14・面倒な話はスルー推奨
そもそも、パラレル、平行世界の考え方は物理学と関係が深い。時間や空間という概念をも扱うから哲学、恐れずに大きく括ってしまえばオカルトも入ってくると佳津子は理解している。端的に言えばドラ○もんだ。あの青い猫型ロボットの中ではタイムパトロールという組織が存在する。『未来を勝手に変えられないように管理する』、のであれば、『タイムパトロールがない未来の世界』はどうなっているのか。たった一組織をとってもひどいタイムパラドックスになってしまう。
三千世界と古人が詠ったように、はるか昔から人間にはその手の発想があった。それはそうだろう。未来は確定か不確定か。たったそれだけの単純な疑問だ。だが未だ誰もそんなことは証明していない。出来るわけがない。
佳津子は、ふぅとため息をつく。静かな、静かすぎるほどに凪いだ表情で。
「……未来とは、時間の流れとは今この瞬間でさえ生まれ、分岐し、そしてごく近いものは収束する」
「リオウは、そう、考えている」
「ミルフィーユ、層だと言うのなら例えを固定します。世界は層でできている。では、その世界は? これが幾重にも重なっている可能性は?」
「ふむ。リオウは、世界も層と同じ構造だと踏んでいるよ。だからリオウが佳津子を召喚したんだ」
「……はい」
「その『はい』は『続けろ』と同義かな? ……うん。面倒だからこの島に限って話をしよう。佳津子がいる、リオウ達がいるこの場所は、少しだけ大きめの島なんだ。東西南北中央を区切ってそれぞれが治められてる。言語、単位、文化は共通。島の外にはまた違う勢力がある。これに対抗するために各地方は各々で軍を持ち、対外に対しては一枚岩、に、近くしようとがんばってるね」
リオウは不思議な仕草をした。何も言っていないコーリーンやポール、シグネベアに対して黙れとばかりに手を振り、顔をゆがめたのだ。佳津子は三人の顔をちろりと確認し、推測を深める。今のボディランゲージからいうと、この三人は軍の関係者か……ああいや、昨夜にそう言っていたはずだ。
中央軍、中枢にいる人たちだと。紹介されたはず。
佳津子は自分の考えに夢中になる。唇に冷たいものが当たった。自分の指だろう。我ながらへんな癖だが、佳津子には集中すると唇をなぞる癖がある。右、左、右。何往復かすると思考がわりと冷える。暴走を食い止めるための簡単なおまじないだ。
「……連邦制、に、近い構造を持つ島の、軍備されている中央、の、……軍部中枢?」
「ほらね、そう続けられると実にきな臭い。さらに煽ると、この三人は少し前から、魔力を武力、大型火器へと変換させるおもちゃに夢中になっててねぇ。リオウの再三にわたる忠告も聞かないままに暴走を止める気配もない」
「しかし隠者殿。以前より何度もご説明しました。たとえ、ここ何十年も外的要因を主とした争いは起こっていないとはいえ、いつ攻めてこられるかは誰にもわからんのです。せめても自衛手段として大型火器の開発は進めてもいいでしょう」
「コーリーンの言うように、俺たちだって別に、どこかを攻めたり落としたりしたいわけじゃない。そのために、ここにいるシグネベアが渉外担当なんだし。シグネベアの戦略成績の良さも主張してきましたよね?」
「……実は大変に申し訳ないのですが、隠者殿。昨晩の夢は微妙に俺には理解できなかったです。今、隠者殿がおっしゃってる意味も取りづらい。簡単にご説明していただけますか?」
あ、この人、喋れるんだ。
ごく単純にしてひどい感想を、佳津子は持った。ディノ、と名乗った彼は昨夜、佳津子に肌触りのいいシャツを着せかけてくれた人だ。遡れば背中をチクリとしてくれた人でもあるが。まぁ佳津子の不審者振りからすれば致し方なかった事態でもあるし、彼シャツをリアルで体験させてくれた貴重な人だとして、印象はいいと悪いの中間だろう。しかし、ここまでほぼ黙っていたことからして、たいがい無口であることは間違いない。
「これ以上に砕いてリオウに追加説明を望むと?」
「はい。カジュークが隠者殿に呼び出されたことでこの世界が安定したと聞かされました。ですが俺たち下っ端には難しい理屈まではわかりません。どうやらカジュークの方が理解力が高いようで」
ね、とばかりにディノから顔を覗き込まれて佳津子は焦る。身を引いたことが面白かったのか、さらに彼は手を伸ばしてきた。一瞬だけきゅ、と佳津子の手を握り、すぐに放す。いつの間にか少なくなっていたカップを指さされた。
「カジューク? 俺に愛称を教えてくれませんか? あと、お茶のお代わりはいかかです?」
訂正。っつーかガチでフルで大幅に、印象の書き換えを願います!!
深く強く、佳津子は長めの瞬きをした。無口キャラとか誰がだ。こいつら揃いも揃って、なんつーか、なんつーかその!!
佳津子は改めて、彼女の普段からすればごく近くにあるディノの顔を見る。黒髪は適当に揃えられ、なのに不潔でも跳ねてもいない。着ている服は気持ちのよさそうなシャツ、コーデュロイみたいな生地のズボン。見るからに高級ではないものの、良く似合っていた。
こざっぱり。そんな感想が浮かんで消える。いや、それよりも。
「お茶は、お願いします。ありがとうございます」
距離が近いんだよ!! アンタら全員な!!