第七十四話・罪人の十字(クリミナル・クロス)
(サファイア! サファイア! サファイアァ!)
セファが泣きながら、サファイアにヒールをかけ続けている。
(ヒールが効かない! どうなってるのこの傷!)
(ははは! それはヒールが効かない「罪人の十字」の魔法。魔法をかけた者、つまり私が許可しない限り治せないのよ!)
(ひどい! そんな魔法をなんでサファイアに!)
(まずは一匹仕留めたわ。次はお前よセファ)
セファは地面にしゃがみ、ぽろぽろと涙を落としながら、サファイアへのヒールをやめない。富樫が駆け寄り、セファを制止しようとする。
「セファやめろ! お前のマナが無くなっちまう」
「でも、でも、サファイアが。ヒールをしないとどんどん傷が広がるの!」
確かにヒールをかけると不完全ながら、十字型の傷が小さくなるが、ヒールをやめると、全身に傷口が広がっていく感じであった。
「わかった、ヒールは俺にまかせろ」
「う、うん。お願い」
富樫は、無尽蔵のマナを使い、サファイアにヒールをかけはじめた。その傷は小さくはなるものの、やはり完全にはふさがらない。
だめか、と富樫があきらめかけた時、あらたな声が思考共有で届いた。それはセファによって捕らわれの身となっている、ダークニンフ、ディザベル・サテュロスであった。
(エルマ、もうやめろ! やめてくれ!)
(ん? ディザベルかい? お前もここにきてたのかい?)
エルマと呼ばれたダークニンフが言った。ディザベルが続けた。
(セファもその精霊も、悪い奴じゃない。俺はセファに閉じ込められはしたけど、セファはその後ずっと、俺のことを心配してくれてたんだ。頼む! その精霊を助けてやってくれ!)
少し時間をおいた後、エルマが言った。
(わかった。だがセファ。ディザベルの解放が先だ。そしたらその精霊にかけた呪いを解いてやる)
富樫は考えた。さっきエドがディザベルをアレクに渡したから、そのままであればアレクが持っているはずだ。
(アレク、聞こえたか? ディザベルを閉じ込めたプリズムをセファに渡してくれ)
富樫がアレクに向けて発した思考共有をとらえたセファが言った。
(大丈夫、たぶんプリズムが目の前になくても、魔法は解除できるはずよ。やってみるね)
セファが軽く目を閉じ、小さな右手をその胸の前でさっと振った直後、ディザベルのうれしそうな声が届いた。
(エルマ! フラン! 魔法が解けた、俺は解放された! その精霊にかけている魔法も解いてやってくれ!)
(ちっ、しょうがない)
「う、うぴい」サファイアが意識を取り戻したようだ。富樫のかけるヒールで、その傷がみるみるふさがっていく。もう大丈夫だろう。
「サファイア! よかった!」セファがサファイアに抱きついた。
富樫は頭上を見上げた。リモートクラッカーで赤く染まった空に、赤紫の小さな光が昇っていく。おそらく仲間の元に帰ろうとしている、ディザベルの身体が放つ発光だろう。富樫は彼らに、思考共有で語りかけた。
(ありがとよ、サファイアは回復したぜ。しかし恐ろしい魔法だな。その魔法を俺達にじゃなくて、フランス軍やトロールに使って欲しいもんだよ)
ディザベルが答える。
(お……、俺達は人間への恨みを持って生まれてきた。だから幻想生物であるトロールには、魔法を使いたくないんだ。でも、それをいうなら、その精霊についても同じだったな。俺達は自分がなぜ生まれたのかを知らず、自分の魔法を何のために使うべきかも知らないんだ)
それを聞いて、セファが静かに言った。
(それは、あたしも同じよ。あたしはエルフの賢者達の魔法の力で、この時代に生まれたけど、それが何のためなのか、賢者達があたしに何をさせたいのかが、あたしにもわからないの)
(そ、そうなのか。ホワイトニンフのお前なら何か知ってるんじゃないかと思ってたんだけど……。ダークニンフもホワイトニンフも、あまり変わらないんだな)
(うん、あたしはそう思う。いろんな人から、いろいろお話を聞いて、自分で考えて決めないとダメなの)
(それで、セファ、お前はなんでここで戦ってる? その理由は見つかってるのか?)
(それは――) セファは少し考えて言った。
(それは、アレクやエリスの考えに賛成したから。未来に戦争のない世界を作るために、最小限の犠牲で、この戦争を早く終わらせたいから)
(そうか……。セファ、俺も協力させてくれないかな。エルマとフランは反対するだろうけどな)
(私は別に反対はしないけどね、賛成する理由もないけど)エルマが言った。
(俺は、反対だな)低い声がした。おそらくフランという名前のダークニンフの声だろう。
(俺は自分の目的を探すために生きている。そのホワイトニンフに協力するということは、そんな俺自身の生き方に反する行為だからな)
(そう言うだろうと思ったよ)そう言ったディザベルがさらに続けた。
(でもせめて、ドイツ軍やセファ達の邪魔だけはしないで欲しいな。いいかな?)
(ああ、わかった。邪魔はしないよ。せいぜいがんばるといい。ほら、そろそろラスボス登場だぜ)
フランの緊張したような声。富樫もその時、南西上空から感じる異様な気配に、全神経を集中させていた。セファも同様な気配を感じたのか、思考共有で叫んだ。
(南西の上空に敵! みんな気をつけて!)
(続く)




