?ヌルヌルしてんだけど!?」


「ひぃぃぃ!やだ!私の方もだ!張り付いて取れん!ヌメヌメするぅぅ!」


隣ではリリスが発狂していた。 インプたちは俺たちの服や顔にへばりつき、その不快な粘液をなすりつけながら、服の隙間へ、耳の穴へと侵入しようとしてくる。


「おいザガン!汚ねえし気持ち悪ぃよ!助けろ!」


俺は顔のインプを引き剥がそうとするが、手が滑って力が入れられない。


『ククク……安心しろ。そいつらは興奮すると体表から特殊な粘液を出す。……保湿効果は抜群だぞ?』


「いらねえよそんな効果!美容液成分かよ!」


これじゃ強盗どころじゃない。ただの汚染被害だ。



俺は、あたりを見渡す。地獄絵図とかした街の中。

まずい、目立ちすぎだ。これでは警備隊がすぐに――


ドゴォォォォン!!



案の定、凄まじい着地音と共に、巨大な影が降り立った。ミノタウロスの警備隊長アステリオスだ。


「貴様らかぁぁぁぁ!神聖な夜に騒音を撒き散らす不届き者はァァァ!」


アステリオスは俺とゴブリンたちをにらみつけ怒声を上げた。


「誰だ!この惨状を起こしたのは!」


俺は全身噛み跡だらけ、リリスは髪の毛ボサボサ&ヌルヌルまみれ。俺は涙目でアステリオスに縋り付いた。演技じゃない、ガチの涙だ。


「た、助けてくれお巡りさん!通りかかったら、あいつらの袋から魔物が出てきて……俺たち、食われそうで……!」


その姿は、どこからどう見ても「魔物に襲われた哀れな被害者」そのものだった。


「なっ!? てめぇ人間! 嘘ついてんじゃねえ!」


ゴブリンが叫ぶが、説得力がない。あいつらは武器を持っているが、俺たちは手ぶらで、しかもインプの体液でベトベトに汚染されているからだ。


「黙れ!この惨状を見ろ!どう見ても被害者だろうが!」


俺は自分のネバネバの服と、恐怖と寒さでガタガタ震えているリリスを指差した。 アステリオスは俺たちのボロボロ具合を見て即座に納得し、ゴブリンを地面に叩きつけた。


「なるほど、貴様らが犯人か!善良な市民になんてことを!」


「ごふっ!?」


その衝撃で、ゴブリンの手から『革袋』がこぼれ落ち、俺の足元に転がってくる。


(……きたッ!)


俺はインプに噛まれた手の痛みを堪え、火事場泥棒の根性で金を拾い上げた。


「リリス、逃げるぞ!」


「ううっ……私の高貴な肌が……ベトベトして光ってるぅぅ……」


俺たちは脱兎のごとく現場からズラかった。光る粘液の跡を残しながら。


◇◇◇


――その後。俺とリリスは、再び『無音』のカウンターで祝杯を挙げていた。


「見ろ小僧!この輝きを!」


テーブルの上には、奪い取った大量の銅貨。俺は約束通り、そこから未払い分のツケをマスターに支払った。マスターは無言で金を受け取ると、満足げに頷き、親指を立てた。これでミンチ回避だ。


「ククク……完璧だ。ゴロツキどもは逮捕され、我々は無傷で金を手に入れた。私の知謀、恐るべしだろう?」


「無傷じゃねえよ。まだ服が光ってんだよ」


俺たちは未だに微弱に発光していたが、まあ金が手に入ったなら良しとしよう。 手元にはまだ、当面の生活費には十分な金が残っている。


「よし、今日はもう寝ようぜ。明日はこの金でうまい飯でも……」


俺が金の袋をしまおうとした、その時。リリスの細い指が、スッと俺の手首を掴んだ。


「待て小僧」


見れば、彼女の瞳が、粘液の発光よりも危険なほど爛々と輝いている。


「この金……増やしたいと思わんか?」


「……は?やめとけ。せっかく稼いだんだぞ」


「フン、素人め。これは『種銭』だ。これを元手に、裏通りの賭場に行けば、一晩で金貨の山に変えられる。そうすれば、高級宿どころか、城だって買えるぞ?」


「バカ言え!そんなうまい話があるか!今日はもうやめとけ!」


「私を信じろ!今日の私はツいている!元女王の勝負勘がそう告げているのだ!」


リリスは俺の手から金袋をひったくると、止める間もなく店を飛び出してしまった。


「あ、おい待て!クソッ、あのギャンブル狂が!」


◇◇◇


――翌朝。


俺は、都市の最下層にある『第3集積水路』の前に立っていた。 隣には、真っ白に燃え尽きた灰のような顔をしたリリスが立っている。 当然、手ぶらだ。金袋はおろか、銅貨の一枚も残っていない。


「……おい、元女王」


「……なんだよ、小僧」


リリスは、係員から渡されたデッキブラシと、鼻が曲がりそうなヘドロの山を見つめ、乾いた声で言った。


「おかしいな……。私の計算では、今頃、金貨のベッドで寝ているはずだったのだが」


「てめえの計算機、二度と使うな」


スッたのだ。綺麗さっぱり、一晩で、全額。 おかげで俺たちは、今日食うパンを買う金すらない。生きるためには、誰もやりたがらないこの最底辺の仕事――日給銅貨3枚のヘドロ掃除をするしかなかった。


「ほら、さっさと働くぞ。……働かなきゃ、今夜は野宿だ」


「ううっ……屈辱だ……。女王たる私が、ドブ掃除など……」


俺たちは無言でブラシを握り、悪臭漂う汚泥の中へと足を踏み入れた。


『ククク……傑作だ。人間というのは、こうも愚かで面白い生き物なのか』


頭上から、半透明の霊体となったザガンが楽しそうに俺たちを見下ろして笑っている。


こうして、華麗なる完全犯罪の成功は、ポンコツ女王のせいで水の泡となり、俺たちの異世界生活は結局「ヘドロ掃除」から幕を開けることになった。


……だが、俺たちはまだ気づいていなかった。


俺たちが足を踏み入れたその場所――薄暗い水路の柱の陰から、爛々と輝く「赤い瞳」が、じっと俺たちを見つめていることに。


第2話をお読みいただきありがとうございます。 インプで稼いで、リリスで溶かす。 稼いだ金が一晩で消えるまでが、奴らの様式美です(白目)。


「こいつら本当に学習しないなw」と笑っていただけたら、ぜひ作品フォローと★評価で応援してくださるとモチベーションになります!


次回予告: 振り出しに戻った、日給銅貨3枚のヘドロ掃除。 ですが、その「最底辺」の場所にこそ、運命を変える出会いが転がっていました。


暗闇から見つめる「赤い瞳」。 その正体は、新たな敵か、それとも――?

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