表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/83

第六十六話・マンティス伍長の記憶

「しかし前線が近いというのに、こうも人がいないというのは妙だな」アレクが言った。


エドが、歩きながら答えた。

「そうでもないですよ。ドイツ軍の塹壕に加えて、フランス軍の塹壕にまで兵を配置しなければならないんです。あまり分散しすぎると、物資の供給に余計な時間とエネルギーを使ってしまう。効率を考えて、このような布陣にしているんですよ」


「構造から察するに、ここはまだドイツ軍の塹壕ですな。ここを出て少し歩くと、フランス軍の塹壕まで少し歩かないといけませんな」


「ええ、その通りですダミーさん。でもそう時間はかかりませんよ。この角を曲がれば……」


エドがそこで突然足を止め、壁に身を隠して小声で言った。


「誰かいます。ドイツ兵のようですけど、一応確認をとってみます」


そう言った後、エドは叫んだ。


「おおおい! 僕はチーム・オランジェの、エド・バーマスというものだけど、君はドイツ兵か?」


「エドか! 俺だ、マンティスだ。君をここで待つように言われた。ゲオルク軍曹達は今戦闘中だ」


「戦闘!?」エドは壁から顔を出して曲がり角の向こうを見た。富樫も同様に、エドの上から盗み見た。ドイツの軍服を着た痩せた男が、ランプを頭上に上げ、もう一方の手を振っている。


「ああ、マンティスってのはあのカマキリ野郎だったか」


「あなた、彼をご存じなんですか?」


「ああ、俺は魔法の目を持ってるんでね!」自分のこめかみ辺りをツンツンとつつく富樫。



エドは少し疑わし気な目をしながら、曲がり角の向こうまで歩いてマンティスに姿を見せ、軽く敬礼した。


「マンティス伍長、明日到着の予定だったアレクさん達がいらっしゃっています」


「アレク? ああ、参謀のアレク・ド・アンティーク殿か。承知した」


アレクや富樫が次々に姿を現すと、今度はマンティス伍長が、うやうやしく敬礼した。



(アレク、参謀って偉いのか?)富樫が思考共有を使ってアレクに尋ねた。

(それなりに敬ってはもらえるけど、偉いといっても所詮は民間人だからね、こちらも敬意を持って接した方がいいね)

(わかった!)


富樫は身を固くして、マンティスに敬礼を返した。


「ん? 君は? コートの下に、妙な服を着ているな」警戒のこもった目で富樫を見るマンティス。


「俺は富樫。日本からセファを助けにやってきた者だ。よろしく頼む」


そう言って右手を差し出した富樫であるが、マンティスはその手を無視して言った。


「悪いけど時間がない。一刻も早く前線に戻って戦いに参加したいんだ」そう言って富樫に背を向けた。


これまで見てきた、ニヒルでずるそうなマンティスとは別人のような今日の彼を見て、富樫は彼の心の中が知りたくなった。富樫は右手を下に下げたまま、その指に魔素を集め、「精神捕縛ブレインキャプチャー」の魔法を唱えた。そのターゲットは富樫の目の間で背中を向けている、マンティス伍長のみだ。富樫の心に、マンティスの感情が流れ込む。それはマンティスが、チーム・オランジェに配属される前の記憶だった。




 フランス軍の塹壕を一時的に占拠した、マンティスの所属する部隊は、その塹壕のさらに地下に仕掛けられた、大量の爆薬によって壊滅。崩れ落ちた塹壕に埋もれ、虫の息の隊長が、マンティスに言った。逃げろ、逃げてこのことを軍に伝えろと、そのためにお前は生き残ったのだと。罪悪感を覚えながらマンティスは走った。機銃が彼を狙ったけれど、彼には逃げるしか道はなかった。マンティスは、身体に何発もの銃弾を浴びながらも、ドイツの塹壕に逃げ帰り、生き延びた。「隊長」、そうつぶやき、泣きながら彼は気絶した。


(俺は隊長が、あの時死んだものと思っていた。その罪悪感にずっとさいなまれていた。だが隊長は生きていた。フランス兵として。赤い目を光らせた、空飛ぶ悪魔になって!)


ゲオルク軍曹の顔が浮かんだ。彼がマンティスに叫んでいた。「マンティス。お前はわが軍の塹壕まで戻ってエドを待て。彼が来たらそこで俺たちの帰りを待てと伝えろ。いいな?」


(いやだ……。俺は隊長に、隊長に謝らなければならない! 俺が隊長を救わなければ!)


「マンティス! 何をしている。俺の命令に従え! 我々の塹壕に戻ってエドを待て!」


「くっ……」唇をかみながらマンティスは空中から自分達を見下ろす隊長に背を向け、ドイツの塹壕に向けて走った。


(まただ。また俺は逃げるのか。俺は一体、何のためにこの戦場にいるんだ。俺にも、俺にも戦わせてくれ!)


流れる涙をぬぐいながら、マンティスは走った。誰もいないドイツ軍の塹壕に転げ落ち、しばらくそのまま泣き続けた。その時、強烈な地震が大地を襲い、驚いたマンティスが塹壕を這い上って顔を出すと、はるか遠くに、真っ赤で邪悪なオーラに包まれた三体の巨人、トロールが出現し、ドイツ兵をおもちゃのようになぎ倒していた。


「エド、早く来てくれ。俺も戦わなければ! 俺はあの時の罪を償わなければ!」





 富樫はブレイン・キャプチャーを解除した。ただのカマキリ野郎だと思っていたマンティスに、このような心の傷があったということに、正直富樫は軽くショックを受けてはいたが、ただの罪悪感ならばすぐに克服できるだろう、と富樫は思った。だが同時に、富樫は現代日本のコンビニで、傷つけてしまったあまちゃんに謝りたいと強く願っている自分の気持ちのことも思い出し、マンティスの気持ちを理解した。


「マンティス伍長――」富樫は穏やかな口調で言った。


「ん?」 振り返ったマンティスが、再び疑わし気な目で、富樫をにらんだ。


「俺たちと最前線へ行って、一緒に戦おうぜ。俺は未来を変えるつもりだ。あんたも一緒に未来を変えようぜ!」


にこっと笑った富樫を見て、マンティスは狼狽うろたえた。


「な、なにを言ってるんだい君は」


「ま、いいからいいから」


ぽん、とマンティスの肩を軽く叩き、富樫はドイツ軍塹壕、最後の壁に向かった。この壁を登った向こうにある平原で、セファ達が戦っているはずだった。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ