31. フラワートン男爵家②
更新遅れてしまい申し訳ございません。
「それでは、私たちは少し離れた場所で待機させて頂きますね。」
フラワートン男爵邸の庭に用意された紅茶と焼き菓子。
向かいに座るのは私との縁談を持ってきたらしいヤコブさん。
『受けるにしても、断るにしても一度2人で話してみたらどうかな』
『父上の言う通りだよ、アン。結婚しないで自立するのもいいけど、結婚するならそろそろお相手候補を探しておかないと』
『そういえばヨハン坊ちゃまもそろそろ縁談がまとまるみたいですね。』
『…カレンさん、もういい歳なんだから坊ちゃまはそろそろ勘弁してくださいよ。』
『うちの庭でお茶会をするくらいなら、大丈夫だろう?完全に2人きりにならないように、使用人を少し離れた位置に待機させておくから。」
私が呆然としている間になんだか話が進み、流されるままにお茶会参加してしまったのは、縁談話を聞かされてから2日後の午後のこと。
「会いたかったよアン嬢」
「あの、ヤコブさん。縁談って本気の話なんですか?」
「本気だよ?アン嬢のことは好ましく思っているって伝えているつもりだったけど、もしかして伝わっていなかった?家格も僕の子爵家と君の男爵家で釣り合いが取れるしね。まぁ、僕は次男坊だから父の持つ他の男爵位を受け継ぐことになりそうだけど。」
「そう、なんですか。私、縁談とか考えたことなかったから…びっくりしちゃって。」
「同級生の貴族令息たち、アン嬢に参っちゃってる奴が多いから、他の奴らに掻っ攫われる前に話を通そうと思って。卒業パーティの時にも言ったけど、ニコラス殿下の愛妾になるには『夫人』の称号がいるし丁度いいと思うんだけどね、僕との縁談。」
「愛妾…。あんなに好きでアピールし続けてたのに、私はニコラス殿下の眼中にないみたいです。頑張ったのに。結婚も、絶対ニコラス殿下とって考えていたので戸惑っています。」
「へぇ。アン嬢に夢中になっていた同級生結構いるんだけどな。みんな、ニコラス殿下に袖にされた後にあわよくば懇意になろうろしてたみたいだよ。」
「えっ」
「あれ、知らなかった?僕はそんな機会を長々待つのは嫌だったから愛妾になるのも了承した上で結婚したいと思ってるんだけど。パーティのエスコートも周りがもじもじしている間にもぎ取ってきたんだよ。」
「そう、なんですか。愛妾になる方法も、ニコラス殿下の気持ちもなんだか勘違いしていたみたいで。」
「勘違いしていたのならまた別の方法を探せばいいんじゃない?アン嬢はいつも前向きで頑張ってきたんだから大丈夫だよ。殿下の愛妾になるのを諦めるにせよ諦めないにせよ、また次の方法で頑張ればいいと思うけど。」
「…そう、ですよね。私は元気で頑張り屋さんなところだけが取り柄なので。でも、何を頑張ればいいのか分からないなぁ。ソフィアさんもリリーさんもなかなか教えてくれないですし。」
「あぁ、フレデリクソン家のソフィア嬢とアンダーソン家のリリー嬢ね。彼女らも結構人気があるんだよなぁ。領地をうまくサポートしているし、何より可愛らしいし。あ、でも僕はアン嬢の方が可愛いと思うよ?」
「…そうですね。みなさますごく素敵でキラキラしていて羨ましいです。ソフィアさんなんて子爵家なのに王族の覚えもめでたいですし…。なんで?」
「アン嬢も、自分の領地の仕事を手伝ってみればいいんじゃない?婚約したら僕の注ぐ男爵家の経営補佐をしてもいいし。」
「私は後継にはなれないので、経営に関する教育は受けてきていないんです。なので出来るかどうかわかんない…んです。」
「そっか。じゃぁアン嬢にしかできないことが見つかれば良いね。」
「私にしか…できないこと」
「まぁ、返事を急がせるつもりはないからちょっとずつ僕のことを考えてくれると嬉しいな。あ、学園で同級生と揉めるのが嫌だから、この話はしばらく内密にしてね。」
「はい。ヤコブさん。色んな話を聞かせてくれてありがとうございます。私は私に出来ることをやってみますね。」
◇◇
「アン、お疲れ様。ヤコブさんとのお茶会はどうだった?」
「お母様、男の人から好意を向けてくれるのは純粋に嬉しいですね。うふふ、自分が少し特別な人間になった気持ちになります。でも愛妾になるのとか、ビジネスとか色々失敗しちゃったから、あまりちゃんと考えられないです。」
「アンは可愛くて元気で素直なんだから、男の子からモテるのは当たり前よ。そのままのアンでいられる場所を探せればいいわね。」
「そうですね。私もそうなるといいなって思っています。でも、どうすればいいのかなぁ。」
「アンの素敵な生き方とかをもっと色んな人に知ってもらえれば、ヒントが得られるかもしれないわね。みんな、貴族のお嬢さんたちも大変なことが多いから、ありのままで生きられる場所を求めていると思うわ。」
「あっ、お母様。この前広場でスピーチしている人を見たんだけど、そうやって私もスピーチして素敵な生き方について話してみるのはどうかしら。」
「あら、素敵じゃない。じゃぁ、お母様と一緒に内容を詰めていきましょう。」
「うんっ。」
「素直な生き方ができる場所があれば、レァケさんもそれを選んだのかしら。アンが素直に生きられる場所を、愛される場所を私がなんとか作ってあげなくちゃ。」
お母様がぽつりと呟いた言葉に気づかないまま、私は次の頑張りかたを考えるのに夢中になった。
内容がある程度固まったら、ソフィアさんにも教えてあげようかな。お友達だもん。手伝ってくれるよね、きっと。
いつも澄ましてなんでもそつなくこなすソフィアさんに、「アンさんって凄いですね」って言って欲しいし、少し見返してやりたい。
◇◇
「父上、アンの縁談とビジネスについて、本当のところはどう思われているんですか?」
「そうだねぇ。アンにはできるだけ自由に生きて欲しいから、男爵家が傾かない範囲でできる限りやりたいことをやらせてあげたいよ。でも、残念ながら男爵家に経済的な体力はそんなにないから、できることは少ないけどね。まぁ、基本はカレンに任せるよ。」
「別に無理に結婚しなくてもいいですけど、僕の未来の妻とは仲良くしてほしいです。感染症被害からようやく立ち直って、領地をまわすだけで手一杯。新しいことをする余裕がないって言うのは、まだ理解できないようですし。」
「まぁ、難しいことを考えてあれこれ頑張ってしまうとね、レァケみたいに思い悩んでしまうかもしれないから。ヨハンの嫁さんと仲良くするのが難しそうだったら、私と一緒に領地で過ごせばいいよ。」
「僕の母上はそんなに思い悩んでいたんですか?」
「私の能力が低いのもあって、補佐が大変だったんだろうね。語学も苦手だし。アンにはそういう気苦労をかけたくないよ。」
そう、アンはレァケみたいに苦労する必要はない。素直に元気に、可愛くいてくれればいいんだ。
今ならレァケに苦労をかけすぎていたことがよくわかる。可憐で頑張り屋な妻とどう話していいのか分からずに追い詰めてしまったことも。
妻への欲望をカレンに押し付けて、それでもレァケとの距離が縮まらなかったことも。
アンをしっかり理想通りに育て上げれば、お迎えがきた後に向こうでレァケに私の成長を認めてもらえるだろうか。
夫婦らしい会話ができるようになるだろうか。
会いたいよ、レァケ。
ヤコブくんはあの手この手でアンと結婚しようと猛アピールしてきましたし、これからもするようです。
卒業パーティで「愛妾になった暁には僕の父上や兄上へ有利な役職を頂戴」って言っていたのは、本当はアンを手放したくないけど本人が望むなら愛妾にくれてやる。その代わり我が家に有利な話を持ってきてくれという意志だったようです。タダでは愛妾にやらんからな。
そしてフラワートン男爵家は緩やかに闇に向かってるのかな?みんなしてアンを真綿で包んで無責任な愛を押し付けております。
進路のアドバイスをするでもなく、欠点の指摘をしてカバーする方法を教えるでもなく、都合の悪いことは勝手な愛を理由にあえて教えず、「元気に可愛く育ってね★」って、そりゃお花畑娘にも育つわ。
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