11話 放課後
───学園の石畳を、桜の木漏れ日が白く細かく照らしている。
寮棟へ続く中庭の外回廊。赤い差し色の入った二人の制服が、春風に軽く揺れる。
フレアは隣を歩く黒髪の男を、横目で睨んだ。
「ねぇ、レイドくん。……なんであの子にこだわるの?」
距離は近い。けれど、二人の間の空気は、ほんの少しだけ温度が違う。
「別にこだわってないよ」
感情の乗らない、いつもの平坦な返答。
「うっそだ〜」
バシッ。
背中を叩くと、レイドは糸目を曲げて笑う。その笑みが、腹立たしいほど整っている。
「……フレア。この前受けた依頼、護衛対象の顔は見た?」
「え? なにいきなり?」
当然のように質問を無視されている。
はいはい。まず答えろってことね。
レイドが核心に触れるときは、いつもこうだ。遠回しで、意地悪で、でも決して外さない。
「ずっと馬車に篭ってたから、顔は見てないよ」
髪の先をくるくると指で弄りながら答える。私はこの人と違って、嘘なんてつかないんだから。
「帰り道、何か変だったことは?」
「……んー……」
記憶を辿る。
「王城には入らなかった、かな。門をくぐってすぐ敷地内で準備して、それから急いで別の場所へ出発してた。……あれ、ちょっと変かも」
レイドの歩幅が、自然にこちらに合わせて緩む。意地悪なくせに、こういうところは優しい。
「なんでフレアの護衛はそこで終わったと思う?」
「へ? なにそれ」
「入学日までは時間があった。普通なら次の目的地まで同行させるだろ?」
……確かに。
「遠かったから?」
「それじゃ王城に入らなかった理由にならない」
視線を外して、くすっと笑う。嫌な予感が背筋を這い上がる。
「逆だよ、フレア。第三王女の次の目的地が――
かなり近かった から、
フレアの護衛は必要なかったんじゃないかな」
「近い……?」
脳裏に浮かぶ地図。王城から近い場所。
王都中央部。
旧王城跡地――それは、このギルド学園?
てことは、目的地って──────
レイドが肩をすくめる。
「ミリアだけ、は入学前から
すでに学園の敷地内にいた。
文字通り、“次の護衛”と一緒にね」
思考が一気に繋がっていく。
……….馬車から出ない。……….王城に入らない。……….急いで移動。
そして、顔を隠す。
──────あの少女。泥だらけで、雨の中で、偶然を装った出会い。
「……レ、レイドくん?」
レイドの口角が、ほらね?と愉しげに上がる。
「もしかして、え、嘘…………それって…………」
確信に迫り、驚きと緊張で声が震えるフレアの顔を見て、悪癖の男は満足そうに、推理の結論を静かに述べた。
「ああ。
ミリアの正体は、
──────この国の第三王女だったんだよ」
◇◆◇
「さ、さすがレイドくん。すごい洞察力だね、それだけで気づいちゃったの?」
普通にこういうところは感心する。さすが私の恋人、天才である。
「あー。それに気づいたのはミリアが持ってた剣を見てからだよ」
「え?」
思わず声が漏れる。
「特徴的な形をした美しいレイピアで、オレのよく知ってる剣の一つだったからさ」
「……ずるじゃん!でも、 だからあの時声をかけたの!?」
「え? いや、声をかけたのは泥まみれなのをちょっと揶揄いに──
「
──さすがです。レイドさんフフ、そこまで読んでいらしたんですね。
」
柔らかい拍手が、背後から響いた。
振り向くよりも先に、レイドはわざとらしく口角を上げる。
ほんの一瞬、糸目が開きかけたのを、フレアは見逃さなかった。
その様子に肩がわずかに強張る。
「盗み聞きは趣味が悪いよ?」
「偶然通りかかったんです。訂正してください」
二人が振り返ると、声の主はすでに二人の退路を塞ぐ位置に立っていた。
深緑の差し色を纏ったA寮のブレザー。肩で切り揃えられた水色のボブカットが、ふんわりと揺れる。タレ目気味の藍玉の瞳は、人懐っこく細められているようでいて、
────その奥には、底知れぬ深さと冷徹な輝きが沈んでいる。
一瞬、フレアの息が止まる。
この学園に、これほど完璧な美しさが許されるのだろうか。
制服という枠組みすら、彼女の存在によって高貴なドレスのように見える。
風が彼女の髪を軽く持ち上げただけで、周囲の空気が鋭く、危険に満ちた香りを帯びた気がした。
「私はシオン・ラインハルト。公爵家の娘です」
名乗りは簡潔。だが、その一歩は確実に間合いを詰めている。
レイドの視線が、わずかに細まる。
「君がわざわざ探りを入れるほど、オレは目立ってる?」
「ええ、目立っています。とても」
即答。
なんの話だろうか…………?
「王女殿下と護衛騎士を推理だけで特定し、しかもそれを楽しんでいる人間なんて、放っておけません」
フレアが眉をひそめる。
「ちょっと、探りって何よ」
シオンは微笑んだまま、視線だけをレイドに固定する。
「純粋な知的好奇心です。……貴方は私にとって、最も興味深い方ですから」
シオンが首を傾ける。
その瞬間、空気の温度が、かすかに下がった。冷徹な美しさが、氷のように冷たく感じられ、フレアは底知れない美の恐怖感に思わず後ずさる。
「興味深い、ね」
レイドは肩をすくめる。その笑顔は警戒そのもので、当然、つけ入る隙などない。
「評価される趣味はないんだけど……」
「評価ではありません。ちょっとした確認です」
二人が、さらに一歩、距離を詰める。つま先が石畳を擦って、かすかに音を立てる。
「……君と直接会うのは初めてだったかな」
レイドは一瞬だけ沈黙し、それから愉しげに笑った。
「で、どうするの?」
「約束通り、学園を案内させてください」
唐突。
「訓練設備。研究棟。旧王城跡の観光。立ち入り制限区域。──レイドさんが興味を持ちそうな場所は、だいたい把握しています」
レイドさん専用のスペシャルフルコースです、とシオンが両の手のひらを合わせ優雅に微笑む。
フレアの指先が、無意識にレイドの袖を強く握る。
「ちょ、制限区域って……」
「もちろん、正式な許可の範囲で、ですけれど?」
にこり、と完璧な笑顔。
だがその瞳は、はっきりと宣言している。
──逃がさない。
レイドは指先で顎を触り少しだけ首を傾ける。
「君が、オレを案内する理由は?」
「あなたが、私の研究に必要だからです」
静寂。
フレアの息が、わずかに止まる。
「研究?」
「ええ」
シオンはまっすぐに言う。
「貴方は、観察対象として最高ですから」
レイドの口角が、ゆっくりと持ち上がる。
「面白いね」
奇怪に糸目を曲げ、声のトーンがほんのわずかに下がる。
「……でも残念。オレは女の子に飼われる趣味はない」
「ええ。存じています」
間髪入れず。
「だから“対等”にお誘いしているじゃありませんか。フフ、この私が……ね?」
フレアがようやく口を開く。
「……レイドくん?」
レイドは視線をフレアに向け、いつもの柔らかな笑みを作る。
「心配しないで。学園探検だよ。ただの」
その裏に、確かな興味の火が灯っていることを、フレアは見逃さなかった。
シオンがそっと手を差し出す。
「初日の放課後です。さぁ行きましょう! 時間は有限ですから」
レイドはその手を見下ろし──
一瞬だけ考え、指先だけを軽く触れさせた。
「案内してもらおうか。ラインハルト嬢」
シオンの瞳が、かすかに細まる。その視線は眼前の謎めいた獲物をしっかりと捉え、微かな喜びと淡い緊張に震えていた。
氷のような透明感を孕む美しい髪を揺らし、令嬢はその時初めて、本心を見せるように悪戯に笑った。
「はい。ではまずは──
──────フフ、私の寮部屋から?」
「いいね♡」
「…んええッ!?」
いやいや、なんでッ!?
フレアの顔が引きつり、次に悔しげな怒りに染まり、そしてポケットに両手を突っ込んだ隣の男の、その楽しそうな横顔を見て、………酷くげっそりとした。
放課後を告げる午前の鐘の音が、古めかしい校舎の石壁に反響し、重厚な余韻を残して、ゆっくりと大気へと溶けていく。
窓のない空から直接差し込む、昼頃の明るい陽光。
蒼穹を飛び回る小鳥の明るい囀りが、レイドたちの入学を、どこか楽しげに歓迎していた。
◆◇◆
ラインハルト公爵家
四大公爵家の中で最も権威のある公爵家。冒険者であるレイドにとって無視できない大パトロンでもあり、秘密裏に諜報活動をしているのでは?という噂も……
令嬢たちは世界最高峰の頭脳と美を両立するらしい。
◆◇◆




