22.アンの母の事情①
更新に間が空いてしまいました。今回は短めです。
「わたし、王子様のように素敵な人と結婚して、お姫様のように暮らすの。」
娘がよく言うこの台詞、私も子どもの時に夢見て言っていた。
私の実家は、グリュックス王国の隣、聖プロイ帝国にある高級娼館。
客層は裕福な人で占められており、経営状態は絶好調。平民の割に裕福な生活を送れていた。
両親に強請ればリボンやお菓子を買ってくれたし、従業員も優しかった。
うちの店は貴族や裕福な商人、時には王族の庶子が訪れるので、従業員はそれ相応の教養が必要となるため、勉学の機会が与えられる。
従業員の中には、小さい頃売られてきた人もいるが、食事や寝床も満足に与えられており、教養も身につけられるから仕事に不満は無いらしい。労働条件や環境がとても良いんだとか。
尤も、子供の頃は『仕事』がどんなものか分かっていなかったけど。みんなお茶して、楽しく会話して、歌や踊りを眺めて帰るんだと思っていた。
優しくてキレイな従業員、教育の場と装飾品を与えてくれる両親、一緒に遊んでくれる兄に、紳士的なお客さんたち。
幸せな子供時代に、いつか王子様と結婚してお姫様になるんだと、幸せな夢を見ていた。
だけどいつしか、従業員と一緒に教養を学び、兄と共に語学や経営について学んでいるうちに、『仕事』が何なんなのか気がついていった。
10歳を越えて多感な、潔癖な時期に突入してからは、娼館の家業がだんだんと嫌になって行った。
お客様の中には、妻子や婚約者がいるにもかかわらず、平気で店に来て、一晩のかりそめの愛を買っていく。
本来、慎ましく皆のお手本となるべき聖職者も、忍ばずに堂々と店に来る。
罪悪感を抱いている様子もなく、わたしにどの娘が良くて、夢中になっているって堂々と話すところも、我慢ができなかった。
紳士的に振る舞うお客さんを見て、従業員の話を聞いて、家族が経営について話しているのを聞いて、幸せな夢が、がらがらと崩れていった。
こんな所に居たくない。ここじゃない何処かに行って、幸せを掴むんだ。
「カレン、お前は将来どうするか、考えているのか?」
ある日、兄に聞かれた時にたまっていた感情が爆発した。
「何よ、私もお姉様たちみたいに働けってこと?そんなの、絶対嫌よ。だいたい何で、男の人は恋人でも奥さんでも無い人を、お金で買っていくのよ。気持ち悪い。こんな店、いつか出ていってやる。従業員として働くのも、経営の補佐をするのも、絶対に嫌!」
ばしっ
頬に痛みと熱が走って、その場でよろけた。何が起きたのか、よくわからない。
ふと兄の方を見ると、目を怒らせて私を見下ろしていた。
「お前は、何を言っているのか分かっているのか?うちの従業員を、お客様を侮辱しているのか?そもそも、お前が不自由なく暮らせているのが、どういうことか分かっているのか?娼館は、国に認められた公的機関だ。そんな潔癖な夢から目覚めて、現実を見ろ。」
「何よ。そんなこと…」
「分かっているならそんな事言わないだろう。年頃の娘には受け入れがたいのかもしれないが、うちの従業員はもっと小さい頃から修行して一人前になれるように精進しているんだ。もっと見習ったらどうだ?」
「…。」
「別に客を取れと言っているわけじゃない。経営を補佐するのか、何処かの男に嫁ぐのか、街で別の仕事を探すのか。好きにしろ。両親と従業員の前でそんなこと言ったら、ただじゃ済まないぞ。」
「…分かってるわよ。」
兄の言うことは、今ならよくわかる。ただ、あの頃は許せなかったのだ。
物語に出てくる幸せな結婚を夢見て、それが叶わないことに八つ当たりしていた、子どもだった。
両親は私によくしてくれるけど、『私自身』に対して興味はない。人形を愛でるように、モノを与えていただけだと思う。
そういった事を、少しずつ理解して、受け入れていく頃には、立派にすれた小娘に成長してしまった。
いつか、ここじゃないどこかで自立して、それなりの幸せを掴むんだ。そのためには、教養と周辺諸国の語学を磨く必要がある。
幸い、兄が味方になってくれたので、色々相談して計画を立てた。
兄としても、年頃の妹が不貞腐れて、突っ張っていたのを理解してくれていたので、色々受け入れてからは親身になってくれた。
「お兄ちゃん。私、学園に行ってみたいんだけど、どう思う?」
「学園か。王立学園ってことか?結構学費が高いし、お貴族様が多いから、出自が知られたらめんどくさいことにならないか?」
「何とかできない?学費は負担をかけてしまうけど、今まで以上に店の手伝いをするわ。」
「カレン、お前、王立学園で知識を身につけてどうするつもりだ?」
「どうするも何も、ここを出て行きたいって思っているのは知っているでしょ。メイドで働くにしても、何処かの貴族に見初められるにしても、知識はあったほうが武器になるわ。」
「まぁ、そうだけど。父さんに何て言うかな。」
その後、店の清掃や帳簿付け、従業員の身の回りの世話を黙々とこなし、両親に対する心証をよくしていった。
とりあえず、そこそこの貴族のお屋敷なら問題なくメイドとして働けそう、というくらいまで仕事が板についてきた頃、両親から呼び出しを受けた。
「カレン、お前が学園に通いたいって聞いたが、本気か?」
「本気です。」
ふぅん。という顔でこちらを見てくる父。
対して私自身に興味は無いんだろうけど、一応、娘の願いを叶えてくれる気はありそうだ。
「私の兄の商家に養子に入りなさい。話は通してあるから。その代わり、学園に入るまでは今まで以上に働いてもらうし、学園卒業するまでは、家に帰ってくれないわ。変な噂が立ったら困りますから。それでも、本当にいいの?」
母さんが試すようにこちらを見てくる。家に帰ってこれないなんて、わたしからしたら願っても無いことだ。やっと、娼館から出ていける。
両親のことは別に嫌いでは無い。不自由なく育ててくれたことは感謝しているし。
でも、わたしも両親も、忙しいこともあって個人としてさしたる興味を持っているわけでもない。だから、寂しいとかは、特に感じなかった。
「大丈夫です。これからもちゃんと手伝うので、王立学園に行かせてください。」
アンのお母さん、カレンの子ども時代はアンと同じく夢見るお花畑少女で、見たいものだけを見る子でした。
が、アンと違ってすぐに現実を受け入れたんですが、徐々にひねくれて、歪んでいってしまいます。
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