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幸田露伴「新浦島」現代語勝手訳  作者: 秋月しろう
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幸田露伴「新浦島」現代語勝手訳(16)

其の十六


若い女達が裸の自分の腕に、背に、脚に取り付いているは、どうにもさまにならない景色ではある。もしかして、利佗横羅りたおうらの奴が、自分を試すつもりでこういうことをさせたのかもしれないと考えたが、そう思うと次郎は逆に心を乱すことなく、ふんぞり返ったようにして、四人の女に身体からだを洗い流させ、それからまた一浴びして湯槽から上がりかけると、白布しろぬの浴衣ゆかたを着せてくれるわらわの後から、美しい女達が十二人、各々(おのおの)広蓋ひろふたに衣装を載せて持って出て来た。そして、そのかしらと見える一人が透き通るような声で、

「我等十二人が持って参りました衣装の中で、お心に叶うものをお取り下さいませ。御着古しはこちらの者達に下さいましたら有り難く存じますと、利佗横羅りたおうら殿が申されております。何とぞ我等が持って参りました中でお心に染むものをお召し戴きましたらどれほどうれしかろうと存じます」と、媚びを売るように言うと、皆一斉に頭を下げた。


見れば、かしらと思われる女の捧げ持つ衣装は、緑地あおじの錦で、そこにはにもよく描かれる睡虎乱竹すいこらんちくの織り模様が入っている。「ええ、とんでもない、こんなものが着られるものか」と、無遠慮に突き退ければ、女は恨み顔して後ろにさがった。

二番目は紺地こんじの錦に五本爪の龍が描かれていて、火焔かえんには珊瑚を綴っている。これは見事な衣装であったが、次郎に「海賊みたいだ」と言われ、女が引っ込むと、我こそはという顔をして、三番目の女が出てくるのを最後まで見ず、白地に鳳凰が丸で金糸縫いされたものは高貴な感じもするが、「寺にあるふすまで見たような」と、一言ひとこと言い下せば、むっとした顔になって、横を向いた。四番目の二段鼻の女が持ち出した衣装は、毛足の長い黒天鵞絨くろびろうどに真珠の笹縁ささへりが付いた上衣、鮮やかな猩猩緋しょうじょうひ色の半ズボン、毛飾りの華やかな薬研やげん帽子、黄金きん色の剣、金剛石の飾りボタンがついた靴まで、一つ一つ別の箱に取り添えていた。古くさい洋服は面白いけれど、イタリアの曲馬団、『チアリネ』のようで嫌いだと言えば、「あぁ……」と、失望の眼差しを宙に浮かべて後ろに退さがった。五番目の生意気そうな女は鶴の羽毛で作られた白地に黒く縁を取った鶴氅かくしょう綸子りんずで作った頭巾ずきんに天狗の羽団扇はうちわを添えたけれど、占い師の親分にはならぬわいと叱ってい、六番目の女の唐織りの羽織緞子はおりどんすの三枚重ねを和風に仕立てたものを出てきたのを黙って投げ、七番目のすっかり黒ずくめで、昔吉原通いの通人を思い起こさせるのを取って棄て、八番目のいかにも好色そうな女が淡黄色の卵黄絖たまごぬめの下着に野々宮の春画か袋法師の春画か知らないが、そんなような画が描かれていて、上衣はわざと行儀霰ぎょうぎあられの小紋染め、その羽織も同じ小紋とまったく野暮なしつらえ。それを甘えたような目つきでもって持って出るのを、「おのれ、閨中でささめくような声を出しおって、不埒千万。もしや袂に業平相伝なりひらそうでんの媚薬でも入れているのではないのか。無礼な奴め」と笑いながら叱りつけ、その後も、狐の腋の毛を継いだ毛皮、綸子無垢りんずむく、すべて縮緬で仕上げた衣装など、これも駄目、あれも厭と九番、十番、十一番目のを皆採らなかった。最後に万事控えめな様子をしていた優しげな女が持って来たのを見ると、まるでそれが何であるかさっぱり判らず。「これは何か」と驚きながら問えば、

「これこそは比奈耶迦天王ひなやかてんのうへ人間の租税みつぎものとして納められた人の皮でできた衣。また、これは虫衣ちゅうえと申しまして、天蚕やままゆがの類いで作ったものでございます。天王四臂天てんのうしひてんのお顔をおあらしになる時は虫衣ちゅうえをお召しになり、四臂三面しひさんめんのお顔をお現しになる時は人皮じんぴの衣をお召しになることが通例となっておりますので、誰も皆憚はばかってお召しになりませんが、貴方様あなたさま利佗横羅りたおうら殿、同須どうしゅ殿、金剛奮迅こんごうふんじん殿、勤勇者頂ごんゆうしゃちょう殿、金剛橛こんごうけつ殿などとは違うお身分とお見受けいたしました故、もしこれをお渡しするのが罪であるなら、その時はわらわがその罪をお引き受けいたす覚悟で持って参りました」と言う。次郎は人の皮と聞いてギョッと驚き、身震いが出たけれども、自分に対する優しい心遣いは好感が持て、人皮の衣だけは御免蒙るとして、虫衣を採って、自分の衣装と決め、その上に六番目の女の唐織りの羽織を着ることに決めて、『やはり自分は日本の日常・風習に馴れているので、こういうのが一番楽だ』とこの二品に決定すれば、六番目の女と姿形も美しい十二番目の女の二人は面目が立ったと、美しい顔に喜びの輝きを浮かべて、より一層麗しくなって、百年も連れ添った女房のように、前から羽織を着せ、足袋たびは寝かせたまま履かせて、次郎の側を離れず、まめまめしく働いてくれた。その他の女達は最高級のお茶である渓茶けいちゃ岕茶かいちゃを淹れてくれたり、果実の龍眼肉りゅうがんにく茘枝れいし芭蕉実ばしょうじつや菓子を勧めてくれたりするものもいる。


次郎が遠慮を知らない性格をそのまま出して、用を言いつけ、我が儘をしているうちに、

「同須殿がお迎えに参られております」とわらわが伝えに来ると、次郎は立ち上がったが、

「もう、お帰りになられますか。我等二人もどこまでもお連れ下さいませ」と、麗しい二人の美人は次郎の左右から取りすがるのであった。


つづく

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