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第七十五話・ラスボス、ティモ・アンデルス

 夜が明け始めているのか、漆黒だった空が少し青みがかってきている。空に、軍服らしきものを着た男が浮かび、腕を組んで富樫らを見下ろしている。セファがリモートクラッカーを打ち上げると、赤い光が周囲を照らした。その男の姿も少しはっきりとした。


「あれがテオの親父さんにしてラスボスの、ティモ・アンデルスか」


 富樫が小声で言った。近くに立っているテオの様子を見ると、直立して浮かぶ男を見つめている。テオ以外の全員も、同じように南西の空を見上げている。富樫が視線を戻すと、その頭の中に思考共有らしき声が響いた。


(愚かなる人間どもよ。私は元フランス軍小隊長だった、ティモ・アンデルスだ)


「父さん……」テオが小さくつぶやいたのが聞こえた。他の多くの兵達も、その声が聞こえているかのようにざわついている。


「なんだこの声」


「頭の中に声が」


「あいつがやってるのか」


「ティモ・アンデルスだって?」兵の一人が、ちらっとテオを見た。テオはその視線に気づいて顔を伏せた。


 富樫は思った。やっぱりか、思考共有でこの場にいる全員に語りかけてるんだ、エルフの魔法だろうか。そう言えばさっき俺が魔法銃エムガンの弾に封じ込めた魔法が、拡声の魔法を増強したようなものらしいけど、それにもこういう便利な効果が付与されているんだろうか。


さらにティモ・アンデルスが言葉を続けた。


(そして今の私は、フランス軍を率いるティモ・アンデルス大将である。なぜ私がドイツを裏切ってフランス軍に入ったのか、気になるだろうから教えてやろう。それは、人間に復讐するためだ)


「なんだって? なんだよ復讐って」


兵士達が再びざわつく。


(私は人間ではなくエルフ。人間によって百年前に滅ぼされてしまったエルフ族の末裔なのだ。また人間はそれだけではなく、多くの幻想世界の住人や、この世界の動植物なども滅ぼした。人間以外の多くの種族を絶滅させるという、大きな罪を犯した人間どもには、自らも滅びていただいて、その報いを受けていただかねばならないのだよ)


 そこでティモ・アンデルスは言葉を切り、多くのドイツ兵達を見回した。ティモは続けた。


(手始めに、私はこの戦争を利用し人間の数を減らしたいのだ。だからこの戦争で、どちらかが簡単に勝利してしまうと困るのだよ。もっともっと長く、いつまでもいつまでもドイツ軍とフランス軍には戦ってもらい、ヨーロッパやアジアを巻き込み、さらに多くの血を流していただきたいのだよ。はは、ふははは!)


「なんてことを」テオがつぶやく。


(復讐なんて!)


セファが思考共有で叫んだ。


(復讐なんて、エルフのすることじゃない! 先祖のエルフ達は、そんなこと望んでいないわ! そんなこと、もうやめなさい!)


ティモはちらっとセファのいる方向を見たようだったが、かまわず続けた。


(そんなわけで、ここまで攻め込んできた優秀な戦士である君たちには、ここで死んでいただかなくてはならない。食らうがいい、「毒蠍黒針スコーピオンニードル!」)


 ティモが両手を空に向けて拡げた。その瞬間富樫の耳に、ひゅんひゅんひゅんという小さな大量の風切り音が、ドイツ兵を包み込むほどの広範囲で聞こえてきた。スコーピオンニードルという名前と、この音から推測して、富樫は何が起ころうとしているかを瞬時に理解した。富樫もまた上空に両手を広げて、魔法を発動させた。


硬殻シェルター!」


 通常のマナの量では、シェルターの魔法で守れるのはせいぜい直径5メートルの球状の範囲のみだ。しかし、無尽蔵のマナを持つ富樫のシェルターは、夜の平原にいる多くのドイツ兵達を守る巨大な傘となった。上空から落ちてきた、無数の太く黒い針が、その硬い傘にあたってキンキンと弾き飛ばされた。もしシェルターがなければ、ほとんどの兵がその針で全身を貫かれて死亡していたであろう。


(む、こんな強力なシェルターを張れるとは! 何者だ!)


「へへっ」


 富樫は鼻の下をこすりながら笑った。なぜ自分はマナが無限に使えるのか、富樫自身にもわからなかったが、使えるものは使わなければ損である。また、どういう仕組みかわからないものの、この世界では無限のマナを使える存在であるがゆえに、富樫はここに呼ばれたのだろう、おそらくはセファの先祖に、セファの父親に、と富樫は考えていた。つまり、この世界のラスボス級の敵からしても、富樫という存在は脅威であるということなのだ。


(「毒蠍黒針スコーピオンニードル」が効かぬとは予想外。では、これはどうかな?)泥濘地虫マッドワーム!」


 ティモが魔法を詠唱した瞬間、平原の泥を含んだ柔らかい地面から、巨大なワームが、ぶふぉおおお、と泥を吐きながら出現した。富樫の前だけではない。何百匹ものワームが、巨体をゆすりながら、その先端にあるむちのような触手で兵士達の軍服を切り裂いたり、首や手足に絡みついて締め上げたりし始めた。


「ぐ、ぐるじいいい」

「ぎゃあああ!」


数匹のワームに手足を別の方向に引っ張られ、引き裂かれる者、ワームの巨体に押しつぶされた上に、首を引き抜かれる者、鋭い触手に腹を貫かれて投げ飛ばされる者。


「まずい! こ、こいつはどう防げばいいんだ!」


「トガシ君、この魔法を使いたまえ! 銀狼白牙ホワイトファング)!」


富樫が、アレクの声のした方を見ると、アレクの周囲に狼の牙のような形で氷の柱がそそり立ち、兵士をよけながらワームめがけて突き進み、その身体を深々と貫いた。


「すげえ」


「この魔法はホワイトファング、必要な魔素は、水、冷、道。詠唱者が敵と認識したものだけを勝手に攻撃してくれるので、どんどん詠唱するだけでいい。マナの量が多いトガシ君が使えばほぼ無敵だ」


「わかった! 水、冷、道、だな。銀狼白牙ホワイトファング)!」


 魔素と魔法のイメージさえわかればあとは簡単、富樫は自分の周囲百八十度に氷の柱を次々と這わせていき、一瞬にしてすべてのワームを死滅させた。


「そ、想像以上だ。トガシ君、やはり君の魔法はすごいな」


「へへ!」


 一息ついて、上空のティモを見上げた富樫は、ティモがすごい形相で富樫をにらみつけているのを見てぎょっとした。


まずい、さっきの針をガードしたのも俺だとばれちゃったかな、と富樫は一瞬表情を曇らせたが、すぐに気を取り直した。


「そう、俺だ。お前を倒すために未来からやってきたのはこの俺、富樫だ。ティモちゃんよ。最終バトルを始めようぜ!」


(続く)

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