第三十六話・新魔法、硬殻(シェルター)
セファはエリスから、共創兵站について学んだ後、透明化の魔法の習得方法について、エリスと相談していた。相談、と言っても、答えはもうほぼ決まっていたのだけれど――。
「セファ、あなたが絶対に隠したいものなんて、決まってるじゃない。それを使わない手はないわよね」
「そ、それってこれのことね」
セファは顔を赤くして、両手で股間を押さえた。
「そう、あなたが絶対に見られたくないもの。それは転生して雌雄同体の身体になって得た、その両性具有の身体についた一部分。今朝は少ししか見ることが出来なかったけど、魔法の練習ならじっくり拝見できるわ。こんなにうれしいことはないわね」
エリスは涎を拭くようなしぐさをした。
「――エリス、あたしを好奇の目で見ることなんてしないって言ってたのに、信じられない」
頭を抱えるセファを見て、サファイアが声をかけた。
「セファ、ダイジョウブ? コマッテナイ? コレハ、セファノタメ?」
どうやらセファを助けるために、エリスを攻撃していいかと聞きたいらしい。エリスとサファイアの間の板挟みに、セファはほとほと困り果てたが、そんな気持ちを顔には出せない。困った顔をすると、誤解したサファイアが戦闘形態に変化して、一瞬にしてエリスをミンチにしてしまいかねない。
「だ、大丈夫よ。これはあたしのためになることだから。でも、他にいい方法がないか、二人で悩んでるだけよ」
「ワカッタ」
「エリス、あたしの身体を、透明化の訓練に使うのは、出来たら避けたいの。他にいい手はない?」
「そうね、私があなたなら――」
エリスは腕組みをして目を閉じた。
「その股間のモノ、でなければ、人間に見られたくない泉、フランス兵に見られたくない自分とサファイア、あとは……、何があるかしら――」
「フランス兵――、それ、いいかもしれないね、ちょっとやってみるね」
「ん? そう? うまくいくかしら。うまくいかない方が私は楽しいんだけど」
「もう!」
顔を再び赤くしながらも、セファは魔法に集中する。――そうだ、アレクがやっていた動作を参考に――、セファは右手の人差し指を立て、顔の前まで上げた。
「あたしとサファイアは、森の中で突然フランス兵に出くわして、身を隠そうとする。魔法よ、あたしとサファイアを、透明化して!」
セファは目を閉じる。森に隠れるセファに、巨大なフランス兵が迫る。薔薇紐での反撃は出来ない。なぜなら近くにフランス兵がうようよいるからだ。今必要なのは、透明化して隠れることだけ。これ以上は待てない。早くなんとかしないと!
キキキ……、カチャリ――
開いた! 目を閉じたセファの脳に、いつものように大量のエルフの記憶が流れ込み、セファはそれに押しつぶされそうになりながらも、右手に意識を集中させた。透明化に必要なのは硬の魔素、と光の魔素。その二つが人差し指に絡み付くのを感じる。
「おおぉ――」感心したようなエリスの声。
だがまだ早い。セファは硬と光の二つの魔素が融け合い、うまくはまり合って安定するのを感じた。
「今だ――透明化!」
魔法名を唱え、すっと右手を左から右に滑らせた。魔素が自分とサファイアを包むイメージ。目を開けると、少しエリスの顔が歪んでみえる。うまくいったのだろうかと、セファは不安になる。
「エリス、どう? 見える?」
「いいえ、セファ、うまくいったわ。セファもサファイアも消えてる。テーブルの上から二人の姿だけ、綺麗に消えているわ」
「そうなの、やったあ!」
「ウッピイイイ!」
「せっかくだから、もう少し試してみましょう? セファはこっちの端へ、サファイアはこっちの端に移動してみて?」
セファとサファイアは、テーブルの端と端に移動した。途中、サファイアの姿が、エリス同様に歪んだ瞬間があった。
「移動したわ。どう?」
「うん、大丈夫、全く見えない。声がしないとどこだかわからないわ。じゃあ次は、二人とも私の手の平に乗ってみて」
「うん」
「うぴい」
エリスの両の手の平に、ずしりと重みがかかった。
「うん、これも大丈夫ね。重みは感じるけど、二人の姿は全く見えないわ。ところで、二人から私はどう見えてるの?」
「あたしからは、透明の膜でエリスが歪んで見えている感じ。そうだ、エリスもこの中に入れてみようか」
セファは透明化を解除し、エリスの手の平からテーブルの上に降りた。そして壁の扉の方に向かい、右手人差し指を立てた。
「一回成功したら、二回目からは簡単よ。透明化!」
セファはくるっと一回転し、テーブルの周囲を、エリスも含めてドーム状に包み込んだ。
「へえ――、雨に揺れた丸いガラスの傘っていう感じね」
エリスはそっと手を伸ばして透明の膜に触れようとしたが、指はすっと膜を通過した。
「物体はすり抜けちゃうのね。これで硬ければ、防御壁になりそうだけど」
「あ、アレクが出てきたわ。しーっ」
セファとエリスとサファイアは、くすくす笑いを我慢して、アレクが扉から出てきて不思議そうに首をひねり歩いてくるのを見つめた。
「お昼寝は終わったかな。でもおかしいな、テーブルを片付けてとは言ってないはずだが――」
そこでアレクは透明化の膜の内側まで歩いてきて、ゴンッというすごい音とともに机にぶつかり、地面に転がった。
「イタ、イタタタタタ!」
「ぷぷっ!」
「あははは!」
セファはさっと右手をふって透明化を解除した。
「な、なんだ君達そこにいたのか。机もそこに――、そうか透明化か。うまくいったんだね、おめでとうセファくん」
「ありがとうございます」
「まあ、私は今晩私の部屋で、じっくり二人で練習したかったんだけどね、残念だわ」
「えへへ」
ほっとした表情で舌を出し、頭をかくセファ。エリスがはっと思い付いたようにアレクに尋ねた。
「そうだアレク、防護壁、みたいな魔法はないのかしら。透明化の魔法を応用すれば、もしかしたら出来そうな気がするんだけど」
「シールドか――確か修道女の蔵書の中に、そんな魔法についての記述があったような――でも魔法名までは思い出せないな」
「そうなのね」
「セファくん、一度やってみてはどうかな? 人間による攻撃を、防ぐイメージで鍵を開けてみて、それでどんな魔法が出てくるかをだ。まあ、何も出てこないかもしれないけどね」
「はい――」
セファはテーブルの上に立ち、手を胸の前に出して手の平を正面に向けた。これは誰に教わったものでもない、自然に出たポーズだ。その姿勢のまま目を閉じてイメージを浮かべた。ここはエルフ対人間の戦場。正面から馬に乗った人間が、弓矢を持って襲ってくる。放たれた矢が、こちらに迫る。その矢を防ぎたい!――セファは強く願った。
カチャリ――
脳内に再生される過去の膨大な、エルフ達の記憶。これにはもう慣れた。セファはそれらのイメージの中から魔素についての情報を拾い上げ、準備を始めた。かざした手の平の、薬指と小指を閉じ、残った三本の指に硬、光、熱の魔素を集め、指の間で融かし、それを前方に放った。
「硬殻!」
「おお――」
透明な半円の硬いシールドが出現した。それは地面とは接触しておらず、空中に浮かんでいる。エリスとアレクが近寄り、手で撫でたり叩いたりし、空中に固定されたそれが移動できないことなども確認して、感心して言った。
「これは――、すごいな。こんなに硬く分厚いガラスは存在しない。いや、ガラスではないな。もっと硬い何かだ。これなら恐らく相当な攻撃に耐えられる!」
「こんな魔法を一瞬で――、ほんとセファがうらやましいわ! って、セファ?」
魔法の威力に目を奪われていた二人がセファを見ると、彼女はテーブルの上にへたり込み、お腹を押さえている。
「ピイィ! ピイィ!」
「セファ!」
「大丈夫かセファくん」
ぐったりとしていたセファがゆっくりと顔をあげ、困ったような笑顔で二人を見た。
「魔法使いすぎて、お腹すいちゃったみたい、えへへ」
セファのお腹が小さくぐぐ~と鳴ったのを聞き、ほっとした空気が広がった。
「よし、じゃあ今夜は頑張ったセファくんのために、お祝いのご馳走だ!」
「わーい、やったあ!」
「ウッピィィイイ!」
(続く)




