第七十三話・呪いの魔法
東のトロールを撃退したテオと富樫は、残る一匹、中央のトロールに向けて走った。そこでは、セファ、サファイア、ヨナ、マンティス、アレク、ダミーが戦っているはずであり、もう余裕で勝利できるだろう。
そう富樫が考えているうちに、案の定、ヨナの手りゅう弾とテオの氷魔法、それにアレクの「銀狼白牙」を同時に顔面に食らったトロールは、目を白黒させた後、その場に崩れ落ちた。その巨体の上を、ドイツの工作兵があわただしく行きかい、慣れた手つきでその巨体に太いワイヤーを絡めていった。これで三体のトロールは、目をさましてもすぐには動けないだろう。
富樫は独り言のように言った。
「これでドイツ軍はフランスに勝ったのか? 俺は歴史を変えて、お役御免となって、令和に戻れるのか?」
だが、そうはならなかった。いつまで経っても、富樫はその寒いヨーロッパの平原で、肩を抱いて震え続けていた。その時、セファが思考共有で、サファイアに声をかけた。
(サファイア、泉の水が足りないの、汲んできて)
(ぴい、わかった)
セファの持っている、空になった水筒のつまったトートバッグを受け取るために、サファイアがセファに向かって飛んだ。その時、キリリ、キリリという何かがこすれるような音がした。
「な、なんだ、この妙な音は!」
富樫の異常聴覚は、その音が上空でしていると告げていた。富樫は空に向けて精神捕縛を放った。それは、上空を飛ぶ2匹のダークニンフの思考を捕らえた。
彼女らはザールブリュッケンにおいて、セファによって仲間のダークニンフ、ディザベル・サテュロスを捕らえられてしまったことへの復讐を目論む、ディザベルの二人の友人であった。彼女らは、フラン・アイアタル、そしてエルマ・アスカフロアという名前だった。
ディザベル、お前の仇は私達が取る! エルマの記憶が、そう言っていた。
「ホワイトニンフは先祖の魔法で生まれ、ダークニンフは恨みを持って死んでいったエルフの呪いで生まれる」、というのは、過去のエルフが行った研究によって明らかにされたものらしい。中でもダークニンフは、自然界が生み出す偶然の創造物とされ、その存在は、しばらく確認されていなかった。そんな稀有な存在であるはずのダークニンフが3匹、フランス近くにある暗い沼に同時に生まれたというのは、数学的に驚くべき確率であっただろう。
フラン、エルマ、そしてディザベルの三匹は、兄弟姉妹のようにいつも一緒に行動し、いつも一緒に食べ、いつも一緒に眠った。呪いによって生まれたはずのダークニンフであるにも関わらず、比較的人間とのトラブルには巻き込まれず、温和に過ごせてきた理由として、「三匹いつも一緒」というのは、おそらく大きかっただろう。彼らは呪いよりも、知識を欲した。暴力や殺戮よりも、意味や理由を求めた。彼らは図書館で長い時間を過ごし、多くのことを学んだ。
「フラン、エルマ。オレたちはなんで生まれたんだ?」
「さあな?」
「ホワイトニンフに聞けば、わかるんじゃない?」
「ホワイトニンフ? 先祖の魔法で転生されたっていう、あいつらか?」
「そうだな、だが俺たちはあいつらと関わることはない。ホワイトニンフとダークンフは、別の生き物だ」
「別の生き物? でもオレは聞いてみたいな。ホワイトニンフに、生きる意味とかを」
そんな彼らが、ホワイトニンフであるセファに会ったのが、ザールブリュッケンの司令室においてであった。セファは言った。
「あ、あたしはセファ。エルフの末裔にしてホワイトニンフの、セファ・オランジェ。よろしくね、てへ」
(エルフ?)
(ホワイトニンフ、だと?)
(――ん? 何かする気かしら?)
(――あの娘かわいいね。ねえ、アイツ、オレのペットにしていい?)
(――うるさい、だまってろ)
「量子監獄――」
(な!)
(ちぃっ!)
(た、たすけてくれェ)
(蒼色疾風)
(え、なに?)
(まずい、逃げるぞ)
(ああ)
「ウッピィイィイイ!」
(なんだ!)
「覚えていろ貴様達。次に会った時には殺す。魔獣転送!」
命からがら、ドイツ軍の司令室から逃げ出したフランとエルマは、ディザベル救出について話し合ったが、最終的に二人はそれをあきらめ、セファとサファイアの抹殺をすることで、ディザベルへの「たむけ」とすることに決めたのだった。
エルマもフランも、ディザベルを捕らえたセファへの復讐に燃えていた。ようやくそのチャンスが来た今、フランが頭上に手をさしのべ、最悪凶悪な魔法を放とうとしていた。
「はっ!」 エルマとフランへの、精神捕縛を解いた富樫は、今がセファの最大の危機だと直感した。躊躇している暇はない、と、富樫は思考共有を使ってセファに叫んだ。
(セファ、危ない、逃げろ!)
(うぴ?)
富樫は、セファとサファイアの動きが止まるのを見た。そこに、ダークニンフらしき者の思考が聞こえた。
(ははは! 馬鹿め! さっきよりも狙いやすくなったわ。「罪人の十字!」)
(ぴいいいいい!)
(サファイア!)
サファイアの身体を十字の黒い物体が突き抜け、その間から血のように赤い光がほとばしるのを富樫は見た。しまった、そう富樫は思ったが、時すでに遅し。ダークニンフ達はサファイアを狙う前に、まず高速で飛び回る、やっかいなサファイアを始末しようとしたのであった。
セファが泣きながら、何度も何度もサファイアにヒールをかけている。だが、その傷口はふさがらない。
お、俺は、なんということを。
思考停止してしまった富樫の脳裏に、エルファとフランの笑い声が聞こえた。
(続く)




