第六十七話・2つのゲート
富樫はドイツ軍塹壕の、壁に設置された木製の梯子を登った。冬の夜の気温は冷たく、手がかじかむ。手袋を用意すればよかったと気付いたが、そうするとここに到着するのがさらに遅れていただろう。
(このくらいの寒さがなんだ!)
富樫は一気に梯子を登り、戦場に立った。南西の方角の空が、血のように赤く染まっている。セファが照明弾がわりに、リモートクラッカーを空にあげているようだった。2,3個の赤い輝きが空に浮かび、赤く平原を照らしていた。
「あの光の下にセファが」
アレク、エリス、ダミー、エド、マンティスの五人が、全員梯子を登って富樫の背後に立った。目に涙をため、ぶるぶると震えるエリス。そんなエリスを後ろから抱きしめるエド。それを見たアレクが言った。
「どうやら思っていた以上に早く、激しい戦闘が始まってしまっているみたいだ。エリス、ここまで来てはもらったけど、君はエド君と一緒に帰るんだ」
ひっく、ひっくと泣き出したエリスが言った。
「ごめんね、ごめんねアレク。私には戦争は無理。ごめんねセファ」
ポロポロとこぼれる涙をふくエリス。アレクはエリスの前にしゃがみ込んで彼女の頭をなでた。
「大丈夫、セファには僕とトガシから伝えておくよ。エリスも来てくれているとね」
「うん、うん――」
アレクはエドを見上げた。
「エド君、君はエリスを連れて、ザールブリュッケンまで戻るんだ。そして応援の部隊を呼んで欲しい。恐らく今夜が決戦になるはずだ」
「はい!」
振り返ってそのやり取りを見てた富樫が叫んだ。
「待ってくれアレク。俺が紫龍曳航でこことザールブリュッケンの司令室をつなげるってのはどうかな? そしたらエリスも安全に帰れるし、応援の部隊もすぐに来れるよな?」
「なるほど!」アレクが感心したようにうなずいた。
「そうと決まれば善は急げだ。紫龍曳航!」
富樫は以前セファの背後から見下ろし見せられていた、ザールブリュッケンの駅前のビルの2階にある司令室を思い浮かべながら、魔法を発動させた。富樫の前に紫色のゲートが出現し、その輝きの向こうの指令室の中の士官達が、驚いてこちらに集まってくるのが見える。その中に、富樫がかすかに覚えている、カール・エイス大尉の顔も見えた。
エドが言った。
「このゲート、一方通行ではないんですよね。まず僕が行って説明してきます。誰がこのダークニンフをお願いできますか?」
エドが差し出した、淡いブルーの高質化された水晶に閉じ込められたダークニンフ、ディザベル・サテュロスをアレクが受取った。エドは立ち上がり、慎重にゲートに入って行った。ゲートの向こうの士官達は驚きを隠せない様子だが、ゲートから出てきたのがエドとわかり安心したようだった。
やがてエドとエイス大尉がゲートから戻ってきた。全員が敬礼を交わした後、エイス大尉がアレクの手を両手で握り言った。
「ア、アンティーク男爵ですね! お会いできて幸栄です! ここが戦争の最前線ですか!」
エドが慌てて補足する。
「アレクさん、この方がカール・エイス大尉です。ザールブリュッケンの指令室の最高指揮官です」
アレクがうなずいた。
「エイス大尉。いつもエド君やセファ君がお世話になっています。あちらをご覧ください。夜の闇に乗じ、フランス軍が怪物を従えて最前線での決戦を挑んできたのです。支援可能な部隊がおありならば、今すぐにこのゲートを使い、増援をお願いしたいのです」
「お、おお――」
エイス大尉はアレクが指さした、少し低くなっている南西の方角を眺めた。空が赤く染まり、その下で巨大な化け物が三体、巨大な武器を振ってドイツ軍と思われる兵士を薙ぎ払っている。数百、数千とも思われる、小さなおもちゃのような兵隊たちが、その化け物を取り囲み、攻撃しているようだ。
「わ、わかりました。あの化け物を倒さないと、ドイツ軍の勝利はないのですね」
「ええ、恐らく」
エイス大尉は再び敬礼をして、ゲートに戻って行った。
「アレク、ごめんね。あなたも大切な身だから、無茶はしないで」
エリスがそう言ってアレクに抱きつき、コートで涙をふいた。その後エリスは、今度は富樫の足に抱きつき、鼻水をつけながら言った。
「トガシ! お願いよ、私の大事な友達を守ってあげてね!」
「ああ、まかせとけ」
「この魔法弾を持って行って。アレクが使える最強の冷気魔法、銀狼白牙が封じられてるわ」
エリスは腰に下げたポーチをベルトから外し、トガシに渡した。エリスは涙を拭きつつ富樫の足から離れ、こちらを何度も振り返りながらゲートをくぐっていった。
「トガシ君、このゲートは我がドイツ軍勝利の鍵となるはずだ。絶対に解除しないでくれ」
「ああ、大丈夫だ。根拠はないけどな!」
「ははは!」
富樫は再度、紫龍曳航の魔法を唱えた。するとさっきのゲートから少し離れた場所に、2個目の紫色のゲートが現れた。
「あの赤い光の下をイメージしながらゲートを開いた。たぶん近くにセファがいるはずだ」
おお、と叫ぶ、アレク、ダミー、マンティスの3名。ゲートの向こうには、巨大なトロールと、なぎ倒されるドイツ兵が見えた。そして、ちらっと小さな少女の影、ホワイトニンフのセファの姿も見えた気がした。
富樫は震える身体を両手で押さえつけ、ゲートに飛び込んだ。
「いくぜ! 最前線はこのゲートの先だ!」
(続く)




