第3話 高等科時代(後)
星と出会った話をしよう。
レーナスは、建国から三千年程の歴史がある。
嘘か本当かは俺には分からない。
そもそも、俺が生まれる前の歴史など誰かの法螺だと思っている。
魔族に襲われて更地になった事もあるらしいが、現在の王都はそれなりに歴史を刻んだ造りになっている。
王城を囲む城壁が最も古く、ここに国民が避難し魔族と戦った事もあるそうだ。
王都の拡張を示す城壁が幾重にもほぼ円形に王城を中心としてあり、ゆったりと流れる大河ロムスの支流が掘へ引き込まれている。
王都の南側の平民区と北側の貴族区は大通りによってほぼ直線的に区切られている。
南東の平民区と貴族区が複雑に入り組んだ場所に、王城壁に寄り添うようにしてオーディル神殿がある。
神殿の司祭はレーナス王だ。
神殿の横に、神聖魔法騎士団本部がある。
従卒として配属が決まり、俺は本部を目指し学院服で神聖魔法騎士団広場の端を歩いていた。
この広場は魔法騎士達の帰還先として使われる。
だから、レーナス人は用事が無ければ通らないし通行時は端を歩く。
不意に広場の中央に結界が張られた気配がして、そちらを見た。
すると、銀の転送陣が現れた。
「副総帥だ」
第二王子の帰還を告げる見張り番の声が響いた。
やがて、転送陣の中央に人影が現れ俺は息を呑んだ。
銀の輝きが消えてゆく煉瓦敷きの地面の上に、4人居た。
赤銅色の髪の大男が周囲を確認すると大剣を拭い、鞘に収めた。
龍殺しのウィリアムとも呼ばれる軍出身の変わり者らしい。
片膝をついて荒い呼吸をしている薄緑の髪の騎士はリオーラだ。
転送魔法の才により副総帥である王子の隊へ入った、有名な男爵令嬢。
残る二人の内、どちらがルーファス様か一瞬判別がつかない。
二人共血まみれで髪の色が分からなかった。
手首で切断されたどす黒い巨大な手が、ルーファス様の左腕を掴み爪を立てていた。
その肩に視線を移すと血で茶色に染まった髪が血で濡れたマントにべったりと貼り着いている。
「ウィル、ハロルド、リオ。歩けますか」
三人の応答に頷き、ルーファス様は左腕を振った。
すると、異形の手は地面にどしゃりと落ちた。
俺の横を通り、薬師達が駆け寄る。
「怪我はありません。この手を分析班に」
そう言って、ルーファス様はこちらを見た。
周囲の喧騒も血と泥で汚れた顔も意識から遠ざかった。
ただ静かな碧い瞳が俺を捕らえた。
そして生臭い異臭を放ちながら、王子達は俺の横を通り過ぎ建物の中へ入った。
*
血まみれの後ろ姿を見送っていると、横に小柄な騎士が寄って来た。
「学院生か。何だ、腰抜かしたか?」
いいえ、と答えると彼は笑った。
「お前、見込みあるぞ」
俺は一礼し、名乗ってから懐から配属通知書を取り出し彼に見せた。
「あ。俺のとこだわ」
ダレルと呼べ、と彼は言った。
俺は憑かれたように剣と魔法を鍛えた。
足手まといにならないようになれば、任務に同行出来る。
「つーか、同行出来なきゃ従卒じゃないだろが」
ダレルが面白がって俺を扱く。
やがて主に騎士団で寝起きするようになり、仕事と鍛錬の疲れで毎晩気絶するように寝台へ倒れ込んだ。
騎士となり、いつかあの碧い瞳の王子の傍らに立つ。
それはいつの間にか、祈りに近い程の願いとなった。