第六十五話・新魔法ドラゴンフライ
「お土産はどうだった?」アレクが富樫に尋ねた。
「あ、ああ、きれいな絵だった。失敗作だなんてとんでもないくらいの出来だった」
「トガシがお世辞を言ってるのではないのは、私にはわかったわ。芸術を見る目だけはありそうね」
「はは、まあな」
実は芸術には全く興味もないし、疎い富樫であった。
「で、アレクは準備はいいのか? ずっとここで待っててくれたみたいだけど」
「うん、僕もダミーと同じで、普段から準備は欠かしてないからね」
じゃらり、と音を立てて、アレクはさきほどのダミー同様、はおっている黒いコードを広げた。その下には、富樫がゲームで見たことはあるが、名前は憶えていない、あんな武器はこんな武器が隠されていた。
「すげえ、まるで武器屋の在庫置き場だな」
「はは、ちょっとカチンとくる言い方だが、誉め言葉と受け取っておくよ」
「でも武器だけでいいのか? 他に必要なものがあるんじゃ……」
「大丈夫、どっちにしろ僕の出番などないし、準備は防寒だけしていれば大丈夫。この武器だって、念のためだよ、たぶんね」
「そ、そうなのか、ならいいけど」
富樫は建物を出て、エリス、アレク、ダミーと向き直った。
「準備ができたようだから、そろそろいくぞ……」
「と、その前にトガシ君?」
「ん?」
「『魔獣転送』の上位魔法、『紫龍曳航』で最前線に向かうつもりのようだけど、行先のイメージはあるのかい?」
「あ、ああ、セファの後ろにふわふわ浮いて、散々見せられていたからな、大丈夫だよ」
「そうなんだ。それなら安心」
「じゃあそろそろいくぜ、紫龍曳航!」
富樫は右腕をあげて魔素を集めた。もう慣れたものである。集まった魔素は富樫の右手の先で合成され、その名の通り、紫色の光を放ち始めた。
「ほう、きれいだな」 アレクが目を細めながら言った。
その紫の光が、かっと輝いた後、富樫の眼前に、紫色に輝く「ゲート」が出現した。富樫は言った。
「この中に入ればいいのか?」
その言葉を聞いて、アレクが言った。
「トガシ君、君がわからないなら、この中に他にわかる者はいないと思うのだけど?」
「ま、まあな。しょうがない、俺が先に入ってみる」
「ああ、そうしてくれたまえ」
富樫は深呼吸をした後、ゲートに向かって足を踏み入れた。瞬間……。
「あれ? なんかあっさりと抜けたな」
「魔獣転送」のような、長い長い落下の感覚を予想していた富樫は、踏みしめた湿った泥の感覚に、拍子抜けした。後ろを振り返ると、アレクを始めとした面々が、心配そうにこちらを見ている。富樫が右手で「まる」のマークを作り、おいでおいでをすると、アレク、ダミー、エリスの順に、ゲートを通過した。4人が通過すると、その直後に紫色の「ゲート」は消滅し、周囲は闇に包まれた。
「おい、暗いな!」
「トガシ君、灯りをともす呪文を、記憶の扉からゲットできないかな?」
「記憶の扉は、俺がピンチじゃないと使えないんだよ」
「そうなの? じゃあこの暗闇が続くようなら、私が魔法をトガシにぶっぱなそうかしら?」
「ぶ、ぶっそうなことを言うな! 灯りくらいなくても、なんとかなるだろ!」
とは言うものの、富樫自身、灯りがないと地面をはいつくばって、おろおろするばかりである。
「いい加減ピンチと認めて、灯りの魔法をゲットしたらどうなの?」
「うるさい! 俺はまだあきらめてないから!」
「エリス、私の持っているランプを使うかね?」
「いいのよダミー、少しはトガシにも苦労を……」
「しっ! 誰か来る!」
富樫の声に、しゃべっていたエリスも黙った。湿った地面でしゃがみ込み、息をひそめる彼らの前を、ランプの灯りが照らした。富樫は身構えた。他の三人も息を殺して壁に身を潜めた。その灯りを持って入ってきたのは、エリスの恋人、エド・バーマスあった。
「エド! もう! 驚かさないでよ!」エリスがよろよろしながら駆け寄り、エドに抱きついた。
「ちょ、待って、エリス。両手がふさがってるんだ」
見るとエドは右手にはランプを、左手には同じくらいの縦長の物体を持っている。
「エド、なんなのこれ」エリスがその物体を指さした。
その瞬間、物体はオレンジ色の光をぼうっと放ち、その中心に、小さな女の子の姿を浮かび上がらせた。
「ひぎゃああああ!」驚くエリス。
「し、失礼な! いきなりなんだよ、この女!」小さな女の子が叫んだ。
アレクがエリスとエドの間に、分け入るように入って言った。
「エド君元気そうだな。よかった。そしてその左手に持っているのが、捕虜にしたというダークニンフ、ディザベル君だね?」
「ええ、ディザベル・サテュロス。司令部に侵入していたところを、セファ達が魔法でとらえたんですけど、どうも悪い人じゃなさそうで、扱いに困っていたんです。決戦を前に、僕も含めてみんなで処分を決めたいから、最前線に持ってきてくれ、との命令です」
「エド君、君は今後のヨーロッパの発展を担う大事な体だ、最前線になど行ってはいけない」
「そうよエド、あなたは生きて帰ってこないといけないのよ、私のために!」
アレクとエリスに詰め寄られ、言葉も出ないエドであったが、やがて言った。
「は、はい、すみません。でも、このダークエルフは、僕の代わりにだれかに持っていっていただくとして、この先最前線までの道は、わかる人はいますか? 僕も一緒に行ってもいいなら、案内しますけど」
「はっ!」アレクが驚いた。
「そ、それもそうね!」エリスも驚いて、口をぽかんとあけた。
気を取り直したアレクがエドに尋ねた。
「こ、ここから最前線までは、どれくらいあるのかね?」
「時間にすれば20分程度ですけど、途中塹壕を超えたり地雷を避けたりしないといけないから、結構危険ですよ?」
「地雷? ひいいいい!」エリスが叫んだ。
「ふうむ。しょうがない。エド君、道案内を頼む。だがセファ君達と合流したら、すぐに司令部に戻るんだ、いいね?」
「わかりました!」
こうしてチーム・トガシは、エドを先頭に最前線にいるセファ達の元へ向かうことになった。エドの持つランプの灯りを頼りに、湿った地面を踏みしめ進軍するエド、アレク、エリス、トガシ、ダミーの5人。そしてもう一匹の、ディザベル・サテュロス。そこで富樫が異変に気付いた。
「風が……」
「ん? トガシ君、どうした」
「いや、ちょっと風の音が、さっきと違ったような気がして」
「風が? ふうむ」
疲れのためか、誰もそれ以上口を開かず、もくもくと歩き続けた。エドの案内する最前線までは、あと少しのはずだった。
(続く)




