- 第1話 -
第1話の前に「プロローグ」があります。未読の方は先に「プロローグ」をお読みください
「最初に言っておく。」
今日は俺が先手を取った。
「今回の再捜査は、未解決事件でも再逮捕でもない、特殊なケースだ。仕事としての優先順位は低いと思ってくれ。ちなみに、当時の捜査官は80名ほどいた。連続殺人事件で世間が騒いでいたこともあり、警察はメンツを掛けて犯人を逮捕しなければならなかったからな。」
「だが・・今回は君と俺の二人だけだ。」
彼女はおとなしく聞いてる。
「さらに俺には現場の仕事もある。基本的に現場の仕事が優先だ。かといって手の空いた時に・・などと考えては、ずるずると時間が取れずに終わる可能性もある。
そこで、俺が協力できる日を週に2回と決めさせてもらう。月曜の夜、金曜の夜だ。それ以外は現場を優先とする。君の方は自由にしていい。警視の指示で、できる限り君には他の仕事は割り振らないことになっている。この資料室は、24時間使える許可を取ってある。自由に使っていい。ただし、ここでの睡眠は厳禁だ。寝るときは必ず家に帰ること。」
「いいか?」
「はい。」
素直でよろしい。
「それと、目的も決めておこう。」
「目的・・ですか?」
「ああ、何を目的として再捜査をするのか・・だ。」
彼女が口を開きかけたが、
「真実を知るのは悪いことではないが・・少し違う・・。」
開きかけた口を閉じる。
今日はおとなしいな。
「大事なことは、我々が納得すること。それが目的だ。君と、五十嵐警視と・・。」
「五十嵐警視・・ですか?」
「なんだ。知らずに相談に行ったのか?」
「はい・・。五十嵐警視に関わりあるんですか?」
「当時、五十嵐警視は捜査責任者だった。坂東が自首したことで事件が解決したのが、よほど気に入らないらしい。」
彼女は複雑な顔をした。
少し沈黙した後、口を開く。
「今回は、その・・巻き込んでしまい、申し訳ありません・・。」
まぁ演技には見えないし、素直に受け取っておくか。
「再捜査は既に決まったことだ。いまさら気にすることもないだろう。
それと、もう一人・・俺もな。」
今度は少し意外そうな顔をする。
「言っておくが、俺は君の敵じゃない。これから一緒に再捜査をすることを忘れないでくれ。これは我々自身のための再捜査だ。つまり、我々が納得できる結果を出す。それが目的だ。」
「いいか?」
少し気合が入った顔になった。
「はい。よろしくお願いします。」
~~~~~
偉そうに啖呵を切ったものの、再捜査はいきなりつまずいた。
6年も前の事件・・。
最初の殺人が起きたのは、運送会社の倉庫だった。
しかし当時の倉庫は既に壊され、そこにはマンションが建っていた。
見上げたまま沈黙する二人・・。
俺はそれなりに覚悟をしていたが、再捜査の現実を見せつけられた彼女は、かなり落ち込んだようだった。
気の利いた言葉が思いつかなかった俺は、事務的に、署に戻って報告書の再点検を提案した。
幸い、当時の資料は大量に保管されていた。
80名もいた捜査官の汗の結晶だ。
資料はデジタル化され、データベースで検索も容易。良い時代になったものだ・・。
と、彼女が何やら作業に没頭し始めた。
先ずはデータベースの使い方を説明するつもりだったが・・。
まぁいい。しばらく好きにやらせよう。
俺は証拠品の検索から始めた。
少なからず、やたら物証を要求する彼女に影響を受けたらしい。
二人がキーボードを叩く音が部屋に響く。
「あの、ご相談が・・。」
2時間ほどして、ようやく彼女が口を開いた。
新人とは思えない集中力・・。
いや、彼女には俺以上の理由があったな。
この再捜査が、彼女のためになることを祈ろう・・。
「被害者の相田は、脅迫を受けていたらしいのですが・・。」
「あぁ、俺も覚えている。相田の母親の証言で、脅迫じみた電話が何度か掛かってきたらしい。電話会社の記録では全て公衆電話からだとわかったが、指紋、その他の証拠は発見できなかった。」
「母親は、声を聞いているんですよね?」
「そういうことになるな。」
「坂東の声だったんでしょうか?」
俺は少し沈黙し、キーを叩いた。
「相手の声に関する証言は残ってないな・・。810万円の借金を返せ。さもなくば・・か。」
「母親の証言では、相田が借金をしているとは聞いていなかったと。」
「身内に隠している可能性もあるだろうな。」
「810万円・・少し中途半端な金額ですね。」
「ふむ・・。数十万単位で繰り返し、合計が810万円になったということか・・。」
「繰り返し借金をしたと?」
「その可能性はあるな・・。」
「相田は偽装のために殺された。であれば殺人とは別件のはずだが・・。」
少し引っかかるものを感じた。
「次の土曜、非番なんだが・・。証言を取りに行ってみるか?」
「はい、是非!」
~~~~~
遺族への聞き取りには、様々なルールが設けられている。
刑事ドラマのような、突然の訪問は許されない。
事前に電話で連絡を取り、再捜査の協力をお願いする。
もし断られた場合、無理強いはご法度だ。
幸い、相田聡の母親からは、是非とも協力したいと言っていただいた。
まずは、身分証の提示と自己紹介。
そして、仏壇にお祈りをさせていただく。
「この度はご協力をいただき、感謝いたします。もしお答えにくいことがありましたら、ご遠慮なく言ってください・・。」
「いいえ、私はかまわないので、何でも聞いてくださいね・・。」
母親の視線が彼女を向く。
「失礼だけど・・あなた、上村さんのお嬢さん?」
一瞬、彼女の顔に緊張が走った。
驚いたのは俺もだが。
答えるべきか否か、迷っている様子だ・・。
「仏壇に手を合わせた時のあなたの姿・・私と一緒だと思ったのよ・・。苗字が上村と聞いて、もしやと思ったの・・。」
彼女は少しうつむくと、ようやく口を開いた。
「恐れ入ります・・。」
「あぁ・・ごめんなさいね。よけいなことを言ったかしら。」
「いいえ、大丈夫です。」
「でもうれしいわ。こうして再捜査してもらえるなんて・・。」
母親は、少し遠い目をした。
「6年もたつけど・・まだ納得できずにいるのよ・・。」
「事故ならまだしも・・まさか殺されるなんて・・。」
「私もです・・。」
うつむいたまま答える。
「お願いね。私、なにもできないから・・。そのかわり、なんでも聞いてちょうだい。」
「ありがとうございます。」
俺だけ場違いな雰囲気になってしまい、質問の大半は彼女に任せる結果になった。
しかし、やはり優秀な後輩だ。
確認したかったことを次々と聞き出してくれる・・。
母親の話は、調書の記録とほぼ同じだった。
ただし、脅迫電話の相手については、高齢者・・少なくても60歳以上の男性の声とのことだった。
坂東は当時まだ40代、俺が尋問した時も年齢相応の声だった。
やはり別人か・・。
電話は4回。
最初の電話では、早く返してもらわないと困る程度の言葉だったが、電話のたびに激しくなり、さっさと返せ、さもなくば殺す、という口調に変わったという。
「いつも最初に、相田さんの家か?と聞くんです。そうですと答えると、早く借金を返せと・・。」
「息子さんを出せとは言われなかったのですか?」
「いいえ、いきなり金を返せと怒鳴り始めて・・。」
「いつも昼間に掛かってきたので・・。息子は会社で留守でしたから、私が電話に出ていました。」
「電話のこと、息子さんにはお話になりましたか?」
「ええ、最初の2回ぐらいは・・。でも息子が借金などしていない、ただの嫌がらせだと言ったので、その後は息子にも黙っていました。」
「まじめに働いている子で、お金に困ってるはずはなかったんですよ。それなのに・・。」
しばらくうつむく。
「ごめんなさいね・・。他に何かあるかしら。」
「いえ、こちらで知りたいことは、すべて伺いました。ご協力、ありがとうございました。」
母親はゆっくりと頭を下げた。
「お願いしますね・・。」
~~~~~
「6年も経つのに、はっきりと覚えているようでしたね。」
「ああ、たぶん・・。」
そう言いかけて言葉を切った。
「なんです?」
「いや・・すまん、何でもない。」
家族を殺された者の記憶が、たかが6年で消えるはずもない・・ということなのだろう。
それは彼女も同じはず。
一瞬、仏壇に祈る彼女の姿が浮かんだ。
事故ではなく、殺人による被害を受けた人たちの思い。
本当に俺が理解できるまでには、何年掛かるだろうか。
母親に頼まれた責任がのしかかる・・。
と、突然、彼女の顔が目の前に現れた。
「何を考えていたんですか?」
凄まじい威圧感。
思わずごまかして逃げようと思ったが・・。
いや・・ちゃかしてよい話ではないな。
「本当にすまん。少し話しにくいことでな・・。」
数秒間、睨まれた。
「今回だけですよ。」
そう言って歩き出し、話が戻る。
「脅迫電話の件、違和感だらけですね。」
「そうだな・・。本来なら相田聡を電話に出せと言うはずだが・・。母親が相手でもかまわず話し続けた。貸した相手が女性だったのか・・。それとも、貸した相手をよくわかっていなかったのか・・。」
「810万円も貸した相手が、誰だかわからないなんてあります?」
「うむ・・本人が貸したとは限らないな。もし犯罪がらみの金なら、単に催促担当だったということもありえる。」
「指示者は別にいると?」
「中国系犯罪組織なら、そういうパターンもありあえるな。この電話番号に電話を掛け、借金返済の催促をしろと指示されたとかな・・。」
「まぁ、今の時点では可能性の話だ。脅迫電話を掛けた人物を探して本人に聞くしかあるまい・・。」
だがどうやって探す?
報告書では、指紋などの痕跡は見つからなかったとされている。
6年も経って指紋採集はほぼ不可能。
防犯カメラの映像なら保管されているはずだが、これも当時の捜査では該当者なし。
さてどうしたものか・・。
と、彼女が口をはさむ。
「そもそも、脅迫電話の相手の声・・なぜ当時の捜査で漏れていたんでしょう?」
「俺も初耳だった。捜査員は80人の大所帯だったからな。
報告ミスか・・そもそも質問として漏れていたか・・。」
「他の事件も報告ミスがあるのでは?」
「可能性がないとは言えないな・・。」
なぜか彼女が少しうれしそうに見えた。
再捜査が無駄ではないと感じているんだろうか。
「今日はもう遅い。続きは月曜まで待ってくれ。少し頭を整理してから相談をしたい。」
「わかりました。」
確かに、彼女は嬉しそうだ・・。
~~~~~
本来は資料室・・のはずだが、二人の私物や資料が山積みになると共に、捜査課の別室となり始めていた。
「もう一度、防犯カメラの映像を調べたいんだが。」
「当時の報告書では、該当者なしとなっていますが・・。」
「60歳以上の男性、という新しい条件がある。」
「ああ、それなら・・。」
彼女が端末を操作し始める。完全に使いこなしているな。
俺は手伝うよりも指示した方が早そうだ。
「電話ボックスの中だけでなく、周辺もだ。」
「わかりました。」
30分ほどが経過する。
「見てください、この男性・・。」
二人でモニターを覗き込む。
「電話ボックスから数メートルほど離れていますが・・。脅迫電話が掛かってきた全ての電話ボックスで、同じ人物が映っています。見落としていたんでしょうか?」
「うむ・・。電話ボックスの近くを歩いているだけだからな。ただの通行人と判断された可能性もある・・。」
確認するかのように映像を見つめる。
「これは、当たりを引いたかもな。こいつの写真を鑑識課に回す。コピーしてくれ。」
「わかりました。」
翌日、二人はとある老人ホームを訪ねた。
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