最終決戦
魔道士フィルと主人公クリスはお互いを大切だと感じるように。でも森の外では魔王軍と人間側が戦争中。魔物と人間の戦争の行方は?互いを想い合う二人は?
最終話、最終決戦です。
恐ろしい魔道士の所で働く俺の事を心配して、ニックとオルクはたまに庵に来てくれる。俺がフードを被って彼らの前に出ると
「「良かったな!これでお前も立派なオークだ‼︎」」
大喜びされた。オルクは涙ぐんでいる、俺はわずかな罪悪感がでてきたが、黙っておいた。
「魔王が判断された、次の戦を最終決戦にするそうだ。クリス、お前も付いて来い。」
彼らは魔王軍が疲弊してると教えてくれた。どんな形になったとしても、そろそろ戦争を終わらせないといけない。
俺は自分で思っていたよりもショックを受けていた。フィルと二人で森の庵で暮らしていると楽しくて平和で、外では魔王軍と人間側の国軍が戦争中だという事を忘れてしまう。
どんな事でも終わりはある。
俺もいつまでもここにいられない。俺は心を決める事にした。
覚悟をしよう。これまでと違う覚悟を。
「行くのか?」
オーク軍に加わる準備をしているとフィルに声を掛けられた。
「すいません、そばにいるって言ったんですけど。」
本当はそばにいたかった、戦争は怖いし死ぬのは嫌だ。
「なんで行くんだ?お前だけなら逃す事もできる。」
「はは、そうですね。」
フィルは俺が人間だから魔王軍として戦う必要がない事をわかっているのだろう。これまでの俺なら逃げる算段をしていたはずだ、人の世界に戻るために生きてたんだから。でも今は違う気持ちになっていた。
「俺、あなたを守りたいんです。」
フィルの瞳が驚きで大きく開いてる。鮮やかなグリーンアイズが煌めいた。
「もし魔王軍が負けたら、あなたもどうなるのかわかりませんよね。だから俺は俺に出来る事をしに行きます。」
「あなたのために戦います」
フィルが俺の胸に飛び込んできた。
「お、俺も一緒に行く!」
本当はフィルには隠れていて欲しかったけど、彼も魔王軍の一員だ。最終決戦の戦闘には参加するんだろう。
彼の小さな手は怯えるように俺の服をキツく握っている。俺は彼の背中をあやすように優しく叩いた。ローブごしの彼は華奢だった。
最終決戦は魔物の国境付近の広大な大地だった。
埋め尽くす魔王軍と攻め込む国軍、国軍には強力な武器があって、数では優勢の魔王軍も手こずっているらしい。まだ戦況は読めないと聞いた。
空は先行きを示すように、どこまでも暗い雲が重く立ち込めていた。
地響きのような鬨の声があがる
ウォオオォオオォォォオオォオオォォ
オーク達が槍を持って国軍に突っ込んで行く。俺も槍を構えオーク達と一緒になって走り出した。国軍の弓矢が雨のように空から襲ってくる。
国軍の前線に大きな砲台のような物が見えた。
あれはなんだ?
砲台から直線の光が放たれた。その光の前にローブが舞う。
「ホール‼︎」
フィルだ。
砲台からの光を魔法で吸い込んでいる。ジリジリと光がフィルに近づいている。
助けなきゃ!
俺は国軍と入り乱れた混戦の中、フィルに向かって走っていた。
光線を受け続けるフィルは戦闘から少し離れた丘にいた。
「フィル!」
なんとかしてフィルのそばに辿り着く。どんどんと光線が近づいて来ている。
「う、ううっ…」
受け続けているフィルに限界が来ているように見える。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ
「きゃぁっ」
フィルが弾かれる。
俺はフィルと光線の間に滑り込んだ。
全身が業火で殴り続けられるような痛みがあった。
「ぐぅううっ」
視界が真っ赤に見える、なんとか目をあげるとフィルが叫んでいた。
「クリス、クリス、クリス!逃げて!」
「フ、フィル、逃げ、」
フィルがくれたフードのおかげでまだ耐えているが、今度こそ俺は死ぬに違いない。もしそうなっても彼だけは助けたい。俺はフィルを隠すように両手を広げた。
「サンダァー!」
フィルが叫んだ。
遠雷が咆哮のように鳴り響き続ける。
光線が止んだ。
俺は意識を失った。
白い光に包まれているようだ、暖かい。
「リ セレテ コス ミ フェファル セリ テ アルゾ…
詠唱が聞こえる。
……ゼ リフェラテ」
パチパチパチパチパチパチ…小さく弾ける音が聞こえる。
目を開けるとフィルがいた。
「クリス!良かった!生き返った!」
フィルが抱きついて来た。
「フィル?」
不謹慎だったが、フードを外し柔らかい光を浴びたフィルは可憐に見える。豊かな黒髪が後ろに流れていた。
周囲は白い光に囲まれていて、丸い光の外は景色が目まぐるしく動いていた。
「クリスを揺らさないためにね、久しぶりに飛行魔法を使ったよ。」
フィルは優しい声だった。
微笑むフィルは気品高く美しかった、煌めくグリーンアイズが愛らしい。
こんな顔をしてたかな?
「今ね、王の所に飛んでる。」
王?飛ぶ?
「もうすぐ着くよ」
ドォーーーン‼︎
フィルは白い光のまま俺ごと城へ突っ込んだ。
魔王城じゃない、初めて見る城だ。
……パラパラパラパラパラパラ
天井の欠片が落ちて来ている。
大きな穴が開いていた。あそこから入ったのだ。
突っ込んだ先は、真紅のカーテンが上から吊り下げられ、赤い絨毯が引かれていた。豪華な謁見の間のようだ。
立派な玉座に座った王が見えた。護衛の騎士達が一斉にこちらに剣を向けている。
フィルも杖を構え戦闘態勢を取る。
「久しいな、父王」
「今さら帰って来よったか、愚かな娘が。」
えーーー!父王?娘?
驚いているのは俺だけだった。俺だけが場の空気からも取り残されていた。
王もフィルも騎士達も臨戦態勢のままだ。
フィルが先に話し出す。
「王よ、いい加減にしろ。人ではないから、醜いから。それだけの理由で殲滅などという、愚かな選択を取り消せ。」
フィルが俺を庇う形で騎士達に相対している。
騎士達も構えてはいるが、フィルが王女だからか攻撃は仕掛けて来ない。
「フィリーナ、人で無いぞ?ゴミだ。醜い物を消し去って何が悪い。なぜ父の心がわからぬ?」
フィルはせせら嗤う。
「狭量で暗愚な王の考えなぞ、わからぬ。」
王はプルプルと全身を震わせ始めた。
「王たる父に逆らう愚か者が!皆の者、捕らえよ!」
雷鳴が轟いた。
「ぐふ」「ああ!」「ぐは」「ううっ」
騎士達が雷に打たれ、バタバタと倒れていく。
「殺していない、安心しろ。」
フィルは安心できない低い声で王に言う。
「な、なっな…」
王は言葉も出ないようだ。
「どれほど愚かでも身内だと思い、手は出さなかった。でも私の愛する彼が教えてくれた、全てを敵に回しても守るべき人がある。」
「もう容赦はしない。」
王の口が大きく開いた、息が止まっているようだ。
ん?愛する彼?
フィルは恐ろしい素早さで王に近づき、開きっぱなしの口に筒を突っ込んだ。王はアガアガと呻く。
「魔王とは交渉してある。敗戦国として、この書簡に署名しろ。断るなら城ごと燃やし尽くして、貴様の消し炭を国民の前でばら撒いてやる。」
「わかるな?私が本気になれば国ごと消滅できる」
涙目になって王はコクコクと頷いた。
フィルは俺を近くに呼びよせた。
「あと、私、彼と結婚するから。」
王は哀れなほどに両目を開いた、そして白眼を剥き泡を吹いて気絶した。
そういえば俺はまだフードでオークに見えていたはずだ。
王の心を砕いたのは、王女の『苛烈な交渉』と『娘の婿がオーク』だったと思う。ほんのわずかだが同情した。
もし俺がフードをつけずに紹介されていたら?
王は気絶しなかっただろうか?
フィルはフィリーナで、魔道士は王女で姫だった。魔王軍では幻術で男に見せていたと教えられた。
彼女は王の下らない戦争を何度も止めたが聞き入れてもらえず、国を出奔したそうだ。
その足で魔王に交渉し、戦闘行為には加わらず回復薬のみ提供する立場として魔王軍に参加した。
「魔王と交渉するなんて…」
俺が驚いていると
「彼は割と話ができる施政者だったわ」
フィリーナはあっさりと言った。
俺達はすぐに魔王城に報告に向かった。
魔王はいかにも魔王らしく、大きな体に、ドラゴンの羽、ビッシリと毛が生えた顔と体、鋭く大きな牙を持っていた。
「お前が行くと話が早いな。はっはっはっはっは。」
魔王が豪快に笑うとビリビリと周囲の空気が震える。
「参戦はしないつもりでした。」
フィリーナは魔王の前でも一切物怖じしてなかった。二人は親しい間柄に見える。
今を逃すと永遠にタイミングを無くしそうで、俺はフードを取り、片膝をついて魔王に挨拶をした。
「お初にお目に掛かります、クリスと申します。オークとして魔王軍に参戦しておりました。」
「なんだと?」
魔王も驚いたようだ。
「あははははっはっはっは」
事情を話すと大笑いされた。
「オークどもめ、あいつらは頭が悪くて無駄に情が厚い。はっはっはっ」
「俺を断罪しないんですか?」
「戦中の事だ。言ってもせんなき事よ。」
なるほど懐が広い。俺を助けたオーク達も罪には問わないらしい、俺は安心した。さっきまで見てた人の王と比べてしまいそうになる。
「もう終わった事だ、不問とする。ところで書簡は?」
「ここに。」
気絶した王の口に突っ込まれていた書簡だ。
フィリーナは気絶した王をほったらかしにして、筒を口から外し中の書簡を広げ、さっさと署名欄に王の名を書き込んでいた。
魔王は書簡を広げ確認している。
「フィリーナよ、お前はこの条件で本当にいいんだな?」
「それが私の望みですから。」
「そうか…もしお前が望むなら、いつでも帰ってきていいぞ、歓迎する。」
フィリーナは魔王にニッコリと笑ったが返事はしなかった。
ピーチッチッチッ
小鳥達に餌を与える、木々のこぼれ日が暖かい。
「クリスー!」
フィリーナが俺に駆け寄ってくる。
「どこに行ってたの?」
「ごめん、小鳥達と遊んでた。」
フィリーナは魔物の国と人間の国の間に森林地帯を作った。住んでいるのは彼女と俺の二人。あとは森があるだけ、迷ったら出られない魔法の森だ。
魔物達と人間達の緩衝地帯として、彼女は自分自身と森林を置くことにしたのだ。
「戦争で距離は近くなったけど、魔物と人間はこれまでと同じくらい距離がある方がいいのよ。ごく稀に会う隣人くらいで。」
「君はそれで寂しくないの?人からも魔物達からも離れて。」
「……実は、私ね、王女が嫌だったの。」
フィリーナが珍しく弱々しく語り始める。
強大な魔力を持つ彼女に、王女の生活は窮屈で退屈で苦痛だった。せめて男なら、せめて一人なら、何にも縛られず魔力を使えたのに。
「私は自分が嫌いだったの。」
王から離叛した時、もの凄まじい開放感があった。
思いつくまま全てをしよう。そう思って魔王の所に飛び込み、魔道士となって、幻術で男となって、好きな研究に打ち込んだ。
「一人でも幸せだったから。その時から森を作ろうと思ってたの。」
「あのね、クリスは寂しい?村に帰りたい?」
フィリーナは上目遣いで覗き込むように俺を見つめた。彼女のグリーンアイズが不安で揺れている。
「どうして?」
「だって…。」
彼女が落ち着かない様子で、長い黒髪を指に巻きつける。
「お返事くれないんですもの。」
「なんの返事?」
「もう!とぼけないで!」
彼女は真っ赤な顔になって怒り出した。
「お城で言ったでしょ?忘れたの?」
もしかしてアレだろうか?
「結婚の事?」
「そう!」
返事を待ってた?あんなに言い切ってた癖に。
クスクスと笑いがこみ上げた。
「どうして笑ってるの!」
彼女が怒ってる。
俺は片膝をつき優しく彼女の手を取った。
「俺はもう結婚してると思ってました。フィリーナ。」
手の甲にキスを落とすと彼女が俺に抱きついてきた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
フィリーナの性格は元からキツイですが、魔王軍の魔道士として気を張ってた所も大いにありました、大好きなクリスの前では気を抜いて乙女になっているようです。
クリスはそんなフィリーナが可愛くてほっとけないみたいです。
二人はこれからも仲良く森で暮らすでしょう。
オーク達もたまに迷ってくるかもしれません。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
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